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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

中村真一郎 「生き残った恐怖」

ちょっと一味違う作品世界にご招待です。中村真一郎の作品は他の一般的な作品を読むつもりで読み始めるとちょっと戸惑いを感じると思います。それは作品全体に現実的な感覚があまりないからです。まずは舞台背景に関する説明は非常に簡単です。季節とか建物とか人の動きなど、そういうものがほとんど重視されていません。(佐々木基一が彼と一緒に自然の中を散策した際、彼が景色というものにほとんど関心を示さなかったと語っています)彼の関心はもっぱら人間の内面的な動きに向けられています。これはヨーロッパ文学によくあるパターンですね。実際彼は若い頃かなり影響を受けています。そういう作品を以って戦後に登場し戦後文学の旗手となります。後期においては作風はだいぶ変化しますが、初期の頃の作品には、わかる人にだけ読んでもらえればいい、というような孤高の天才の自信を感じます。結局、作家というのはそういう姿勢でいいのではないかと個人的には思います。読んでもらうため、気に入ってもらうため、という目的もあるでしょうけどそれ以前にやはり書きたいものを書く、書きたいように書く、自分が信じた道を貫く、という信念があって然るべきではないかと思います。この作品のタイトルを見ると、「お、なんか怖い話かな?」と思うでしょうがそう簡単にいかないのが中村真一郎なのです。戦争中に徴兵検査を受ける前のある若者が、戦場で殺人を犯したくないためにどうすればこの現実を回避できるかと深く苦悩する話です。最終的に彼はそのためには自殺しかないという結論に到りますが、実際には滑稽な結末が待っていました。発端や結末はこの作品の場合どうでもいいわけでして、大事なのはこの若者の苦悩を描写した部分です。ここにおいて本領発揮です。他の作家の作品とはちょっと違う世界を味わってみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

武田泰淳 「ひかりごけ」

ちょっと重いテーマの小説です。覚悟はいいでしょうか?この作品はですね、カニバリズムがテーマです。つまり「食人」ですね。飢餓の極限状態に置かれて、ついに許されざる一線を越え、人を食べてしまったといういきさつを描いた問題作です。1944年に北海道で実際に起こった事件をモチーフにしています。日本陸軍が徴用した船が知床岬で難破します。極寒でかつ食糧もない最悪の状態に置かれ船員は死んでいきますが、その死んだ船員の人肉を船長が食べたことが後で発覚し裁判になります。「食人」で人が裁かれるのは初めてで適用する法がないので、死体損壊ということで懲役1年の実刑となっています。武田泰淳がこの事件をモデルにしたので、事件の名前自体「ひかりごけ事件」と言われています。ここで注意して欲しいのは、この作品は実際にあった事件の記録ではなくあくまでそれをモチーフにした架空の話であるということです。内容をそのまま事実と認識しないようにくれぐれもご注意下さい。前半の部分がいかにも作者が現地で事件を調査したというドキュメンタリー風に描かれているので、非常に誤解されやすいですがあくまで創作です。作品の後半は2幕に別れた脚本になっています。1幕目は事件の現場です。船員たちと船長の会話がリアルで、極限状態の緊張感が伝わってきます。2幕目は船長が裁かれる法廷です。船長と検事の会話の中にこの作品の真のメッセージが込められています。人間が極限状態において犯したくない罪を犯してしまった時、一体誰がそれを裁きうるのか?少なくともその状態を知らない同じ人間にはその権利はないのかもしれません。重いですが是非読んで頂きたい問題作です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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