室生犀星 「蜜のあわれ」
詩人として有名な室生犀星ですが、小説のほうも侮りがたしです。この作品は批評家の中には彼の最高傑作と言う人もいるほどの優れた作品です。非常に不思議な作品なので、ぼーっと読んでいると一体何がどうなっているのかわからなくなる恐れがありますので簡単に解説しておきます。主人公はある年老いた作家でありまして、まぁこれは室生犀星自身と考えていいでしょう。その主人公が、自分の飼っている金魚と会話するわけです。金魚は生意気な小娘風な話し方で彼の相手をします。その二人のやりとりをいくつかの出来事をまじえながら綴ったもので、全編会話で成り立っています。途中でわからなくなると言ったのは、この金魚が時々人間に化けて外に出かけたりすることがあるからです。あれ?今は金魚の状態かな?人間の状態かな?と注意しながら読まないといけません。そうして読み進んでいくうちに彼が何を書きたいかが徐々に伝わってきます。女性という存在に対する愛情を彼なりの方法で表現しているわけです。加賀藩の足軽と女中との間に私生児として生まれた彼は、すぐに雨宝院というお寺に養子に出されます。そしてついにその生涯において実母の顔を知ることはありませんでした。最初から母親の愛情というものを知らずに育った彼は、包み込まれるような女性からの愛情に常にあこがれていました。この作品は晩年に書かれたものですが、それでもこういう形で表現されているところからすると、そのあこがれはついに彼の一生を支配してしまったことがわかります。女性の方には特にお勧めの作品です。