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蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

今日出海 「山中放浪」

今日出海は、型破りな人生、型破りな性格に象徴される今東光の弟です。こちらは文壇から一時疎外された兄とは違い、順調に文学の道を進みます。芝居や映画にも活動の範囲を広げていましたが、太平洋戦争によってその進路を阻まれます。昭和16年に陸軍の報道班員としてフィリピンに渡り、マニラに約1年滞在します。その頃の日本軍はいけいけドンドンで向かうところ敵なしの快進撃。マニラの日本人たちの間にも明るい雰囲気があったわけですが、2度目に同じマニラに派遣された昭和20年の時点では米軍の上陸を待つだけの敗色濃厚な暗い雰囲気でした。この作品はこの2度目の派遣の際の体験を綴ったものです。作者の実体験そのものですから戦争記録文学と言っていいと思います。台湾から飛行機で到着した時点で既に、なんでこんな時に来たのか?と訊かれるほど事態は切迫していました。そしていきなりの逃避行です。それからの5ヶ月間というのは文字通り地獄です。昼間は上空からの爆撃や機銃掃射があるので動くことができません。夜になってこそこそと移動します。食料もないし医療品もありません。同じようにぼろぼろになって逃げていく日本兵を見て、これがあの昭和16年の滞在の時に見た輝かしき皇軍の姿かと虚しさ、悲しさに襲われます。制空権も制海権も奪われてしまっては援軍はもちろん、救助にも来てくれません。飛行機で脱出しようとみんな微かな希望を抱いて飛行場の方面に集まりますが飛べるものは一機もありません。そんな時にたまたま不時着した友軍の飛行機に空きがあって乗せてもらえることになり、彼は奇跡的に助かります。無事に台湾に戻ってから、現地の悲劇を知らない人たちによる無責任な発言に彼は憤慨します・・・。逃げ回る間も日記だけは書き続けたということが功を奏して、こと細かに記述された逃避行の様子は実に鬼気迫るものがあります。貴重な記録だと思います。是非ご一読を。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

石坂洋次郎 「海を見に行く」

石坂洋次郎の「青い山脈」や、「陽の当たる坂道」などの健全な青春を描いたものは、そのままドラマや映画の脚本にできるような印象を受けます。はっきりとしたストーリー展開、個性豊かでかつ善良な登場人物、ハッピーエンドな結末、芸術性よりも明確さを重視した状況描写……などなど、要するに全体的にわかりやすいのです。実際にこういった作品が多くの人に読まれたことにより、彼は「百万人の作家」とまで呼ばれました。こういうふうに書くとベストセラーを連発する大衆作家というふうに誰しも認識することでしょう。でもそれは彼の一面しかとらえていないということをここでえしぇ蔵は強く主張したいのです。彼の名声を高めた代表的な作品の名前をあげる時には必ずこういった大衆小説的なものが先に出てきますが、文学性の極めて高いものもたくさん書いていることを知って頂きたいのです。文学の中に芸術を追い求める人たちの中には、「なんだ、あの健全小説の石坂洋次郎か」と思っている人も多いと思います。えしぇ蔵としてはここで紹介する「海を見に行く」や、「草を刈る娘」、「壁画」、「リヤカアを曳いて」などの作品も是非読んで頂きたいです。きっと石坂洋次郎という人の作品のイメージがかわると思います。実際、えしぇ蔵もこれらを読むことで大きく石坂洋次郎観が変わりました。この作品はまだブレイクする前、学生結婚した若い彼が文学の道を遠望しつつ焦慮の日々を暮らしていた頃をモデルにしたものです。夢を追いかける者が途中で抱く不安や焦慮が作品全体でうまく表現されている傑作です。特に書き出しの素晴らしさは秀逸です。初期に発表された作品で、これが注目されたことにより作家としての道が開けます。基本的にはこういう傑作を早い時期から書けた人なんだということを知ってもらいたくて紹介しました。健全な青春ものとはちょっと違う石坂洋次郎をお楽しみ下さい。

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