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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

舟橋聖一 「悉皆屋康吉」

まずは間違われやすい名前から。船橋ではなく舟橋です。読み方もフナバシではなく、フナハシです。この人は「行動」という雑誌に発表した「ダイヴィング」という作品で「行動主義」というものを提唱したことで話題になりました。その行動主義について書いていると長くなりそうなのでそれはまた別の時にということで。この人は「雪夫人絵図」などの風俗小説で人気を得ましたが、ここで紹介する「悉皆屋康吉」はかなり色合いが違うのでご注意下さい。この作品は主人公が若い頃にある業界に足を踏み入れて、苦労と努力の積み重ねの上についに成功を勝ち得るといういわばサクセスストーリーです。まぁ文学の世界にはよくあるパターンですね。それが今回は悉皆屋という業界において描かれているということです。悉皆屋とはなにかご存知ですか?着物を染めたり、シミをとったり、洗い張りをしたりする仕事を請け負うのが悉皆屋です。今で言うなら着物のクリーニング屋がもう一歩踏み込んで着物の色や柄のデザインのことにまで仕事の幅を広げているような感じですね。主人公の康吉はある傾きかけた悉皆屋で働いていました。先行き不安になった旦那がライバルである別の悉皆屋にその傘下に加えてもらうように頭を下げます。その使いになったのが康吉です。それまではライバルだったわけですから頼まれたほうも嫌味を言ったりしてなかなかうんと言いませんが康吉は何度も通って承諾を得ます。そして仕事をもらって日々汗水たらして働き続け、番頭さんに叱られながらいろいろなことを教わり、徐々に成長していきます。ある日、着物の色柄のことで失敗をして叱られたことがきっかけでその世界のことを必死で勉強し、その結果深く興味を持つようになります。そして最終的には自分のオリジナルの色を作り出すことに成功します。前途洋々に見えた康吉の人生ですが、そこに関東大震災が起こり全てはゼロに戻ります。しかしそこであきらめる康吉ではありませんでした・・・。こういう頑張る人の話は個人的に大好きです。さぁ康吉は最期はどこまで行くのでしょうか?

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今日出海 「山中放浪」

今日出海は、型破りな人生、型破りな性格に象徴される今東光の弟です。こちらは文壇から一時疎外された兄とは違い、順調に文学の道を進みます。芝居や映画にも活動の範囲を広げていましたが、太平洋戦争によってその進路を阻まれます。昭和16年に陸軍の報道班員としてフィリピンに渡り、マニラに約1年滞在します。その頃の日本軍はいけいけドンドンで向かうところ敵なしの快進撃。マニラの日本人たちの間にも明るい雰囲気があったわけですが、2度目に同じマニラに派遣された昭和20年の時点では米軍の上陸を待つだけの敗色濃厚な暗い雰囲気でした。この作品はこの2度目の派遣の際の体験を綴ったものです。作者の実体験そのものですから戦争記録文学と言っていいと思います。台湾から飛行機で到着した時点で既に、なんでこんな時に来たのか?と訊かれるほど事態は切迫していました。そしていきなりの逃避行です。それからの5ヶ月間というのは文字通り地獄です。昼間は上空からの爆撃や機銃掃射があるので動くことができません。夜になってこそこそと移動します。食料もないし医療品もありません。同じようにぼろぼろになって逃げていく日本兵を見て、これがあの昭和16年の滞在の時に見た輝かしき皇軍の姿かと虚しさ、悲しさに襲われます。制空権も制海権も奪われてしまっては援軍はもちろん、救助にも来てくれません。飛行機で脱出しようとみんな微かな希望を抱いて飛行場の方面に集まりますが飛べるものは一機もありません。そんな時にたまたま不時着した友軍の飛行機に空きがあって乗せてもらえることになり、彼は奇跡的に助かります。無事に台湾に戻ってから、現地の悲劇を知らない人たちによる無責任な発言に彼は憤慨します・・・。逃げ回る間も日記だけは書き続けたということが功を奏して、こと細かに記述された逃避行の様子は実に鬼気迫るものがあります。貴重な記録だと思います。是非ご一読を。

