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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

中山義秀 「咲庵」

中山義秀は成功するまでに結構苦労しています。偉大なる横光利一の影響を受け、その後姿を追いかけるようにひたすら文学の道を進みますが、なかなか目が出ません。そして横光利一的な作風を捨て、独自の文学世界を切り開いたことが功を奏して名を馳せます。そこからは一気に才能開花です。とにかくたくさんの名作を残しています。ジャンル的に非常に多岐に渡るのが彼の特徴でもあります。「厚物咲」や「碑」のような非常に優れた文学作品を筆頭に、戦記ものの傑作「テニヤンの末日」、一人の非情な人間の改心の物語「少年死刑囚」、そしてここで紹介する完成度の極めて高い歴史物の「咲庵」など、並べてみるとどれも傑作で、しかも同じ人が書いたとは思えないほど作風が異なります。才能の幅というか、力量の厚みというか、そういったものを感じさせます。高く評価されてしかるべき作家の一人であることは間違いありません。ここで紹介する「咲庵」は、戦国時代を背景に明智光秀の生涯を描いています。斉藤道三の最期を見届けるところに始まり、本能寺に織田信長を討ち、その後すぐに主君の仇として羽柴秀吉によって討たれるまでの物語です。明智光秀を作品の主人公に選ぶ作家は多いです。彼が信長を裏切ったことは日本史上の大きな謎で、そこにロマンを感じるからかもしれません。みんなそれぞれに謀反の理由を作品の中で推理していますが、この作品の中でも中山義秀独自の解釈が描かれています。それが他の作家とちょっと違った視点だったので、えしぇ蔵は「お?そういう見方をするか」と興味深く感じました。水準の高い文学小説も書ける人がきっちりと調査した上で独自の解釈で描いた戦国絵巻は、これ以上一字一句修正しようのない傑作に仕上がっています。文学好きの人にも歴史好きの人にもオススメです。

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坪田譲治 「善太の四季」

坪田譲治について調べると、児童文学作家というふうに書かれています。確かに多くの児童文学作家を育てていますし、児童文学の雑誌「びわの実学校」を発行したり、日本児童文学者協会の第3代会長を務めたりしているわけですからその表現は間違いではありません。ですがここで一つ皆さんの注意を促したいのです。一般に児童文学とくれば、子どもが読む絵本の延長のように思われて、大人は興味を持たないものです。坪田譲治の作品をそういうものと解釈されたら、これは大きな間違いです。確かに子どもも読めますが、作品の内側に横たわるテーマであるとか、巧みな構成であるとか、美しい表現などの本当の良さは大人にしか理解できません。子どもをあやすための児童文学とはとても次元が違います。例えばこの「善太の四季」を読んだ時は、普通の文学小説との違和感は全く感じませんでした。読み終わった後、あまりの作品の完成度の高さに思わずうなってしまったほどです。坪田譲治の作品はそれくらいしっかりとした、奥行きのあるものです。えしぇ蔵としてはむしろ大人の人に多く読んで欲しいと思います。この作品に出てくるのは「善太」と「三平」の兄弟です。泣き虫の三平を優しい善太がいつも面倒みてあげます。わんぱく盛りで、視野に入るいろんなものが面白く映り、伸び伸びと育っている印象を受ける微笑ましい二人です。この二人が見た春夏秋冬のそれぞれ一コマを実に美しく描写しています。読んだ人に必ず望郷の想いを起こさせるような、優しく懐かしい情景が展開されています。最後はちょっとドラマが用意されており、非常に完成度も高い名作です。彼の作品には「善太」と「三平」がよく登場します。この幼い兄弟の活躍を他の作品でも是非読んでみて下さい。大人にも心に残る名作ばかりです。児童文学という言葉にはとてもおさまりきれません。

