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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

石川達三 「悪女の手記」

「蒼氓(そうぼう)」で1935年に名誉ある第1回芥川賞を受賞して華々しく文壇に登場した石川達三ですが、その内容はブラジル移民の悲しい現実を描いて社会に問題提起するものでした。その後も社会批判的な作品が多く、”ジャーナリスティック”という言葉がよく似合う作家になりました。そういった訳で社会派的なものは苦手だという人は石川達三を敬遠しがちですが、彼の作品の守備範囲はそれだけではありませんので誤解のないように。ここで紹介する話は全然そういった分野のものではありません。見方によっては私生児を蔑視する当時の社会に憤ったものというふうに捕らえられないこともないですが、あんまり難しく考えないで普通に読んで十分に面白い作品だと思います。ストーリーとしては単純な内容です。主人公は少し人より気が強いくらいで、どこにでもいそうな平凡な女性でした。彼女は私生児でしたが、持ち前の気丈さでそのことをコンプレックスとはせず、むしろ強く生きていくためのバネとします。妊娠させた男に捨てられて惨めな人生を送った母を見て、自分はそうはならないと強い意志を持って生きていきますが、所詮ままならぬ運命に翻弄され、結局は母と同じように好きな男に捨てられ、同じように私生児の母になります。ここから彼女の転落の人生が始まり、男というもの全体に対する復讐が始まります。お金を持っていそうな男をたぶらかし、利用し、離れていきます。次から次に。そして最期にやっと本当の幸せが見つかりそうになった時、運命の皮肉でまた最初と同じように捨てられます。ここで彼女は裏切った相手の男に対し、人生を台無しにされた男というもの全体に対し、そして幸せをつかむことができなかった自分自身に対し逆上し犯罪に至ります。この作品は最初に裏切った男へ送る手記という形で書かれていますが、非常に面白いので一気に読めました。難しく考える必要はありません。普通に楽しめる作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

丹羽文雄 「蛇と鳩」

丹羽文雄の作品の中にはしばしば宗教がからんできます。これはいわば彼にとっては宿命と言ってもいいかもしれません。もともと三重県にある浄土真宗専修寺高田派の崇顕寺の跡取りとして生まれた彼は、人生のスタートから宗教を背負っていました。仏の道へ入ること、家を継ぐことを拒否し、文学の世界に入って大成功するわけですが、最期まで作品の中に宗教の反映があったというのは彼にとってなにか大きなものを意味するような気がします。この作品は戦後の国土も人心も荒廃した日本において、雨後の筍のように次々に出現した新興宗教をテーマにしています。乱れた人心が心の安寧を求める時代には決まって新興宗教が活発になりますが、太平洋戦争が終わった後の昭和20年代がまさにそれでした。その中には人心を救うというよりも、新たなビジネスと考えて立ち上げたものもあると思います。この作品の主人公の義兄が狙ったのがそれでした。新しい新興宗教を作って大儲けしてやろうという壮大で邪悪な計画を立てた義兄は、主人公を手下として使って手伝わせます。まずは既存のあらゆる宗教を調べて、教祖になるのにふさわしい男を捜させます。その過程が非常に興味深いものがあります。実際に丹羽文雄があらゆる宗教について細かく調べたことがよくわかります。やがて主人公は一人の男を見つけ出します。義兄はその男に教祖の地位を与え、必要な環境を整え、宣伝に莫大な費用を投じ、サクラを使った巧妙な勧誘作戦も展開して一大新興宗教を築きあげます。主人公はその邪悪な計画が身を結ぶ一歩手前において、その所業の非道さに気付き反攻する決意をします。さぁこの偽の宗教団体はどうなるのでしょうか・・・?宗教という重荷を背負って生きた丹羽文雄がその運命と真っ向から取り組んだ傑作です。

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