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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

太宰治 「駈込み訴え」

太宰治は坂口安吾、織田作之助、石川淳とともに「無頼派」、「新戯作派」と言われる作家で、退廃的な作品が多いことは皆さんご存知のことと思います。マイナス思考でなげやりな生き方を表現するような作品群を読むと誰しもそれに異存はないでしょうが、でも一つだけそこにそぐわない要素が彼の場合はあります。それはキリスト教です。太宰治がキリスト教にどういう関心を持っていたのか、どう捉えていたのか、今では推測するしかありませんが、もしかすると自らの内面の苦しさから逃れる一つの道としてキリスト教に近づいていたのではないかなと思われます。その一端がうかがえるのがこの「駆け込み訴え」です。この作品は聖書に出てくるユダの密告のシーンをユダの一人語りという形で描いています。ご存知のようにユダは主イエスを裏切って、銀貨30枚と引きかえにその身柄を売ります。ユダが自分の激しく混乱する内面を表現するかのように、すごい勢いで”あの人”、つまりイエス・キリストの罪を訴えます。それはまるで自分の罪の重さをごまかそうとするかのように激しいものですが、これは実は自らのイエス・キリストへの激しい愛の裏返しにすぎません。愛しているからこそ必要以上に激しく弾劾してしまいます。作品は訴えるシーンのみで終わりますが、この訴えが発端となりその後イエスがどうなったかは皆さんご存知の通りです。この作品の中でのユダはまさにキリスト教への思いに揺れる太宰治自身ではないでしょうか?個人的にはどうもそんな気がしてしょうがないわけです。太宰治はこの作品を奥さんに手伝わせて口述筆記で一気に仕上げたそうですが、天才の成せる技はやはり常人の理解をはるかに超えていますね。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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