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尾崎士郎 「人生劇場」

この作品は尾崎士郎の出世作でもあり、代表作でもあります。1933年に都新聞に連載された時に好評を得て、本もベストセラーになりました。それ以来、その続編という感じで次々と書き継がれていきます。ここで紹介するのは主人公の幼年時代から、青雲の志を持って社会に出るまでの部分で、「青春編」と言われています。その後に発表されたのが、「残侠編」、「風雲編」、「遠征編」、「夢現編」、「望郷編」、「蕩子編」です。全部あわせるとかなりの量になります。「人生劇場」全編をとおして言うなら、この作品は尾崎士郎にとってまさにライフワークです。尾崎士郎自身、この「人生劇場」という言葉に非常に愛着を持っていたそうです。主人公の幼い頃の話に始まり、けんかありの、恋愛ありの、家庭のごたごたがありの、受験がありの、大きな夢がありの、楽しいこと悲しいこと、もろもろの山や谷を越えて一人前の大人になり、社会に巣立っていく一人の人間を描くというストーリー展開は、日本文学はもちろん、世界中の文学においても多く見られます。そしてそのどれも面白く読めるものです。それは、自分の人生と重ねながら、自分が歩いてきた道を振り返ってそれと比較しながら読むので、主人公の思いを共感できるからだと思います。だから読みながら応援してしまうんですよね。この「青春編」だけでも結構長いですが、夢中で読み進んでいけます。ただ他と違う特徴として、少し任侠の世界が混じっています。ですが今時の弱いものいじめをする社会悪としてのそれではなく、かつての”曲がったことには我慢がならない”、”男の誇りは死んでも守る”、”受けた恩は一生忘れない”的な、あの昔懐かしい任侠の世界ですから、さっぱりしたものがあってこれはこれで作品に特徴を持たせてていいものです。尾崎士郎の名作、あなたの人生劇場を思い浮かべつつ読んでみてはいかがですか?

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獅子文六 「達磨町七番地」

獅子文六とくれば滑稽小説です。個性的でユーモラスなキャラクターがいろいろ登場して、おもしろおかしくストーリーが進んでいくという作品が多いです。なにしろペンネームの発想からして滑稽極まりないところです。文六というのは、文豪の上をいきたいという意味だそうです。ぶんごの上だからぶんろくです。これだけでもこの作家の人柄が少しわかるような気がしませんか?この小説の舞台はパリです。なぜパリか?獅子文六は演劇が好きで、その分野でも活躍しました。ちなみに演劇においては本名の岩田豊雄で活動しています。岸田国士や久保田万太郎と劇団文学座を始めたりしています。若い頃から演劇に魅せられていた彼は、大学を中退してフランスまで演劇の勉強に行きます。この作品はその頃の経験を生かして書かれていますので、フランスにおける日本人留学生たちの生き様が非常にリアルに描かれています。フランスに初めて渡った時に多くの日本人留学生が最初に選ぶ下宿において、ドタバタ劇が演じられます。他の留学生はフランスでの暮らしに慣れてくるとその下宿を出てよそに移るのに、範平さんという人は長年そこに主のように住んでいます。この人は大変な国粋主義です。一方で新しく下宿に仲間入りした中上川さんは国際主義です。部屋が隣どうしなので最初は仲良くしていた二人ですがある日、中上川さんが自殺しようとしているフランス人女性を助けて下宿に同棲するようになってから二人の間には溝ができます。その後ある事件をきっかけに二人のそれぞれの考えに変化が現れます……。1920年代のパリに留学した日本人たちのドタバタ劇。獅子文六らしい作品をどうぞお楽しみ下さい。

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木山捷平 「初恋」

木山捷平は最初は詩で文学の世界に入ってきます。彼の詩は叙事的で小説のような内容を持ったものだったので友人に小説も書いたらどうかと勧められて別の才能の花を開かせます。この作品は小説における処女作です。以前は「うけとり」という作品名でしたが、のちに「初恋」に改題されました。”うけとり”というのは岡山県の方言だそうです。意味は、農事や家事などの作業にある一定の責任量を決めて、それをこなすことで相応の賃金をもらうというものです。主人公の少年は貧しい農家の子どもなので学校が終わって帰宅してから自由な時間などなく、すぐにこのうけとりをさせられます。彼がいつも帰宅してからやるうけとりは、山に行って枯葉を集めることでした。ある日、山の中で一人で枯葉を集めていると雨が降ってきたので樹の陰で雨宿りをしていたところ、そこに彼が密かに想いを寄せている女の子が偶然来合わせます。彼女も同じように山で枯葉を集めている最中でした。一緒に雨宿りしたことがきっかけとなって二人は心を通わせ、うけとりの作業にかこつけて山で密会を重ねるようになります。しかし幸せな時期は続かず二人の密会は噂になり、ある寺の壁に二人の仲を揶揄する落書きが書かれます。二人はその落書きを消しますが何度消してもまた書かれます。学校ではこの落書きが問題になり、なんとその犯人として少年が疑われてしまいます。冤罪で怒られた彼は自棄になりある行動に出ます。ストーリー的にも実に面白い傑作です。でも木山捷平と言えば「大陸の細道」や「耳学問」などに見られるような作風が彼のスタイルと思っている人が多いので、この作品を読むと「え?」と思われるかもしれません。どこか彼らしくない真面目さというか、固さがありますのでそのへんは考慮に入れて、「へぇこんなのも書いてたんだ」という感じで読んでみて下さい。