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石坂洋次郎 「海を見に行く」

石坂洋次郎の「青い山脈」や、「陽の当たる坂道」などの健全な青春を描いたものは、そのままドラマや映画の脚本にできるような印象を受けます。はっきりとしたストーリー展開、個性豊かでかつ善良な登場人物、ハッピーエンドな結末、芸術性よりも明確さを重視した状況描写……などなど、要するに全体的にわかりやすいのです。実際にこういった作品が多くの人に読まれたことにより、彼は「百万人の作家」とまで呼ばれました。こういうふうに書くとベストセラーを連発する大衆作家というふうに誰しも認識することでしょう。でもそれは彼の一面しかとらえていないということをここでえしぇ蔵は強く主張したいのです。彼の名声を高めた代表的な作品の名前をあげる時には必ずこういった大衆小説的なものが先に出てきますが、文学性の極めて高いものもたくさん書いていることを知って頂きたいのです。文学の中に芸術を追い求める人たちの中には、「なんだ、あの健全小説の石坂洋次郎か」と思っている人も多いと思います。えしぇ蔵としてはここで紹介する「海を見に行く」や、「草を刈る娘」、「壁画」、「リヤカアを曳いて」などの作品も是非読んで頂きたいです。きっと石坂洋次郎という人の作品のイメージがかわると思います。実際、えしぇ蔵もこれらを読むことで大きく石坂洋次郎観が変わりました。この作品はまだブレイクする前、学生結婚した若い彼が文学の道を遠望しつつ焦慮の日々を暮らしていた頃をモデルにしたものです。夢を追いかける者が途中で抱く不安や焦慮が作品全体でうまく表現されている傑作です。特に書き出しの素晴らしさは秀逸です。初期に発表された作品で、これが注目されたことにより作家としての道が開けます。基本的にはこういう傑作を早い時期から書けた人なんだということを知ってもらいたくて紹介しました。健全な青春ものとはちょっと違う石坂洋次郎をお楽しみ下さい。

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中山義秀 「咲庵」

中山義秀は成功するまでに結構苦労しています。偉大なる横光利一の影響を受け、その後姿を追いかけるようにひたすら文学の道を進みますが、なかなか目が出ません。そして横光利一的な作風を捨て、独自の文学世界を切り開いたことが功を奏して名を馳せます。そこからは一気に才能開花です。とにかくたくさんの名作を残しています。ジャンル的に非常に多岐に渡るのが彼の特徴でもあります。「厚物咲」や「碑」のような非常に優れた文学作品を筆頭に、戦記ものの傑作「テニヤンの末日」、一人の非情な人間の改心の物語「少年死刑囚」、そしてここで紹介する完成度の極めて高い歴史物の「咲庵」など、並べてみるとどれも傑作で、しかも同じ人が書いたとは思えないほど作風が異なります。才能の幅というか、力量の厚みというか、そういったものを感じさせます。高く評価されてしかるべき作家の一人であることは間違いありません。ここで紹介する「咲庵」は、戦国時代を背景に明智光秀の生涯を描いています。斉藤道三の最期を見届けるところに始まり、本能寺に織田信長を討ち、その後すぐに主君の仇として羽柴秀吉によって討たれるまでの物語です。明智光秀を作品の主人公に選ぶ作家は多いです。彼が信長を裏切ったことは日本史上の大きな謎で、そこにロマンを感じるからかもしれません。みんなそれぞれに謀反の理由を作品の中で推理していますが、この作品の中でも中山義秀独自の解釈が描かれています。それが他の作家とちょっと違った視点だったので、えしぇ蔵は「お?そういう見方をするか」と興味深く感じました。水準の高い文学小説も書ける人がきっちりと調査した上で独自の解釈で描いた戦国絵巻は、これ以上一字一句修正しようのない傑作に仕上がっています。文学好きの人にも歴史好きの人にもオススメです。

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坪田譲治 「善太の四季」

坪田譲治について調べると、児童文学作家というふうに書かれています。確かに多くの児童文学作家を育てていますし、児童文学の雑誌「びわの実学校」を発行したり、日本児童文学者協会の第3代会長を務めたりしているわけですからその表現は間違いではありません。ですがここで一つ皆さんの注意を促したいのです。一般に児童文学とくれば、子どもが読む絵本の延長のように思われて、大人は興味を持たないものです。坪田譲治の作品をそういうものと解釈されたら、これは大きな間違いです。確かに子どもも読めますが、作品の内側に横たわるテーマであるとか、巧みな構成であるとか、美しい表現などの本当の良さは大人にしか理解できません。子どもをあやすための児童文学とはとても次元が違います。例えばこの「善太の四季」を読んだ時は、普通の文学小説との違和感は全く感じませんでした。読み終わった後、あまりの作品の完成度の高さに思わずうなってしまったほどです。坪田譲治の作品はそれくらいしっかりとした、奥行きのあるものです。えしぇ蔵としてはむしろ大人の人に多く読んで欲しいと思います。この作品に出てくるのは「善太」と「三平」の兄弟です。泣き虫の三平を優しい善太がいつも面倒みてあげます。わんぱく盛りで、視野に入るいろんなものが面白く映り、伸び伸びと育っている印象を受ける微笑ましい二人です。この二人が見た春夏秋冬のそれぞれ一コマを実に美しく描写しています。読んだ人に必ず望郷の想いを起こさせるような、優しく懐かしい情景が展開されています。最後はちょっとドラマが用意されており、非常に完成度も高い名作です。彼の作品には「善太」と「三平」がよく登場します。この幼い兄弟の活躍を他の作品でも是非読んでみて下さい。大人にも心に残る名作ばかりです。児童文学という言葉にはとてもおさまりきれません。

