蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

森田草平 「煤煙」

森田草平は若い頃いろいろと問題を起こしており、学校を退学させられたりもしています。その原因というのが女性問題なんですが、これはいわば彼の一番の弱点でして、しばしばそれで失敗します。素行に問題のある人として周囲の眉をしかめさせていたようですが、そんな彼の支えは文学でした。そして夏目漱石に弟子入りしますが、さすがの漱石も彼にはだいぶ頭を悩ませたようです(漱石の紹介で得た中学の英語教師の仕事もわずか半年で首になっています)。そうは言っても漱石門下では一番可愛がられたという話もありますので、出来の悪い子ほどかわいいということなんでしょうか。この作品を読めば、素行の悪い彼の一面を見ることができます。これは小説ではありますが、いわば体験記です。実話をもとにしていますがおそらくほぼそのまま実話でしょう。妻子ある身なのに、そして他にも手をつけた女性がいるというのに、さらに別にある女性と知り合って、その女性と激しい恋に(森田草平だけのぼせていたのかもしれませんが)落ちまして、ついには心中を決意して旅に出て、塩原という所で刺し違えようとしますが、結局未遂に終わるという内容です。当時は「塩原事件」として一大スキャンダルでした。その相手の女性というのがあの女性解放運動家として名高い平塚らいてうです。まだ当時は日本女子大を卒業したばかりの頃で、文学を学ぶ会に出席した際に講師として来た森田草平と知り合いました。この事件後、森田草平はしばらく漱石にかくまわれます。そして自分にはこの事件のことを書くしか生きる道がないと思い、漱石の紹介で朝日新聞に連載しました。スキャンダルの一部始終を小説として新聞に連載したわけですからそれは世間は注目します。そういう経緯があってこの作品は文学史に残るものとなり、森田草平は作家の仲間入りをします。ちょっと俗な見方ですが二人が徐々に盛り上がっていく過程が興味深く読めます。今ではスキャンダルを逆に肥やしにする有名人は多いですが、思えば森田草平はそのはしりといってもいいかもしれませんね。

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横溝正史 「八つ墓村」

古今東西、様々な推理作家が登場して数々の名作を残していますが、それらのどんな要素が読者を惹きつけているか?となるといくつかのパターンに分類されます。トリックが優れているから、プロットが完璧だから、ストーリーが面白いから、恐怖感、スピード感、爽快感があるから、謎解きが明快だから、文章が美しく文学的だから……などがあげられます。では横溝正史の作品の場合はどうでしょう?確かにトリックも素晴らしいですし、展開も劇的で面白いです。そういった要素で多くの支持を得ているということも事実でしょう。でもえしぇ蔵はそれらは副次的な要素に過ぎないと思っています。では何が一番の魅力かというと、あの雰囲気です。横溝正史が造り上げたあの世界です。凄惨な殺人、村に伝わる伝説、ユーモラスな金田一耕介、良心的な脇役、予想外の展開、戦後から昭和40年代までの古き日本の情景、山奥の村、絶海の孤島、洞窟、鍾乳洞、神社、日本家屋、家柄血筋、悲しみを残すクライマックス、そして”罪を憎んで人を憎まず”……これらによって作り上げられるあの”横溝正史ワールド”にまた浸りたいから、読者は次々に作品を手にするのだと思います。これこそ横溝正史の成功の最大の要因ではないかと個人的には思っています。その最たる例がこの作品です。これこそ”横溝正史ワールド”を絶対的なものにした立役者ではないかと思います。戦国時代の悲惨な伝説を持つ村で大正時代に虐殺事件が起きます。その20数年後に起こる連続殺人事件に金田一耕介が挑みます。完璧な構成でエンターテイメント小説としては傑作と言えると思います。まだ読んでいない方は是非この雰囲気に浸って下さい。そして”横溝正史ワールド”にはまって下さい。