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小林多喜二 「防雪林」

虐げられる労働者階級の怒りを描かせたら小林多喜二は群を抜いています。しかし、無産者階級がどうの、共産党がどうの、共産主義がどうのというテーマを抜きにしても、彼の作品は物語としてしっかり構成もできていてかつ描写も美しく、登場人物の人間性もはっきりとしていて文学作品としても高い評価を受け得るものばかりです。政治的なもの、イデオロギー的なものに興味がないから小林多喜二は読まないというのは間違いです。一つの文学として失望を覚えるようなものでは決してありません。この作品は北海道が舞台です。地主の土地を耕して、収穫を納める貧しい農民たちの話です。あまりに地主の搾取がひどいのでこれでは生きていけないということで農民たちは団結します。そしてみんなで地主に交渉に行こうということで集まりますが、向かった先には農民の動きを事前に察知した地主の手回しによって彼らを拘束しようと警官たちが待っていました。そして首謀者を吐かせるためにみんな殴る蹴るの暴行を受けます。そして傷だらけ血だらけになって帰ってきます。主人公はこのことに強い憤りを覚え、復讐の機会を待ちます。やがて地主の家が火事になり……という内容です。虐げられる労働者の悲惨さを描いて強く訴えてくるものがあるのはいつものことですが、物語の中に出てくる自然の描写の美しさも特筆に値します。吹雪く北海道の厳しい自然が目の前に浮かぶようです。それに登場人物の動きや言動も細かくてユーモラスですし、ストーリーの展開も面白いです。労働者文学という範疇だけに収めるにはあまりに幅の広い作品だと思います。イデオロギーの問題は別にしても是非読んで頂きたい作品です。

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野上弥生子 「海神丸」

女流文学の歴史をひもとくと、その背骨として長い期間どっしりと構えている大きな存在があります。それが大御所中の大御所、野上弥生子です。この人のイメージは何事にも動じない貫禄抜きには語れません。文壇がいろんな派に分かれて、やれこっちが主流だの、こっちが本当だのと競い合うのをよそに、自分の文学を静かにゆっくり熟成させていったという感じを受けます。その姿勢を保ったまま実に99年もの長寿を保ちます。女流文学史の背骨と言いたくなるのもおわかりいただけると思います。この作品は初期の頃のもので、大正11年9月に発表されました。代表作として必ず名前が上がる作品です。運送船が嵐にあい遭難する話で、今ではよくある”人間の極限状態における異常な行動”をテーマにした作品です。実際に似たような体験をした人から聞いた話をもとにしているそうですが、それにしても女性の筆によってこういう内容のものをまだ経験も浅い頃にさらさらと書いてしまうところに天性の才能を感じずにはいられません。しかもこういうきわどい内容の場合は、情景の描写が細かいほどリアル感が出るのでそれによって読者は緊張しますが、野上弥生子の筆によればリアル感はもちろんのこと、そこにどこか美しさをも感じるのは、彼女独自の才能のあらわれではないでしょうか?漂流が続けば食糧がなくなる、極限状態まで追い込まれ、正常な判断ができなくなった人間のどうしてもいきつくところ、それはカニバリズムです。小さな船の上で凄惨な騒ぎが起こります。女流作家には珍しくちょっときつい内容ですが果たして野上弥生子はどういう結末にしたのでしょうか?皆さんも是非ご自分で読んで確認して下さい。

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岩野泡鳴 「放浪」

岩野泡鳴のいわゆる五部作と言われる中の三番目にあたる作品です。五部作とは、「発展」・「毒薬を飲む女」・「放浪」・「段橋」・「憑き物」のことを指し、この作品は「毒薬を飲む女」の続編ということになります。家族も愛人もほったらかしにして蟹の缶詰工場を作るという事業のために北海道からさらに樺太へと渡ったのはいいけど思うような結果を得ることができず、何か新規巻き返しの策を練るために樺太から北海道へ戻り、さてどうしよう?と途方にくれているところから話が始まります。友人知人の家に居候しながらいろいろな策を練り、根回しをするわけですがどれも実りません。そのうちに工場のほうもダメになっていきます。そんな状況でもしっかり色町には遊びに行くわけで、そこである芸者といい関係になります。東京に奥さんと子どもを残し、愛人も残し、それなのに北海道でまたこのざまです。そしてそれを包み隠さず書いてしまうこの人も度胸あるなぁと変なところで感心してしまいます。小市民的一文学者がばたばたと人生にあえいでいる姿を描いた作品です。文学的なテクニックにおいては五部作のどれもそうですが、彼お得意の三人称一元描写で描かれています。これは簡単に言うと三人称で書くのに、作者が代弁するのは主人公の気持ちだけで他の人の心情は表現しないというもので、要するに三人称でありながら独白のような形式です。この表現方法を確立したということで彼の名は永久に文学史から消えることはありません。そんなすごい人なんですが、どうもビジネスにおいては才能がなかったようですね。

