蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

宮尾登美子 「菊亭八百善の人びと」

最近では街中に新しい飲食店ができても、1年か2年ほどで別の看板が上がっているというのが特に異常なことではなく、街行く人も「あ、今度はこんなお店になったか」と特に驚きもしないのが普通です。そういう時代に生きているからこそ、是非この作品を読んで頂きたいと強く思います。なぜならここには、「味を受け継ぐ」ということがどれだけ必死なものであるかが描かれているからです。京都などに行けば創業百年、二百年、三百年という言葉はよく聞きますが、それがいかに大変なことであるか、多くの人の汗と涙で繋がって来たか、その苦労の一端を知ることができると思います。この作品の舞台となる老舗の料亭「八百善」は江戸時代から続いており、戦後まもない頃、時節柄八代目が休業している状態から話は始まります。そこへ主人公の汀子が八代目の次男のもとに嫁に来ます。過去の名声となりつつあった「八百善」を復活させると八代目が決めて以来、汀子と九代目襲名を目標とする旦那の奮闘の日々が始まります。「八百善」の調理場を三代にわたって守ってきた板前さんが腕を振るう場面では、実に奥深い料理の世界を堪能できます。板前さんは江戸時代に先人によって残された料理本を参考に江戸の味を守ろうと必死です。まさにその姿を通して、「味を受け継ぐ」ことの責任の重さが伝わってきます。実はここで描かれている「八百善」は実在する料亭です(今は店舗はなく卸売などをされています)。作中で書かれている「八百善」の歴史は実際の歴史に即しています。江戸料理、職人気質、料亭の運営、男女の騙し合い、忠節と裏切り、飲食業の変化、様々な要素が絡んで読み応え十分の傑作に仕上がっています。個人的には宮尾登美子の作品の中でもかなりお気に入りです。是非読んでみて下さい。特に料理が好きな方にはお勧めです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

吉村昭 「零式戦闘機」

いろんな国の民族性と比較して、日本人というのは本当に真面目だなと思うことがよくあります。どんな分野においても、何を成し遂げるにおいても、次々に立ちふさがる困難をみんなで知恵を出し合って努力に努力を重ねて、そして最終的にはそれらをクリアして大きな結果を得る。こういうパターンはよく見られますよね。特に高度経済成長期の産業界において多かったと思います。そういう民族的な特徴というのはおそらくかなり昔から引き継がれてきたのではないかと思います。長い日本の歴史においてそれが顕著に表れた時期は昭和初期の日中戦争から太平洋戦争までの時期ではないかと思います。例えばこの本のタイトルである零式戦闘機を生み出す過程においては日本人の底力が発揮された典型的な例ではないかと思います。日本が外国に頼らず完全に自国内の技術によって軍用機を製作したのは昭和11年の九十六式艦上戦闘機が最初でした。世界の航空業界にデビューしたその新人がいきなりトップクラスの性能を発揮します。そこまでに至る技術者たちの苦労は並大抵のものではありませんでした。ところが海軍は更に高性能なものを作ることを要求します。そこから更なる苦難の過程を経て生まれるのが零式戦闘機です。上から無茶を言ってくる、それをみんなで助け合ってクリアする、するともっと難しい無茶を言ってくる、それをなんとかクリアする、この繰り替えしによって日本の航空技術は短期間に飛躍的に成長しました。この作品は明治四十三年に外国の飛行機を軍が初飛行させてから九十六式艦上戦闘機、零式戦闘機の誕生、そして帝国陸海軍の命運とともに零式戦闘機が歴史から姿を消していくまでの詳細な過程が描かれています。しみじみ日本人の真面目さ、ひたむきさを感じる内容です。ここでは戦争という忌避すべき方面においてそれが生かされることになりましたが、日本人の根底にあるこの長所は別の面に置いてこの先の未来も引き継いでいくべきだと強く思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

宮尾登美子 「岩伍覚え書」

宮尾登美子の父親は高知において遊郭に芸妓や娼妓を紹介する仕事をしていました。かなり繁盛していたようで地元では有名だったそうです。仕事柄任侠の世界とも縁が深く、そういう環境において商売を続ける人間的強さは十分にあった人のようです。その人が実に14年分もの詳細な日記を残しており、それが後に宮尾登美子の数々の小説の資料として生きることになりました。この小説はその日記の中の記事を大いに活用したもので、名前も父親の本名「岸田猛吾」を「富田岩伍」に替えて、父親をモデルにして描いています。その残された日記というのが「一日の空白もなく天候、来信発信、一日の出来事、金の出し入れなどぎっしりと」書かれていたそうで、当時の生活の様子を知る要素がふんだんに含まれていたそうです。父親の生きた時代を取材して描くという時に、いくら当時の関係者に取材したところで生活のディテールまではなかなかつかみにくいところでしょう。そういう意味ではこの日記の存在は非常に大きかったのではないかと思います。宮尾登美子の作品は様々な困難を乗り越えて強く生きていく女性を主人公にしたものがほとんどで女性の目から見た人生を描いていますが、この作品は珍しく男性目線です。岩伍自身が遊郭を舞台に芸妓娼妓業を営む上で起こる様々な出来事や経験を回想しつつ淡々と語るという形式をとっています。その語り口がまた粋で、任侠の世界を渡りあるいた男の自信を感じさせる淀みない口調でぐいぐいと物語の中に読者を引き込んでいきます。その技量には全く驚嘆を覚えます。宮尾文学の基礎ともいえる名作です。是非読んでみて下さい。この作品は「櫂」、「陽暉楼」、「寒椿」などの名作にも関連しているので続けて読まれることをお勧めします。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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