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夏目漱石 「彼岸過迄」

夏目漱石は44歳の頃に胃潰瘍の療養のために修善寺の旅館に滞在しますが、そこで大量に血を吐いて危篤状態になります。医者が子どもを呼ぶように言ったというほどですからかなりひどい状態だったようです。しかし奇跡的に回復して自宅に戻ることができました。このことを一般に「修善寺の大患」と言います。まさに死の淵を歩いたこの経験を経て以来、夏目漱石の作風はあきらかに変わります。回復後に書いた作品でいわゆる後期三部作と言われるのが今回ご紹介する「彼岸過迄」と、「行人」と「こころ」です。この三つの作品にはどれも神経質で深く物事を考えすぎる人物が登場します。「彼岸過迄」においては”須永”であり、「行人」では”一郎”、「こころ」では”先生”がそれにあたります。鬱気味の人物の描写にはその頃の夏目漱石そのままの姿が垣間見えるようです。この「彼岸過迄」という作品では短編小説を繋げて長編小説にするという形式を試みており、「風呂の後」、「停車場」、「報告」、「雨の降る日」、「須永の話」、「松本の話」という章に区切られています。その中の「須永の話」において、特に夏目漱石の心理状態が反映されているように感じます。この頃は弟子が離れていったり、五女のひな子が幼くして死んだり(この時の様子は「雨の降る日」に描かれています)と、心労が重なっていたので、胃潰瘍の痛みとも相まってさぞかし苦しみながら書いたことだろうと思います。またそういう状況だからこそ、人の心の奥深くにあるものを表現できたとも言えるかもしれません。名作が生まれる背景にはよくあることですが、作者の実生活における苦しみというのは、何かを深く掘り下げて表現しようとする際には必要な要因の一つなのかもしれません。

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宮城谷昌光 「孟嘗君」

中国の戦国時代に「戦国四君」と呼ばれた人たちがいました。斉の孟嘗君、趙の平原君、魏の信陵君、楚の春申君の4人です。いずれも優れた政治家で、その所属した国に大いに貢献しました。孟嘗君は斉の人ですが、その才を買われて秦や魏にいたこともあります。この辺が面白いところです。日本の戦国時代もそうですが、敵の国に優れた人物がいるとヘッドハンティングして自分の国に呼ぶことはよく行われました。よく「二君にまみえず」と言って主を替えることは礼節を知らない人間がすることという認識が日本でも中国でもありました。ところが孟嘗君の場合は身の危険を感じてやむを得ず他の国へ移るということの繰り返しでした。あまりに優秀すぎること、真面目すぎることが禍していたのかもしれません。それでいくつかの国の間を移動しますがそれぞれにおいてその能力を発揮し、大いに活躍しました。孟嘗君のエピソードに必ず出てくる「食客3000人」という言葉があります。なんでもいいので一つでも人に優れた能力を持っている人を食客として迎えいれたそうで、その数が3000人はいたということです。その食客たちの能力をいろんな場面でうまく活用したことも孟嘗君の名前を高めた一つの要因です。戦場で敵をなぎ倒す勇猛果敢な武将ではなく、国のために巧みな政治手腕を発揮した宰相ですが、こういうタイプの人物は派手さがないのでなかなか歴史小説にするのは難しいところだと思うのですが、それが宮城谷昌光にかかれば見事な一大歴史ロマンになるわけです。心躍る壮大な物語に仕上がっています。孟嘗君の周囲の人々の活躍も見逃せません。史実の隙間に創作を流し込むのが歴史小説ですが、宮城谷昌光はそれを実に自然にやってのけます。荒唐無稽にもならず、また固くもならず。その辺の手腕は本当に優れていると思います。この作品を通じて是非それを感じて頂きたいです。

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海音寺潮五郎 「武将列伝」

日本の歴史に登場する人を尊敬しているという人に、何がきっかけで尊敬するようになりましたか?と聞くとほぼ100%の人が歴史小説と答えます。例えば坂本竜馬を尊敬する人は多くの人が司馬遼太郎の「龍馬がゆく」を上げます。こういった現実に対してえしぇ蔵は本当に声を大にして訴えたいものがあります。歴史小説というのは小説ですから。史実をベースにはしていますが基本的に作り話ですから。エピソードに感心してもそれは作家が創作したものであったりするわけです。知らぬ人はいない豊臣秀吉には幼少の頃からたくさんのエピソード(ご主人様の草鞋をふところで暖めた……等々)があります。ところが実際にはどうでしょう?信頼できる資料に秀吉が初めて登場した時には既に織田の家中で一方の侍大将になっています。つまり前半生のことはほとんどわからないんです。生まれた年、本当の親すらわかりません。実際はそんなものです。本当にその人物に興味を持ったのなら小説ではなく歴史書や研究本などで調べるべきです。実像は小説の中の人物とは大きく異なることは多々ありますから。まぁそうは言っても難しい専門書を手にするのはちょっと、という方にお勧めなのがこの作品です。海音寺潮五郎は「史伝文学」の代表者です。「史伝文学」とは、フィクションを加えず、歴史の真実を探ろうとするものです。この「武将列伝」には、平安時代の源義平に始まり、近代の勝海舟まで、日本史を飾った人物たちを冷静に分析して記述しています。各人の様々なエピソードを、間違いない事実、信用できること、信用できないこと、全くのデタラメなどに見究めて、最終的に本当の人物像を海音寺潮五郎なりに結論付けています。歴史の真実を知りたいという方には強くお勧めします。文春文庫で全6巻です。

