蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

滝井孝作 「松島秋色」

えしぇ蔵は旅行に行くと一応記録として旅行記みたいなものを毎回書いていますが、この作品を読んで同じ旅行記でもこんなに圧倒的な芸術性の差が出るのかと打ちのめされました。とにかく素晴らしいの一言です。内容は滝井孝作が松島に取材を兼ねて旅行した時の記録ですが、文学性が高く非常に芸術的な旅行記となっています。松島の美しさが目の前に広がるかのような見事な自然の描写には感嘆させられます。松島といえば奥の細道ですが、松尾芭蕉や弟子の河合曾良がここでこんな歌を詠んだと説明している箇所があります。同じ場所を師匠はこう詠んだが、弟子はこう詠んだ、などと分析しており非常に興味深いものがあります。俳句を志す人というのは自分が感じたものをわずか十七文字で詠うことによって、人間としての感性が研ぎ澄まされていくものなのかもしれません。だからこそ俳人でもある滝井孝作の旅行記がただの旅行記ではなくなるのでしょう。もっとも滝井孝作の場合、師匠に恵まれたということも作品の質を上げる一つの要因になっていると思います。俳句は高浜虚子とともに正岡子規門下の双璧といわれた河東碧梧桐に、小説は芥川龍之介と志賀直哉に師事していますからこれ以上の環境はないでしょう。才能はしっかりと伸ばされたわけです。そうして生まれたこの作品ですが、ざっと読み進むのではなく一行一行じっくりと噛み締めながら、松島の情景を思い浮かべながら読んで頂けたらと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

中野重治 「村の家」

昭和初期のプロレタリア文学全盛期の頃には、その流れにのる作家がたくさんいたわけですが、ではその流れが生み出した数々の作品が質的に良いものかどうかという問題になると、?マークがつくのは否定できません。ある意味仕方のないことかもしれません。左翼的なメッセージを強く押し出そうとするあまり、文学的な配慮やストーリー性にあまり注意がいかなかったのかもしれません。実際、この頃登場したプロレタリア文学の作品は今ではあまり注目されません。ですがここに中野重治ありです。彼の作品はプロレタリア文学に分類されるものであっても、しっかり文学作品です。詩的であり、叙情的です。プロレタリア?左翼主義?……今では言葉の意味すらピンとこない人が多いと思いますが、そういう人にも面白く読める文学性の高い作品です。政治云々の前提知識などいりませんので普通の文学作品のように読んで下さい。この作品は革命運動のために投獄された主人公が、もう左翼的な思想は捨てて一切活動はしませんと官憲に誓う、いわゆる”転向”をすることによって釈放された後の、なんとも悲しいような情けないようなつらい心境を描いている非常に素晴らしい傑作です。中野重治の実際の経験を元に書かれています。革命戦士が革命と引き替えに自分の自由を得ることへの罪悪感、一緒に戦った同志や社会に対する罪悪感が見事に表現されています。挫折を経験した革命戦士の芸術に触れてみませんか?

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

尾崎一雄 「なめくじ横丁」

なめくじ横丁とはかつて淀橋区にあった実在の場所です。湿気の多いじめじめとした場所だったのでなめくじが実際に多かったらしく、そういう名前になったそうです。尾崎一雄は一時期この横丁に住んでいたことがあり、その頃の思い出を綴ったのがこの作品です。従っておそらくほぼそのまま実話だと思います。この作品の何がすごいかというと、とにかく登場人物です。この横丁にはなぜか作家がたくさん集まっていました。まず尾崎一雄が住んでいる部屋が壇一雄が借りている家の一階でした。そこに仲間が集まってきます。浅見渕、丹羽文雄、古谷綱武、古谷綱正、田畑修一郎、中谷孝雄、外村繁、中島直人、木山捷平、光田文雄。そして古谷の家に集まるのが大鹿卓、太宰治、古木鉄太郎。尾崎一雄の家の向かいに引っ越してくるのが上野壮夫で、そこに集まるのが、本庄陸男、平林彪吾、小熊秀雄、亀井勝一郎、加藤悦郎、吉原義彦、神近市子、矢田津世子、横田文子、若林つや子、平林英子など。他にも井伏鱒二、坂口安吾、滝井孝作、佐藤春夫、里見とん、菊池寛などの名前も出てきます。文学好きから見ればそれはそれは錚々たる人々です。タイムマシンがあったら酒飲んでわいわい騒いでいる中に割り込んでみたいところです。そんな仲間たちとの貧乏だけど愉快な時代の話です。夢を抱いて信じるものを夢中で追いかける若者たちの青春の情景を描いた作品でもあります。非常に興味深い作品です。

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田宮虎彦 「二本の枝」

まずは簡単な内容から。女学生の頃は仲良く楽しく過ごした親友の二人。その清純きわまりない青春時代はまぶしく光っていましたが、社会に出てそして結婚してという過程を踏んでいくうちに徐々にどちらも不幸になっていきます。本人たちに何の責任もないのにです。それなのに自棄になることもなく、お互いなぐさめあってがんばって生き抜いていく二人の物語。なんともいじらしくて涙を誘います。悲しい内容ではありますが、これはきっと多くの女性の心に響くものがあると思います。それも子育てを経験した40代以上の、いくつかの山や谷を経験し乗り越えてきた女性の方たちは、きっと共感を持たれると思います。この二人の女性の思いが伝わってくると思います。それほど的確に女性の心理を描写している田宮虎彦という作家の力量に驚嘆せずにはいられません。おそらく文章の技量だけではなく、かなり優しい心を持っていたんじゃないかなと推測できます。そうでないと女性の心の痛みがあれほど表現できるとは思えません。田宮虎彦は奥さんを胃癌で亡くした後、奥さんと交わした手紙をまとめた作品「愛のかたみ」を発表し、高く評価されてベストセラーになります。おそらくそこでも人の痛みがわかる優しさが、多くの読者を感動させたのだと思います。人間性が作品に現れる一つの例だと思います。いいものを書きたいと思うえしぇ蔵に、文章の訓練だけではいいものは書けないということを教えてくれた作品でもあります。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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