蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

高見順 「故旧忘れ得べき」

昭和10年に芥川賞と直木賞がスタートするわけですが、この作品は輝ける第1回芥川賞の候補作になりました。それにより高見順は一躍注目を浴びます。ちなみに受賞したのは石川達三 の「蒼氓」で、他の候補作はというと外村繁の「草筏」、衣巻省三の「けしかけられた男」、そしてあの太宰治の「逆行」です。どうですこのレベルの高さ!どれが受賞してもおかしくないですよね。そういう中に選ばれたというわけですからこの作品の質の高さもうかがえると思います。この作品は主人公が一人ではありません。学生時代の友人たち数人がそれぞれにエピソードを持ち、それらがお互い絡んでいきます。高見順の生涯を研究してみると、どうもこの主人公たちは性格や生き方こそ違えど、みんなどこか高見順の分身のような感じがします。それぞれに自分の一部分を投影しているのかもしれません。若い頃には、何でもやれる!大物になってやる!なんて意気込みで自分の将来に向かって歩んで行くわけですが、現実は厳しく、気付いてみたらつまらない大人になっている。こんなはずじゃなかった。・・・なんて思いながら生きている悲しい男たちの悲哀が実によく伝わってきます(えしぇ蔵身をもって体験した悲哀なので嫌になるほど伝わりました)。でも暗い作品ではなく、彼特有の”饒舌体”で面白おかしく書いてあるので愉快に読めます。全体を通しての質の高さは誰しも認めるところで、芥川賞候補になったのもさもありなんというところです。しかしこれでも賞はとれなかったわけですから、あらためて当時のレベルの高さを思い知らされます。

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松本清張 「西郷札」

松本清張は、昭和27年に「或る『小倉日記』伝」で芥川賞の受賞により表舞台へデビューしましたが、実はその前にここで紹介する「西郷札」で昭和26年に「週刊朝日」が募集した懸賞小説に入選し、その年の直木賞候補になっています。そのことが翌年の芥川賞の受賞につながっています。当時松本清張は既に43歳でしかも苦労の連続の人生経験を経ていたとはいえ、とてもデビュー前の作品とは思えない完成度に審査員はきっと驚いたことだろうと思います。西郷札とは、西南戦争の時に西郷軍が軍費調達のために発行した軍票です。後で換金できるからと一般人に強制的に買わせていたそうです。でも敗戦によって価値は0に。しかも政府がその補償もしなかったので全くの紙屑になりました。この作品ではそれを政府が補償するかもしれないという噂から一つの事件が起こります。主人公は不本意ながら事件に巻き込まれていきます。しかしその噂には私怨がからんだ罠があって……ということで、短編でありながら事態がどんどん展開し、全く目が離せない面白さがあります。襟首つかまれてぐっと本の中に引きずりこまれるような強さを感じます。最初にしてこれですから、後の大作家への道というのはもう最初から約束されていたんだなと思います。物語の面白さに加えて、時代考証の細かさは随所で感じます。この点も調査に重点を置く松本清張の仕事の特徴が既に出ています。史実をきちんと調べ、想像力を働かせて物語を組み立て、巧みな文章で綴るという完璧な仕事はデビューの時点で確立されていたことがよくわかります。大物というのは最初から大物なんですね。

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室生犀星 「或る少女の死まで」

「ふるさとは遠きにありて・・・」でお馴染みの室生犀星ですが、小説も書いています。処女小説が30歳の頃に書いた「幼年時代」で、その続編が「性に目覚める頃」。そしてそのまた続編がこの「或る少女の死まで」ということで、3部作になっています。主人公がまだ若く東京で苦労している頃、隣に住んでいる家族と親しくなります。特に9歳のふじ子ちゃんという女の子とは非常に深い友情で結ばれます。幼い彼女は経済的、精神的に苦しむ作者の心の救世主になります。なんとも清々しいものがあります。こういう美しい心の交流、優しさ、慰め、癒しは、まさに室生犀星の作品の本質に大いに関係する部分です。室生犀星という人は本当に人生そのものがそっくり悲しい物語として成り立つほど、苦労の連続、悲しみの連続でした。「夏の日の匹婦の腹に生まれけり」という歌にあるように、室生犀星は1889年に加賀藩(金沢)で私生児として生まれます。そしてすぐに養子に出され、実の両親の顔すら知りません。人生の始まりがこれですから生まれながらにして悲しみを背負っていたわけです。そして蔑視に耐えながら、また母の面影を慕いながら成長します。そういった背景が作者自身にあるので、いずれの作品にもそれらが投影されており、静かな悲しみを感じずには歌も小説も読めません。神様は室生犀星に文才を与えるだけでなく、人生そのものまで作品になるように導いたのではないかと思ってしまいます。本人はつらかったでしょうけど、作品と生き様を含めた室生犀星の全ては永遠に人の心を揺さぶり続けることだろうと思います。

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