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宮城谷昌光 「楽毅」

もし誰かに宮城谷昌光の作品はどういうものか、あるいはどの作品から読み始めたらよいかと尋ねられたとすれば、まずはこの「楽毅」を勧めると思います。この作品には宮城谷昌光の作品全体に共通する特徴、それはつまり魅力とも言えますが、それが最も多く含まれているのではないかと思うからです。その持てる力を余すところなく発揮した感がある作品だからです。この作品は中国の戦国時代の武将である楽毅の生涯を描いています。まずこの楽毅を選ぶところが宮城谷昌光的だと言えます。一般にはそれほど知れ渡ってはいない英雄の姿を掘り出して、作品の上で再び輝かせ多くの人にその存在の大きさを知らしめるというパターンですね。古代の中国には小さな国がたくさんありましたが、戦国時代(紀元前403年~紀元前221年)には中山という小さな国がありました。楽毅はこの中山の武将で、国を守るために八面六臂の活躍をしますが、君主が愚昧で弱小な国なのでその努力が報われません。しかし寡をもって衆に立ち向かうその見事な戦いぶりは一気に楽毅の名を広めることになります。中山が滅びた後は新天地を求めて流浪の身になりますが、最後はついに燕の国にその才能を発揮する場を得ます。そして再び歴史に残る活躍をします。知的でかつ剛勇無双、そして家族に愛され部下に慕われる優しさも持っており、まさに理想のリーダー像がそこにはあります。いい人材はそれを認めて使ってくれる人に出会えるかどうかで大きく差が出ます。楽毅の場合は燕の君主がそうでした。思えば実生活においても自分を認めてくれる師や上司に出会えるかどうかは人生に大きく影響します。楽毅と燕の君主の関係にその理想を見るように思います。楽毅という人物から学べることは多いです。皆さんにも是非知って頂きたいです。

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太宰治 「ヴィヨンの妻」

太宰治の作品の中でも特に評価が高いのでご存知の方も多いと思いますが敢えてご紹介します。えしぇ蔵は自分でも小説というものを、極めて拙いですが書くことがありますが、この作品を読んだ時には「あぁ自分には小説なんて書けないんだな」と強制的に認識させられました。こんなすごいのは自分には無理と思いながら一気に読んで、読み終わった後に大きなため息が出ました。太宰治とは如何なる者ぞと思う方はこの作品一つで十分にわかるのではないかと思います。無駄がなく構成のしっかりとした物語が、テンポよく進んでいきます。登場人物の心理は明確に把握できますし、読者の心にどっしりと重いものを置いていく感じはさすがです。何より女性の心理の描き方が素晴らいく、この点は他の追随を許しません。おそらく多くの名を成した男性作家の中でも女性の気持ちが一番わかっていたのは太宰治ではないかと思います。ストーリーは例によって家族も養えないようなろくでなしの男が主人公です。この男は詩人で、作中で書いた論文のテーマが15世紀のフランスの詩人フランソワ・ヴィヨンだったので、このタイトルになっています。とは言っても実際の主人公はその奥さんの方です。ろくでなしの詩人の妻として自分はどう生きるべきか?どうすれば自分の力だけで強く生きていくことができるか?を考えて、積極的に行動に出ます。破滅しか見いだせない憐れな男と、希望を抱いて前進する妻という対照的な存在をからめて、戦後の混乱期の社会の一コマを描いています。えしぇ蔵思うに完璧な作品です。でもあまりに完璧すぎで、これから小説を書こうという方には自信喪失になるかもしれませんのでご注意下さい。

