蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

坂口安吾 「夜長姫と耳男」

ある日、えしぇ蔵が文学好きであることを知っている某友人に坂口安吾の「夜長姫と耳男」は読んだことがあるか?と聞かれました。その時はまだ読んだことがなかったのでそう答えると、どう言っていいかわからないけどとにかくすごいから読んでくれと言われました。そして早速、何がどうすごいのかわからない状態で読みましたが、すごいなんて言葉じゃとても表現しきれない、かといってどう具体的にどう表現していいかわからないすごさを持つ作品だったので非常に大きな衝撃を受けました。それまでにもたくさんの坂口安吾の作品を読んでおり、何度もその才能の冴えを感じさせられていたのに、ここでまた新たな一面を強烈に見せられた気がしました。本当にいろんなタイプの作品を書ける人なんだなと改めて驚嘆させられました。ストーリーの展開は全く奇想天外。思いも寄らぬ展開で驚きの結末に至るところはおそらくこの人でなければ書けないのではないかと思います。シュールという表現をすべきでしょうか。主人公の耳男は飛騨の匠で、夜長姫のために像を作れと言われますが、夜長姫にバカにされた上に耳を切られて、腹いせに恐ろしい像を作ってやろうと小屋に籠ります(その小屋の様子がまたすごいんですが……)。そして出来た像を見た夜長姫がどうなるか?おそらく誰しもひきつけられて一気に読んでしまう作品だと思います。ただし、描写としてかなりグロい場面もあるので予めご注意下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

葛西善蔵 「湖畔手記 」

若い頃は私生活がだらしなかった作家の私小説的作品を読むと、主人公に対して憤りを覚えたものでした。私小説なのでストーリーはほぼそのまま作家の人生だったりするわけですが、この作家が自分の友人だったら絶対に許さないなんて思いながら読んだものでした。今思えば若かったんでしょうね。人間すべてまっすぐに生きるべき、そうでない人間とは距離を置くべき、みたいな信念をまだ持っていたんでしょうね。歳を重ねると人生というものは様々な要因の複合体であり、他人の人生や生き方を批判するなどは自己中心的価値観の押しつけにすぎないということに気付きました。まして作家の人生とその作品を一つにして評価するべきではなく、芸術とは須く作品そのものを独立したものとして評価すべきということも学びました。荒んだ生活の中で書かれたものには傑作が多いというのは文学の世界ではよくある話です。また作品のために敢えてその境地に自分を置くという作家も少なくありません。ですから文学作品と向かい合う際には一種の作法のようなものがあるのかなと思っています。今ではこの作品も主人公に憤ることなく、芸術として楽しむことができるようになりました。主人公は故郷に妻と子がいながら東京にも愛人がいます。やがてその愛人にも子どもができます。そういう状態でいながらどちらも心底愛してるわけではありません。そんな自分勝手な人間の自分勝手な生活を描いた作品です。葛西善蔵がこういう作品を敢えて書いた心境などを考えながら読んで頂ければと思います。

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高浜虚子 「虹」

高浜虚子と言えば俳句ですが、実は小説家を目指していました。正岡子規に見込まれなければ小説家になっていたかもしれない人です。実際、正岡子規が亡くなってからは俳句はやめて小説に没頭していた時期がありました(後に再び、ライバル河東碧梧桐に対抗するために俳壇に復帰します)。ですので優れた作品があっても別に不思議ではないのです。その中でもこの「虹」は涙ものの感動作です。全て実話で、虚子の愛弟子の愛子(森田愛子)が病弱で余命わずかという状況が続き、時々虚子は見舞いがてら会いに行っていました。療養先は三国という町で、愛子はそこに恋人と母親と三人で暮らしています。虚子は鎌倉に住んでいましたが、愛子が虹を見てぽつりというセリフ「あの虹の橋を渡って鎌倉へ行くことにしましょう。今度虹が立った時に……」が作品全体のいわば出発点になっています。そこから虹がテーマとなり、虚子は虹の俳句を詠みます。そしてもう一つのポイントはもとは名妓と言われたお母さんが宴会の席で歌と踊りを披露するシーンです。それを見て感動した虚子は声を上げて泣きます。それにつられて他の人たちも涙を流します。なんとも感動的なシーンで一つの盛り上がりを見せます。非常に短い作品ですがぎっしりと感動の要素がつまっている名作です。虚子の小説、かなりいいですよ。ちなみに森田愛子は道行けばすれ違う全ての人が振り返ったと言われたほどの美人だったそうです。まさに美人薄命ですね。

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内田百けん 「御馳走帖」

「阿房列車」でお馴染み内田百けんは食べることに異様な執着があり、大変なグルメであったことは有名です。だからこの作品は出るべくして出たものと言えます。自分の食生活に関する随筆なんですが、いろんな食べ物が出てきてそれにまつわるエピソードが独特の軽妙な文章で綴られています。読んでいると今は亡き内田百けんがどういう人だったのか、非常によくわかります。もともと老舗の造り酒屋で生まれ育ったというおぼっちゃんですが、その気質のまま大人になった感じがあります。自由奔放、誰に気兼ねすることもなく自分のしたいようにふるまったので、”社会人、家庭人としては失格”という評価もなされていますがそこは否めません。ところがその自由さが筆において発揮されると素晴らしいものが生まれるわけですから才能というのは面白いものです。何を書くかという点において、時代を読むとか読者に合わせるとかそういう気遣いは一切なく、全く自分の書きたいと思ったことだけを自由気ままに書いていくというスタイルが逆に多くの人の共感を得たというパターンの作家です。わがままで頑固だけどユーモアたっぷり。少しシニカルで情に厚い。もし近くにいたら、世話は焼けるけど好きにならずにはいられない人柄だったと思います。この作品からもそれが顕著に感じられます。ほのぼのとおもしろい一冊ですので是非どうぞ。ただし読んでたらお腹空いてきますよ。

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