蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

武田泰淳 「異形の者」

あるお寺に修行僧として入った主人公が、仏教の真理を究めようというのではなく、或る意味少し冷めた感覚で宗教のなかにあるものを探ろうとします。人々が信仰の対象としている「神」や「仏」を「気味のわるいその物」ととらえ、シニカルに解釈している主人公の姿は、読む側に大きな疑問を投げかけています。最後の場面で、主人公は仏像に向かってこんな言葉を投げかけます。「……俺もこうしてあなたの前に座っていると、馬鹿らしいとは考えても、何かしら本心を語りたくなるのだ。あなたは人間でもない。神でもない。気味のわるいその物なのだ。そしてその物であること、その物でありうる秘密を俺たちに語りはしないのだ。俺は自分が死ぬか、相手を殺すかするかもしれない。もう少したてば破戒僧になり、殺人者になるかもしれないのだ。それでもあなたは黙って見ているのだ。その物は昔からずっと、これから先も、そのようにして俺たち全部をみているのだ。仕方がない。その物よ、そうやっていよ……」この言葉の中にある「気味のわるいその物」に対する思いは、宗教において迷いを抱いたことがある人なら共感するものがあると思います。人には知ることができないその正体に対して抱く不思議な感覚が、うまく表現されているような気がします。いろんな意味で非常に深い作品です。武田泰淳自身もお寺に生まれ、そして修行の経験もあるので、ここまで絶妙な表現となったのではないかと思います。傑作の呼び声高いですが、さもありなんというところです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

宇野浩二 「思ひ川」

一体純文学と大衆文学とどこがどう違うかと問われたとして、ではその例をあげましょうということになると、純文学ではこの作品などはまさにその王道をいってます。しみじみと語られる恋物語、ゆっくりと流れる時間、風流な生活の様子、移り変わる自然……急いで読まないで時間をかけてじっくりじっくり噛締めるように読んでいきたい作品です。作家である牧新市と三重次という芸者とのひたむきだが結ばれることのない恋を描いています。せつない物語です。このせつなさがたまりません。じつはこの作品の中で展開される恋物語は、宇野浩二と村上八重という芸者の実際の恋を題材にしています。主人公の牧新市は宇野浩二本人、三重次は村上八重というわけです。内容もほぼ実際に起こったことばかりで、ただ登場人物や場所の名前を書き変えているだけと思っていいです。作家仲間の仲木直吉というのは直木三十五のこと、有川というのは芥川龍之介のこと、主人公の妻キヌは、自分の妻良子のことです。仕事場として使う高台ホテルというのは実際に自分が使っていた菊富士ホテルのことです。このように、名前を実在のものに置き換えて読んでいけばつまりは宇野浩二の体験談そのままというわけです。どうも最初は村上八重の方が熱を上げて宇野浩二に猛アタックをかけてきたようですが、長く付き合ううちに立場が逆転して、宇野浩二の方が情熱の虜になっていったようです。早い話が不倫なんですが、文学になるとせつなく美しいものになるから不思議ですね。

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永井荷風 「新橋夜話」

まずタイトルにご注意下さい。「しんばしよばなし」と読みたくなるところですが、これは「しんきょうやわ」と読みます。江戸の風情が残った東京の古い街並みを背景に、花柳界の芸者にまつわるストーリーをオムニバス方式にまとめたものです。なにしろ永井荷風ですから文章が美しいのは言うに及ばずですが、それと同時に一つ一つのストーリーの面白さと、あとに余韻を残す最後の幕切れの巧みさはまさに絶妙で、こういったところに計り知れぬ永井荷風の実力を感じさせられます。全部で12話ありますが、いずれ劣らぬ傑作です。物書きという儚い夢を追うえしぇ蔵にとっては、小品においても永井荷風が書くとここまで違うものかと全く愕然とする思いです。どんな作品かちょっと最初のくだりだけ読んでみようとぱらっと開いて読み始めると、文章の美しさとテンポの良さについ引き込まれて、もうちょっと先まで、もうちょっと先までと読み進んで結局一話読んでしまう。それほどの魅力を持った作品が12話も集まっているわけですから、この「新橋夜話」一冊で永井荷風の力量の一端を知るには十分ではないかと思います。ちょいと粋な花柳界の小話、たまにはいいんじゃないでしょうか。ちなみに文学好きな人に好きな作家を聞くと、永井荷風と答える人が少なくありません。文学が好きになればなるほど、この人の作品はより魅力的に思えてくるから不思議です。

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