蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

佐多稲子 「キャラメル工場から」

もしかすると人はそれぞれ生きている間になすべきこと、つくべき職業というものが用意されているのかもしれないと思うことが時々あります。たとえそのことに気付かずに別の道を歩んでいても、ふとしたきっかけで本来歩むべき道を知り、その方向へ進んでいくと泉のように才能が湧き出てたくさんの素晴しい結果を残すということはよくあるようです。一方で早くから一つの道を決めて長年努力してもなかなか開花しない人がいることも確かです。そうなるとやはり神様が見えないレールを用意している気がしないでもないですね。佐多稲子は東京のカフェーで働く、ごくありふれた貧しい女性でした。ところがそのカフェーを同人雑誌「驢馬」のメンバーである中野重治や堀辰雄らがよく利用したことから運命が一転します。彼らと知り合ったことで文学の世界への扉は開かれます。そして自分がかつてキャラメル工場につとめていた頃のことを題材にこの作品を書き、プロレタリア文学の作家として認められます。こういうふうに書くとこの作品が勇ましく労働者のために戦う作品のように思われるかもしれませんが、そうではなく貧しい女工が経営者に酷使される世界を悲しく描いています。体験をもとにしていますから情景が非常にリアルに浮かびます。作品から伝わる悲しさが一つの訴えとなっているので、そういう意味でいうとまさにプロレタリア文学です。激しい憤りを底に秘めつつ、静かに戦い静かに訴えているという印象を受けます。佐多稲子は早くから文学を生きる道として勉強してきたわけではないのに非常に素晴らしい文章を書く人です。これこそまさに彼女が書くために生まれてきたのではないかと思われる一つの理由です。労働者のために書いて戦えと神様が彼女に才能を授けたのではないでしょうか?その使命を彼女は見事に果たし、文学史にしっかりと名を残して逝きました。つらいことも多かったでしょうが、才能を無駄にしなかった人生を過せて彼女は幸せだったと言えるのではないでしょうか。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

原民喜 「夏の花」

悲しい運命を背負った作家は結構います。作家というものが本来悲しい運命を背負うべき存在なのかと思いたくなるほどです。原民喜もその一人で、その人生はまさに涙なしでは語れません。原民喜とくればすぐに連想するのは「原爆」です。彼は広島で被爆しました。そのことだけでも大きすぎる悲劇ですが、実はそれ以前からすでに悲しみを背負っていました。愛する奥さんが病に倒れ、数年の看病もむなしく先立たれてしまいます。彼は奥さんが死んだら一年後に自分も死のうと考えていました。そしてそれまでに奥さんとの思い出を一冊の詩集に書き残すつもりでした。ところがもうすぐ一年が経過というその時、奥さんのお墓参りをした翌々日に原爆が投下されます。幸い生き残った彼はこの世の地獄を目の当たりにします。そしてその悲惨な現実を作品にし後世に残すことを自分の新たな使命と考え、さらに数年生き延びる決意をします。そして生まれた作品の一つがこの「夏の花」です。奥さんの墓参りのシーンから始まり、原爆投下の瞬間、投下直後の広島の様子などが残酷なまでに克明に記録されています。「水をください」という声、「たすけてください」という声、彼の周囲は死で囲まれていました。いたるところに醜い死体と建物の残骸、人命も文化もわずかな価値さえ与えられず、簡単に奪われていきます。彼は逐次メモをとっていたので作品のリアリティが強烈で、それを洗練された文章で表現してあるので文学作品としても非常に水準の高いものとなっています。彼は原爆の悲劇を書き残したことで使命を終えたと考えたのか、1951年に鉄道自殺をします。悲しく短い人生でしたが、その作品は後世の人間に永遠に平和の尊さを訴え続けることでしょう。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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