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夏目漱石 「行人」

日本の文学を築きあげてきた偉大な文豪たちの名作というのは、それを読む時期が異なると、受ける印象や得ることができるものに大きく差が出るのではないかと、40代後半になってから特に感じるようになりました。例えば夏目漱石の作品を高校生や大学生の時に読むのも大いに結構です。若い心理にも大変大きな影響を残すことでしょう。それでもどうしても若さゆえに受け入れる器が小さく、思慮にも乏しいので多くのものを見過ごしていることに気付かないこともまた事実です。一方で社会に出て何十年もの間、様々な経験をして、人生とはかくも苦しいのか、楽しいのか、辛いのか、悲しいのかと感傷もひとめぐりして、ある程度生きていくことに疲労を覚えるようになった時に夏目漱石を読むと、まるで砂漠を歩いている時に不意に与えられた水のように夢中で身体が吸い込んでいくのを感じます。その言わんとしていることがよくわかるんです。そして共感するんです。これは中高年者に演歌が支持されることと似ているかもしれません。結論として、えしぇ蔵は名作は長い年月を間に置いて読み返すべきだと思います。おそらく年老いて余命もわずかになった頃に読むとまた違ったものを得るかもしれません。この作品も40代以上の方が読むとより心に響くものがあると思います。主人公の兄は精神を病んでおり、その兄にどう接していいかわからずに翻弄される家族の姿を描きつつ、病人と健常者の間の、続かない心のキャッチボールの悲しさを訴えています。心にずっしりときて、読んだ後に腕を組んで溜息が出るような重みのある作品ですが、非常に大きなものを心に残してくれる気がします。是非手元に大事に保管して、10年、20年おきぐらいに読み返すことをお勧めします。回をおうごとに作品が深く感じられると思います。

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谷崎潤一郎 「春琴抄」

残した作品が全て名作といってもいい谷崎潤一郎ですが、その中でも最高傑作を選ぶとなるとどの作品でしょうか?一般的には「細雪」か、この「春琴抄」ではないかと言われていますね。えしぇ蔵も同意見です。この2作品が特に秀でていると思います。この作品は、幼い頃に病で視力を失ったにも関わらず、その腕は関西で並ぶ物がいないといわれた三弦の師匠の春琴と、その支えとなることを自らの生涯の使命として生きる佐助との純粋かつ耽美的な愛の物語です。谷崎潤一郎が描く愛の物語とくれば、そこはメインストリートを歩くようなノーマルなものではない場合が多いわけで、ここでもやはりちょっと異常な細い裏道の内容になるのはいわばお約束です。佐助は春琴の弟子であると同時に、春琴の全ての面において補助することが使命ですから、外出の時に手をひくだけではなく私生活全て面倒を看ます。春琴もそれを佐助にしか許可しなかったので自然二人は常に一緒にいることになり、表面的には厳しい師弟関係を貫きつつも、一線を越えた関係にまで発展します。それでも春琴は佐助を弟子として見下した姿勢は崩さず、佐助も師匠として敬う姿勢は変わりません。その関係は極端に表現すればいわばSMの世界です。女王様と奴隷という見方もできるわけです。ある意味この作品は最も芸術的なSM小説なのかもしれません。でもこれは他の作家では創造し得ない独自の世界だなと思います。この作品のもう一つの特徴は実験的な書き方です。改行がなく、句読点も少なくて文章がずっと繋がっています。だから本を開いた時に読みにくいのではないかと思われがちですが、すぐにその名文に魅了されて気にならなくなります。妖しくも芸術的な世界を実験的な筆致で描く至高の名作を是非お楽しみ下さい。

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宮城谷昌光 「太公望」

宮城谷昌光の作品を読むたびに、というかその仕事ぶりに感服するたびに、松本清張を思い出します。その共通点は綿密な準備とそれに基づいた説得力ある考察です。とにかくどちらも書くまでの調査・勉強が徹底しています。もちろん横で見ていたわけではないですが、作品の奥行に大いにそれを感じます。中国の歴史を描くのに古代から伝わる文書を読破して分析するのは当然ですが、ただ表面的に読むだけでなく、その背景を当時の社会状況などをふまえて推理し、ここは誤りではないかとか、ここは筆者の思いが強すぎるとか、独自の結論を導いた上で自分の作品の参考にしています。そこが歴史小説家の中でも特に秀でている部分ではないかと思います。例えばこの作品の主人公である太公望もそのいい例です。太公望という人は周という国の軍師として殷(商)との戦いに大いに貢献したという記録はありますが、それ以前の出自に関しては全く不明です。生まれた年すらわかりません。様々な伝説があって、もはやそれが史実のように信じられがちですが、実はその生涯は明確にわかってはいません。それなのに一般的には釣り針もつけない竿で釣りをしている変なおじいさんとして登場し、そこで周の文王と出会うというのがいわばお約束のように描かれます。ところが宮城谷昌光は自分なりの考察をもとに太公望を子どもの頃から描き、文王と出会うのはまだ30代の血気盛んな頃にしています。出自もわからない人物ですからこういう描き方も大いにありだと思うわけです。あるいは正解に近いのではないかと個人的には思います。こういう独自の考察は歴史小説には大いにプラスになって作品の重み、面白さを増幅させると思います。こういうタイプの歴史作家がもっと出てきて、新説を作品にして欲しいと切に願う次第です。今までにない若い太公望の活躍を是非お楽しみ下さい。

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