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尾崎士郎 「人生劇場」

この作品は尾崎士郎の出世作でもあり、代表作でもあります。1933年に都新聞に連載された時に好評を得て、本もベストセラーになりました。それ以来、その続編という感じで次々と書き継がれていきます。ここで紹介するのは主人公の幼年時代から、青雲の志を持って社会に出るまでの部分で、「青春編」と言われています。その後に発表されたのが、「残侠編」、「風雲編」、「遠征編」、「夢現編」、「望郷編」、「蕩子編」です。全部あわせるとかなりの量になります。「人生劇場」全編をとおして言うなら、この作品は尾崎士郎にとってまさにライフワークです。尾崎士郎自身、この「人生劇場」という言葉に非常に愛着を持っていたそうです。主人公の幼い頃の話に始まり、けんかありの、恋愛ありの、家庭のごたごたがありの、受験がありの、大きな夢がありの、楽しいこと悲しいこと、もろもろの山や谷を越えて一人前の大人になり、社会に巣立っていく一人の人間を描くというストーリー展開は、日本文学はもちろん、世界中の文学においても多く見られます。そしてそのどれも面白く読めるものです。それは、自分の人生と重ねながら、自分が歩いてきた道を振り返ってそれと比較しながら読むので、主人公の思いを共感できるからだと思います。だから読みながら応援してしまうんですよね。この「青春編」だけでも結構長いですが、夢中で読み進んでいけます。ただ他と違う特徴として、少し任侠の世界が混じっています。ですが今時の弱いものいじめをする社会悪としてのそれではなく、かつての”曲がったことには我慢がならない”、”男の誇りは死んでも守る”、”受けた恩は一生忘れない”的な、あの昔懐かしい任侠の世界ですから、さっぱりしたものがあってこれはこれで作品に特徴を持たせてていいものです。尾崎士郎の名作、あなたの人生劇場を思い浮かべつつ読んでみてはいかがですか?

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獅子文六 「達磨町七番地」

獅子文六とくれば滑稽小説です。個性的でユーモラスなキャラクターがいろいろ登場して、おもしろおかしくストーリーが進んでいくという作品が多いです。なにしろペンネームの発想からして滑稽極まりないところです。文六というのは、文豪の上をいきたいという意味だそうです。ぶんごの上だからぶんろくです。これだけでもこの作家の人柄が少しわかるような気がしませんか?この小説の舞台はパリです。なぜパリか?獅子文六は演劇が好きで、その分野でも活躍しました。ちなみに演劇においては本名の岩田豊雄で活動しています。岸田国士や久保田万太郎と劇団文学座を始めたりしています。若い頃から演劇に魅せられていた彼は、大学を中退してフランスまで演劇の勉強に行きます。この作品はその頃の経験を生かして書かれていますので、フランスにおける日本人留学生たちの生き様が非常にリアルに描かれています。フランスに初めて渡った時に多くの日本人留学生が最初に選ぶ下宿において、ドタバタ劇が演じられます。他の留学生はフランスでの暮らしに慣れてくるとその下宿を出てよそに移るのに、範平さんという人は長年そこに主のように住んでいます。この人は大変な国粋主義です。一方で新しく下宿に仲間入りした中上川さんは国際主義です。部屋が隣どうしなので最初は仲良くしていた二人ですがある日、中上川さんが自殺しようとしているフランス人女性を助けて下宿に同棲するようになってから二人の間には溝ができます。その後ある事件をきっかけに二人のそれぞれの考えに変化が現れます……。1920年代のパリに留学した日本人たちのドタバタ劇。獅子文六らしい作品をどうぞお楽しみ下さい。

