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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

大岡昇平 「事件」

大岡昇平といえば、「野火」「レイテ戦記」「武蔵野夫人」「花影」などを連想しますが、今回ご紹介するのはなんと推理小説です。ちょっと意外ですよね。実は大岡昇平は推理小説に関しても造詣が深く、有名なイーデン・フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」などを翻訳しているほどです。えしぇ蔵は、群を抜いて優れた作家というのはジャンルを問わずに傑作が書けると思っていますが、これも一つの例ではないかと思います。非常に優れた推理小説で、1978年に日本推理作家協会賞を受賞しています。簡単にストーリーを説明しますと、1961年の夏に神奈川県の山中で女性の死体が発見されます。すぐに19歳の少年が容疑者として逮捕され裁判にかけられますが、裁判が進むにつれて新事実が次々に明るみに出て、明白と思われた事件が複雑化していきます。果たして少年は本当に犯人なのか?判決はどうなるのか?というサスペンスです。ストーリーが面白いのは言うまでもありませんが、特筆すべきは日本において犯罪が発生した場合、どういった手順で裁判が進行するのか、誰がどんな役割を果たすのか、どれぐらい手間暇かかるものなのか、そして判決はどうやって決められるのかという、日本の裁判のしくみが事細かに順を追って説明してあることです。本当に驚くほど詳細に調べてあり、えしぇ蔵は読んでる途中で、大岡昇平は弁護士か検事の経験があったかしら?と調べなおしたほどでした。実際はそういった経験はなく、徹底して調査し関係者にアドバイスをもらいながら書いたそうですが、作者を知らずに読めば法曹関係の人が書いたと思うことでしょう。その調査力には圧倒されました。大作なので調査から執筆までかなりの労力を使ったであろうことは容易に推測できます。間違いなしの傑作です。是非読んでみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

荒畑寒村 「艦底」

社会主義文学、労働者文学を語る上で絶対に欠かすことのできない偉大なる存在である荒畑寒村にとっては、小説家という一面はその広大な活動範囲の一部にしか過ぎません。小説家としてよりも社会主義者、労働運動家としての彼を知る人のほうが多いかもしれません。その生涯はまさに社会への献身に貫かれています。若い頃に横須賀の海軍工廠で働いていましたが、その時に初めて労働運動に参加し、その道への第一歩を記します。この時はまだ10代です。それから幸徳秋水などによって発行されていた「平民新聞」に参加します。1908年の赤旗事件ではご他聞に漏れず牢獄生活も経験しています。その後は大杉栄と「近代新聞」を創刊したり、日本社会主義同盟や日本共産党の創立に参加したり、「労農」を創刊したりと、まさに日本の社会主義運動の歴史そのままの人生を辿ります。戦い抜いた生涯です。非常に凄まじい生き様を見せてくれました。この作品は彼が社会主義運動に目覚めた横須賀の海軍工廠時代の経験をもとに書かれた非常に短い小品です。主人公は巡洋艦の艦底で棚の鉄板を取り付ける穴を開ける作業に従事しています。窓もなく空気のよどんだ”穴蔵”の中で栄養失調によって脚気になった足をひきずりながら働いています。主人公は健康診断において、脚気であることと心臓が弱っていることがわかりますが、軍医長によって肺でないなら大丈夫とあっさりと片付けられてしまいます。友人に到ってはさらにひどい状態で、「こんな体をしてよく生きているナ」とまで言われます。そういう状態にまで追い詰められた人々の労働によって巡洋艦は作られ、戦争が行われるわけです。この作品は単なる労働者の悲劇だけでなく、その捧げられた労働の結果が戦争に使われるという虚しさをも訴えています。短いですが実に訴えるものが多い名作です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

上司小剣 「鱧の皮」

上司小剣は奈良県生まれ兵庫県育ちです。大阪の浪華文学会で活動した後、東京に移り読売新聞社員となり、編集局長まで務めます。最近ではその作品に触れることが極めて難しくなった作家の中の一人ですが、文学史には必ず名前のあがる人です。この作品は彼の代表作で、田山花袋に賞賛されて有名になります。舞台は大阪ですが、さすが関西出身とあって大阪の風物や人情が実にうまく表現されており、それだけでも読む価値ありです。物語の筋としては非常に単純です。大阪の道頓堀にある小料理屋における日常を描いています。経営者の源太郎と養女の姪のお文が、道楽の末に家を飛び出したろくでなしの婿養子福造から送って来た手紙を読んで、愚痴を言っている場面から始まります。手紙には金がないから送ってくれだの、勝手なことばかり書いてあるので二人は飽きれていますが、その末尾に「鱧の皮をお送りくだされたく候」と書いてあります。この一文がこの作品のポイントになります。あんなやつに何も送る必要はない、という感じで手紙は無視され、お文は芝居を見に行ったりするわけですが、じつはこっそり鱧の皮を買って小包にして隠します。そして寝る時にその隠してる小包をちょっと撫でてみるシーンで終わります。このラストシーンがなんともたまらない余韻があるわけです。あぁ文学ここにありだなぁと感動します。旦那はろくでなしだけど別れるに別れられない、お文の微妙な心境が大阪の風情を織り交ぜて見事に描かれています。短い作品ですがしっかりと印象を残す作品です。ちなみに鱧とはうなぎに似た魚です。今では高級魚のうちに入りますが、関西の人にとっては馴染み深い味です。作品中で「鱧の皮、細う切ってて、二杯酢にして一晩ぐらゐ漬けとくと、温飯に載せて一寸いけるさかいな」と紹介されていますが、一度食べてみるとこの作品の味わいが更に深まるかもしれません。

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