蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

嘉村磯多 「業苦」

嘉村磯多も葛西善蔵と同じく心境小説を得意としています。読んでみると二人の作品はなんとなく似ています。それもそのはず、嘉村磯多は元は雑誌社の社員で、いろんな作家のところに原稿を貰いに訪問していた関係で、葛西善蔵とも知り合います。そして作品の口述筆記を手伝わされたりしますが、そうやっているうちに次第に葛西善蔵を師と仰ぐようになり、また葛西善蔵も彼に特別に期待をかけるようになっていきました。作品が似てくるのも当然かもしれません。内容は心境小説のほとんどがそうであるように、自分の実体験をもとにしています。嘉村磯多は故郷に妻と子どもがいましたが、妻への不満から徐々に不和になり、そこへ現れた優しい女性と熱烈な恋に落ち、全てを捨てて東京へ駆け落ちします。そして東京で安月給の会社に勤めながら貧乏暮らしの毎日を送るという内容です。故郷に残した妻、子ども、両親に対する罪悪感と、今一緒に暮らしている女性への罪悪感の両方に苦しめられます。まさに地獄の火に焼かれるような内面の苦しみを見事に表現しています。なるほどこれは体験者でないと書けないだろうなと思われるようなリアルさです。自分の生き様を材料にするところは葛西善蔵と同じですが、こちらは自ら苦しみを望んだわけではなく結果的にそうなったという点が違いますので、幾分か葛西善蔵よりは同情を覚えますが、作品の深さは遠く師匠に及ばないというのが一般的な評価です。皆さんはどう思われますでしょうか?是非、嘉村磯多と葛西善蔵、二人の作品を読み比べてみて下さい。そして一般的な評価に縛られず、自分なりの評価をしてみて下さい。感性に正解はありませんので。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

芝木好子 「慕情の旅」

心に傷を持つ女性が世間の荒波にもまれながらも強く生きていこうとする姿を描くことは、芝木好子の得意技といっていいかもしれません。彼女の描く女性の強さは、どちらかというと”静かな強さ”です。じっと耐えて弱さを表に出さず、むしろより静かな品のある女性となることでつらさや悲しみを乗り越えていくという感じです。これって芝木好子の人間性なんでしょうか?もしそうなら一目会いたかったです。きっと人間的に素晴らしい人だったろうなと思います。この作品の主人公は、結婚の約束をしていた男性が、結婚式を目前にして主人公の義理の妹と駆け落ちしてしまったという経験を持っています。大きな傷を生涯の伴侶と思っていた人と自分の妹からもらったわけです。しかも父親は孫に会いたさに主人公に気兼ねしてこっそりと妹の新居を訪問してたりするわけで、それが余計に彼女につらい思いをさせます。ですが彼女はそれにもめげず、父親の会社の副社長として仕事に打ち込むことで強く生きていこうとします。そんな彼女にある人が妹夫婦の娘を見たいかと訊きます。見たくないような見てみたいような、複雑な気持ちを抱きますが結局彼女は見てみることにします。そして京都の銀閣寺でその女の子の姿を見た彼女はある大胆な行動に出ます・・・。短編ですが内容は濃く、展開もドラマティックでうまくまとまっています。上品な筆致でありながら、主人公の、その課された苦難に耐えて生きる内側の強さがしっかりと表現されており、そこに作家としての不動の実力が示されているのではないかと思います。芝木好子の魅力を凝縮したような小品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

平林たい子 「砂漠の花」

この作品を読んだ時に、力作とはこういう作品を指すのだろうなと思いました。なんというか、エネルギー満タンの作品とでもいいますか、力強さがみなぎっています。まさに平林たい子という人を知るにはこの本を読むべしという感じです。ストーリーは平林たい子自身の半生を描いた自伝です。学校を卒業して上京し、電話局に勤め始めるところから始まり、小堀甚二との結婚の話がまとまるかどうかというところまでを描いてあります。その間の出来事というのがこれが本当に凄まじいものでして、よくまぁここまでの経験をして、無事に生き延びられたものだなと思わせられます。アナーキストとの結婚、大陸に渡ってからの挫折、慈善病院への入院、出産、乳児の死、放蕩、関東大震災、いろんな男との出逢いと別れ・・・普通だったら不幸な自分に嫌気がさして自殺しても不思議ではない経験をしていくわけですが、それでも彼女はどこか冷めた部分があって、そういう自分を冷静に観察しています。いつかは作家になるという夢を持ち続け、自分の体験がいづれネタになることを見越して、敢えて苦労の中に飛び込んでいたような節もうかがえます。彼女の表現力を最大限に駆使してあり、描写は的確、表現は巧み、流れはよどみなく、その文章力をいやというほど見せ付けられます。彼女の人生を知るにも、彼女の力量を知るにも、最適な一冊だと思います。個人的な感慨としては、この平林たい子という作家の、文学に対して真正面から取り組む真剣な姿勢は、多くの名をなした作家の中でも特に賞賛されるべきだと思っています。そのぶれない芯の強さは、いずれの道に進むにしろ大いに参考にすべきだと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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