蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

吉村昭 「海の史劇」

日本と外国との戦争を描いた作品は数限りなくありますが、おそらくそのほとんどは日本の目線で描かれていると思います。日清、日露、日中戦争、そして太平洋戦争でもその描き方は日本から見た戦争になっているのがほとんどです。それは取材がしやすいということもあるし、また日本の立場に同情的に書きたいという意図もあるからだと思います。しかし戦争には相手国があります。つまり先方にも思惑は大いにあるということです。でも視点を片方の側だけにおくとどうしても視点を置いた側に肩入れした形にならざるを得ません。その点から考えると、日露戦争における日本海海戦を描いたこの作品は、日本側とロシア側双方とも徹底的に取材し、そしてどちらかに偏ることなく公平に史実を描いているので、評価すべき希少な記録文学なのではないかと思います。通常日本海海戦を題材にする時は、華々しい日本の勝利をメインにしてその前後を少し盛り込んで描くというのがだいたいのパターンですが、この作品はロジェストビンスキー率いるバルチック艦隊が出港する場面から始まります。そこからしばらくは艦隊が七ヶ月もかけて地球の半分を回航してくる苦難の記録です。実に様々なトラブルに見舞われながら、必死の思いで戦場まで到達したことがわかります。海戦以前のバルチック艦隊の苦労をここまで詳細に描いた作品は珍しいと思います。そして迎える側の日本の準備、心境も当然詳細に描かれています。そして迫力の海戦シーンも徹底的に綿密に描かれており、迫力は非常にリアルに伝わってきます。そして海戦後の顛末もまたしかり。捕虜になったロシア人たちへの日本の待遇はどうだったのか、そして関係者のその後の人生まできっちりと描かれています。完璧な仕事です。その文章には冷静に歴史を見る目と真実を伝えようとする情熱が含まれています。歴史の見方を考え直してみるという意味においても絶対にお勧めの作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

室生犀星 「蜜のあわれ」

詩人として有名な室生犀星ですが、小説のほうも侮りがたしです。この作品は批評家の中には彼の最高傑作と言う人もいるほどの優れた作品です。非常に不思議な作品なので、ぼーっと読んでいると一体何がどうなっているのかわからなくなる恐れがありますので簡単に解説しておきます。主人公はある年老いた作家でありまして、まぁこれは室生犀星自身と考えていいでしょう。その主人公が、自分の飼っている金魚と会話するわけです。金魚は生意気な小娘風な話し方で彼の相手をします。その二人のやりとりをいくつかの出来事をまじえながら綴ったもので、全編会話で成り立っています。途中でわからなくなると言ったのは、この金魚が時々人間に化けて外に出かけたりすることがあるからです。あれ?今は金魚の状態かな?人間の状態かな?と注意しながら読まないといけません。そうして読み進んでいくうちに彼が何を書きたいかが徐々に伝わってきます。女性という存在に対する愛情を彼なりの方法で表現しているわけです。加賀藩の足軽と女中との間に私生児として生まれた彼は、すぐに雨宝院というお寺に養子に出されます。そしてついにその生涯において実母の顔を知ることはありませんでした。最初から母親の愛情というものを知らずに育った彼は、包み込まれるような女性からの愛情に常にあこがれていました。この作品は晩年に書かれたものですが、それでもこういう形で表現されているところからすると、そのあこがれはついに彼の一生を支配してしまったことがわかります。女性の方には特にお勧めの作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

中里恒子 「乗合馬車」

中里恒子が第8回芥川賞を受賞した作品です。作家には自分が作品によって取り上げたいテーマがあるのが普通です。持てる筆力をもってそれを掘り下げ、表現し、主張し、世間に問題提起する作家は少なくありません。中里恒子の場合は、「国際結婚をした家族の苦労」がそれにあたります。そのテーマをもとにした作品群は一般に「外人もの」と言われています。今でこそ誰かが国際結婚したと聞いても、「里帰りが大変だろうなぁ」くらいの感慨しか持たなくなりましたが、昭和の初期ともなるとこれは大変なことでした。当時はまだ「外人と結婚する」ということに対して偏見を持っている人もいましたし、またその子どもを「あいのこ」と呼んで差別する風潮もありました。ましてや明治から昭和初期までは戦争に次ぐ戦争で、敵視する外国が常にある状態でしたので、その立場は非常に不安を伴うものでした。だから当時の国際結婚というのは今では想像もつかないほどの苦労を敢えて買ってでる行為だったといえます。遠い国から海を越えて日本に嫁に来て、冷たい空気の中でも強く生きようとする女性たち、友達にからかわれて悩む子どもたち、そういう世界を若い頃から取り上げて、しっかりと自分のテーマにしているというところにすごさを感じます。きっかけは実の兄が国際結婚をしたことでした。非常に身近な問題だったわけです。この作品はそれを題材に書かれています。異国情緒ある作品の雰囲気は彼女独特のもので、非常に好感が持てます。この作品に限らず、「日光室」や「遠い虹」などのほかの「外人もの」もお勧めです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

牧野信一 「村のストア派」

文学史に名作と呼ばれる作品を残せた偉大な作家というのは、忘れられていくその他大勢の作家と比べて一体どこに違いがあるのでしょうか?誰しも尊敬する作家がいて、その作風を慕うところからスタートしているのは共通です。しかし名作を生むにはそこからの展開が大事です。模倣だけでは傑作はできません。必ず自分独自のものを切り開いていかなければなりません。こういう描き方を始めたのは誰、こういう世界を持っていたのは誰、こういう分野が得意なのは誰、というふうに他とは違うその作家を特徴づける決定的なものを持っている人こそ傑作を残しています。牧野信一の場合、最初は自らの酒によって堕落した生活を題材にした心境小説でスタートしますが、やがて非常に不思議な世界を作り出します。いわゆる”ギリシャ牧野”と言われるところのものです。彼はギリシャ・ローマの古典文学に非常に造詣が深く、酒に酔った時などによく名作の一説を朗読したりしたそうです。彼はその雰囲気を自作に取り込みました。日本のある村での出来事であってもその雰囲気にギリシャ・ローマの古典の世界をだぶらせ、全く独創的な牧野信一ワールドを確立することに成功しました。この作品もそのうちの一つです。ここで説明したことを事前に知っておくと実に奥の深い作品と感じることができると思います。前提知識なしだとかなり面食らうくらいに不思議な世界ですからね。やはり大事なのはオリジナリティですね。ちなみにストア派というのは哲学の一派で、自分に厳しく生きることによって人格形成を目指そうという考えです。いわゆる”ストイック”という表現はここからきています。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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