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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

永井荷風 「あめりか物語」

永井荷風の代表作として「ふらんす物語」はよく名前が上がりますが、この「あめりか物語」が同じように評価されないのは個人的に非常に残念に思います。この二作はどちらも非常に優れた短編集です。ただ誤解されがちですが、タイトルからするとアメリカに滞在した間の体験記というふうに連想してしまうと思います。実際に永井荷風は1903年から1907年までアメリカ、その後1908年までフランスに実際に滞在していますのでそう思っても当然だと思いますが、実際には全くの創作の作品もあれば、随筆的なものもあります。つまりアメリカにが舞台ではありますが、作品の形式は統一されてはいません。ですからどれか一つを無作為に読んでも楽しめる一話完結になっています。ちょっと時間があいた時にぱらぱらっと開いて目についたものを読むという楽しみ方ができます。この作品の面白いところは作品を通して明治の頃のアメリカが実によく見えてくることです。政治的、歴史的なとらえ方ではなく一般庶民の日常の生活を見ることができます。これはやはり永井荷風の素養と筆力によって的確にとらえられていることに起因すると思います。同じものを見て体験したことでも、それを文章にする力によってこれほど読者の頭に当時の状況を見せることができるのかと、自分の紀行文と比べてみて本当に驚かされます。そしてその能力によってとらえたものを、随筆だけでなく小説の形にも確実に仕上げていくその力量は、当時まだ若いとはいえやはり大家の底力を感じさせます。それにしても明治という時代に留学させてもらえるなんて、一体どれだけおぼっちゃんだったのかと思ってしまいますね。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

井上友一郎 「残夢」

昭和15年の第11回芥川賞の候補作になった作品です。井上友一郎という作家が目指すところは本格小説であったわけですが、若い頃に書いたこの私小説のジャンルに入る「残夢」が文壇デビューのきっかけとなったということはある意味ちょっと皮肉かもしれません。作家に限らず芸術家全般そうですが、有名になる時にはこういうことはままありますね。そういう点に留意して頂いてこの作品を読んで頂きたいと思うわけです。なぜならこの傑作を読めば、「あぁこの人は優れた私小説作家だ」と思う人が多いだろうと予測できるからです。彼の目指したものはここにはありませんからご注意下さい。ストーリーは私小説ですからほぼ実体験と言っていいと思います。背景は太平洋戦争前、日華事変が起こった頃のあの不穏な空気に包まれた時代です。主人公は既に結婚していましたが、ふとかつて自分の青春に輝かしく光っていた頃があったろうかと疑問に思い、今からでもそれを味わってみたいという衝動にかられ、友人の勧めるダンスホールに通うようになります。これが要するに失敗と堕落と苦労の始まりです。ここで出会った女性に心を奪われますが、彼女は軽薄な典型的小悪魔でした。主人公のことを一途に愛しているように思わせといて、実は軽く考えている。でもやっぱりどこかに真実があるなと思っているとあっさりと違う方向に歩み出している……という感じで、哀れな主人公は振り回されっぱなしです。そのうち奥さんにも見限られて実家に帰られてしまう。そんな情痴に溺れて足を踏み外した情けない男の話です。作品としては構成も表現もそつがなく、きっちり完成された傑作です。読み終わって続きが気になったら、「夢去りぬ」をどうぞ。

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