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木山捷平 「初恋」

木山捷平は最初は詩で文学の世界に入ってきます。彼の詩は叙事的で小説のような内容を持ったものだったので友人に小説も書いたらどうかと勧められて別の才能の花を開かせます。この作品は小説における処女作です。以前は「うけとり」という作品名でしたが、のちに「初恋」に改題されました。”うけとり”というのは岡山県の方言だそうです。意味は、農事や家事などの作業にある一定の責任量を決めて、それをこなすことで相応の賃金をもらうというものです。主人公の少年は貧しい農家の子どもなので学校が終わって帰宅してから自由な時間などなく、すぐにこのうけとりをさせられます。彼がいつも帰宅してからやるうけとりは、山に行って枯葉を集めることでした。ある日、山の中で一人で枯葉を集めていると雨が降ってきたので樹の陰で雨宿りをしていたところ、そこに彼が密かに想いを寄せている女の子が偶然来合わせます。彼女も同じように山で枯葉を集めている最中でした。一緒に雨宿りしたことがきっかけとなって二人は心を通わせ、うけとりの作業にかこつけて山で密会を重ねるようになります。しかし幸せな時期は続かず二人の密会は噂になり、ある寺の壁に二人の仲を揶揄する落書きが書かれます。二人はその落書きを消しますが何度消してもまた書かれます。学校ではこの落書きが問題になり、なんとその犯人として少年が疑われてしまいます。冤罪で怒られた彼は自棄になりある行動に出ます。ストーリー的にも実に面白い傑作です。でも木山捷平と言えば「大陸の細道」や「耳学問」などに見られるような作風が彼のスタイルと思っている人が多いので、この作品を読むと「え?」と思われるかもしれません。どこか彼らしくない真面目さというか、固さがありますのでそのへんは考慮に入れて、「へぇこんなのも書いてたんだ」という感じで読んでみて下さい。

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小林多喜二 「防雪林」

虐げられる労働者階級の怒りを描かせたら小林多喜二は群を抜いています。しかし、無産者階級がどうの、共産党がどうの、共産主義がどうのというテーマを抜きにしても、彼の作品は物語としてしっかり構成もできていてかつ描写も美しく、登場人物の人間性もはっきりとしていて文学作品としても高い評価を受け得るものばかりです。政治的なもの、イデオロギー的なものに興味がないから小林多喜二は読まないというのは間違いです。一つの文学として失望を覚えるようなものでは決してありません。この作品は北海道が舞台です。地主の土地を耕して、収穫を納める貧しい農民たちの話です。あまりに地主の搾取がひどいのでこれでは生きていけないということで農民たちは団結します。そしてみんなで地主に交渉に行こうということで集まりますが、向かった先には農民の動きを事前に察知した地主の手回しによって彼らを拘束しようと警官たちが待っていました。そして首謀者を吐かせるためにみんな殴る蹴るの暴行を受けます。そして傷だらけ血だらけになって帰ってきます。主人公はこのことに強い憤りを覚え、復讐の機会を待ちます。やがて地主の家が火事になり……という内容です。虐げられる労働者の悲惨さを描いて強く訴えてくるものがあるのはいつものことですが、物語の中に出てくる自然の描写の美しさも特筆に値します。吹雪く北海道の厳しい自然が目の前に浮かぶようです。それに登場人物の動きや言動も細かくてユーモラスですし、ストーリーの展開も面白いです。労働者文学という範疇だけに収めるにはあまりに幅の広い作品だと思います。イデオロギーの問題は別にしても是非読んで頂きたい作品です。

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野上弥生子 「海神丸」

女流文学の歴史をひもとくと、その背骨として長い期間どっしりと構えている大きな存在があります。それが大御所中の大御所、野上弥生子です。この人のイメージは何事にも動じない貫禄抜きには語れません。文壇がいろんな派に分かれて、やれこっちが主流だの、こっちが本当だのと競い合うのをよそに、自分の文学を静かにゆっくり熟成させていったという感じを受けます。その姿勢を保ったまま実に99年もの長寿を保ちます。女流文学史の背骨と言いたくなるのもおわかりいただけると思います。この作品は初期の頃のもので、大正11年9月に発表されました。代表作として必ず名前が上がる作品です。運送船が嵐にあい遭難する話で、今ではよくある”人間の極限状態における異常な行動”をテーマにした作品です。実際に似たような体験をした人から聞いた話をもとにしているそうですが、それにしても女性の筆によってこういう内容のものをまだ経験も浅い頃にさらさらと書いてしまうところに天性の才能を感じずにはいられません。しかもこういうきわどい内容の場合は、情景の描写が細かいほどリアル感が出るのでそれによって読者は緊張しますが、野上弥生子の筆によればリアル感はもちろんのこと、そこにどこか美しさをも感じるのは、彼女独自の才能のあらわれではないでしょうか?漂流が続けば食糧がなくなる、極限状態まで追い込まれ、正常な判断ができなくなった人間のどうしてもいきつくところ、それはカニバリズムです。小さな船の上で凄惨な騒ぎが起こります。女流作家には珍しくちょっときつい内容ですが果たして野上弥生子はどういう結末にしたのでしょうか?皆さんも是非ご自分で読んで確認して下さい。

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