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井上靖 「闘牛」

皆さんは井上靖の名前を聞くと、文学小説の作家と思いますか?それとも大衆小説の作家と思いますか?もし多くの人の意見を集めたら結構票が分かれるのではないかと思います。作品をいくつか読まれるとわかると思いますが、非常に分類の難しい作家です。文学性は高いと思うんですが、ストーリーもしっかり面白くて、一般的な文学小説のように表現を楽しみながらじっくり読むというより、面白いので一気に読んでしまうことが多いです。逆に言えば絶妙な立ち位置にいる作家ということになるのでしょうか。井上靖は若い頃に懸賞小説で入選したことがありますが、その後新聞記者生活を14年も続けたので本格的にデビューしたのはかなり遅く、次に書いた「猟銃」の時は既に42歳でした。そしてこの「闘牛」を書いて、見事第22回芥川賞を受賞したのが43歳の頃です。遅咲きの部類に入るとは思いますが、それだけに人生経験を積んだ後の作品なので完成度も高く、ベテランの風格さえ感じます。この作品もやはりストーリーが面白いのが大きな特徴です。「闘牛」といってもスペインのように牛と人が戦うのではなく、牛と牛を戦わせるものです。主人公は新聞社に勤めていますが、社の一大イベントとしてこの「闘牛」を企画します。なんとか成功させるために奔走する毎日が始まります。開催日が近づく間、様々な準備が必要ですが、次々に起こるトラブルにも頭を悩まします。おまけに開催できる日程が変更できないので当日雨が降ると中止となり、社に多大な損失を負わせることになります。いろんな人々の思惑も絡めつつ、イベントが成功するかどうかのハラハラとさせる展開が見事です。率直な感想としてはやはり面白い!ということです。読ませます。その後、名作を次々に発表しますが、やはりどれも面白いことは共通しています。井上靖はノーベル文学賞候補にもなったことがありますが、なるほど欧米の人にも好まれそうな作品が多いです。最近こういうタイプの作家があまり見受けられないのはちょっと寂しいですね。皆さんも是非、”面白い文学小説”の世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょう?

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石川啄木 「一握の砂」

日本人で知らない人はほとんどいないでしょう。明治の偉大なる歌人です。学校でも習うのでもうここで説明する必要もないくらいでしょうけど簡単にご紹介します。石川啄木は明治19年に岩手県で生まれました。本名は一(はじめ)です。文学史に名を残す作家たちはほとんど学生時代の成績はいいのですが、この人はそうよくはなかったようです。むしろカンニングはするし、欠席も多いし、ついには退学させられたりと、今で言えば完全に不良です。そういう彼を文学の道に目覚めさせたのは「明星」という雑誌です。そこに掲載されていた与謝野晶子の短歌に影響されたという話です。天性のものがあったからでしょう、それからはめきめきと実力をつけ、文壇でも認められるようになります。そして24歳の時にこの「一握の砂」を刊行します。彼の第一歌集です。ところが天才にありがちの運命が彼を待っています。肺結核が彼の人生を奪ったのはなんと26歳の時です。「一握の砂」発表からわずか2年です。当然そんなに作品は残せていません。第二歌集の「悲しき玩具」や、小説「我等の一団と彼」などは死後に刊行されました。なんとも悲しすぎる天才の生涯でした。しかし残された作品の内容は濃いです。この歌集には有名な短歌も含まれています。
「東海の小島の磯の白砂に吾泣きぬれて蟹とたわむる 」
「たわむれに母を背負いてそのあまり軽ろきに泣きて三歩あゆまず」
「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る 」
「悲愴」「寂寞」「孤独」「虚無」・・・そういう心情を表現した短歌はストレートに胸を打ちます。本棚ではなく、机の上などの身近なところに置いておきたい歌集です。

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