蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

石川達三 「幸福の限界」

今の世の中では男女差別というのはあまり感じることはなくなってきたのではないでしょうか?あらゆる業界で女性の進出が目立っていますし、いろんなお店のサービスにおいては女性優遇が頻繁に行われています。きっと今の時代なら女性も女性に生まれてよかったと思うことでしょう。ところがほんの50年前くらいまでは女性にとっては非常につらい時代だったのです。女性は家庭を守るもの、男性につくすもの、好き勝手にふるまわないものときめつけられていたのです。また多くの女性がそうであるべきと自ら思っていたのも事実です。そんな風潮に多くの女性が疑問を抱き始めるのが太平洋戦争敗戦後の人心荒涼とした頃です。この小説の始まりもその頃です。ある平凡な家庭におこる一つのドラマは、「家庭における女性の立場」に疑問を投げかけます。長女は嫁いだ先で女中のようにこき使われたあげく、出征した旦那が帰らずに出戻りします。次女は家同士が決める日本的な結婚に反発します。妻は典型的な古い日本人である旦那の強引さに徐々に嫌気がさしてきます。家庭の中の女性たちはそれぞれに苦しみ、それぞれに幸福への道を探ります。この時代ならではのドラマですね。今ならさっさと別れて決着をつけてしまうんでしょうけどね。この時代の女性が苦しみ、悩み、そこから生まれた反発によって立ち上がり、戦った結果が今の女性の地位向上につながっていると言えます。戦中戦後を生き抜いた女性たちに今の日本人は感謝すべきですね。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

蒲原有明 「夢は呼び交す」

日本の象徴詩のさきがけとして有名な蒲原有明は、日本文学史を殊に詩において語る場合に必要不可欠な存在ですが、ここで紹介している作品は晩年に書かれた小説で、三人称で書かれてはいますが実質彼の自伝です。一人の詩人の自伝として読むのも面白いですが、日本文学の足跡をたどるという意味でも興味深く読むことができます。蒲原有明は詩人でありながら文壇への最初の登場は小説によるものでした。初めて書いた作品がいきなり読売懸賞小説の一等となり華々しくデビューし、次いで当時巌谷小波が編集していた「文藝倶楽部」から寄稿を求められて二作目を書きます。あっという間に新人作家としての地位を得ます。ところが自分が本当にやりたいのは詩だからということでなんといきなり方向転換します。文学で名を成すことを目標として必死に努力してもそれが実る人はほんのわずかだというのに、この人はあっさりと小説で築いた地位を捨て、詩の探求を始めるわけですから、大物の思考と行動は常人には測り知れないものがあります。それでは詩のほうはどうだったかというと、当時の世間にはあまりにも先進的すぎて受け入れられず、かなり苦労しています。求められるまま小説を書いていれば名誉もお金も手に入ったでしょうに、苦労してでも本当にやりたい詩を選ぶ姿勢にはやはり妥協のない情熱を感じます。この作品はそんな彼の人生を知るには恰好の材料ですが、途中かなり専門的な文学論になったりするので大いに勉強にもなります。彼によって多くの文豪たちがその作品を分析されています。文学好きの人には教材にもなり得る文学論の本と言ってもいいかもしれません。作品の質の高さは圧倒的で、計り知れない実力を感じさせられます。強い意志を貫き通して生きてきた一人の作家の足跡は、文学という枠を超えた部分でも多くの人の共感を得ることだろうと思います。

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武田麟太郎 「日本三文オペラ」

「日本三文オペラ」というタイトルの小説は開高健も書いていますからお間違えなく。ここでは武田麟太郎のほうを取り上げます。武田麟太郎は「文藝春秋」に「暴力」という作品を発表して、プロレタリア作家として堂々と登場しましたが、徹底的な弾圧の前に屈して転向した後は作風ががらりと変わります。一般に「市井事もの」と言われていますが、この作品もそのなかに入ります。ごく普通の庶民の暮らしをリアルに描き、その中にささやかなドラマが展開するという作風で、ユーモアにあふれ、様々なタイプの登場人物もみんなどこか憎めない、全体に微笑ましい印象を受けるものが多いです。この作品のストーリーは、傾いているくらいおんぼろな下宿を舞台に、その各部屋に住む様々な種類の人間のそれぞれのドラマを短く描いてコラージュ的に構成したものです。完全なコメディではなくどこか悲しみも潜んでおり、一種独特の雰囲気があります。これが武田麟太郎の確立した世界です。作家は自分だけの作品世界を築かないとだめです。そういう意味でいうとプロレタリア作家から実に見事にスイッチしたなと思います。武田麟太郎の作品を読んでいると思い出すのは織田作之助です。どちらも庶民の暮らしの中に本当の人間の営みを見て、そこから悲喜こもごもの人生の風景を表現しようとしています。武田麟太郎が死んだ時に織田作之助が「武田麟太郎追悼」という作品を残していますが、これを読むといかにお互いを評価しあっていたかがよくわかります。織田作之助にとって武田麟太郎は同じ大阪の出身で、学校も同じ京都の第三高等学校の先輩になります。そして織田作之助の「夫婦善哉」を非常に高く評価して、文壇に名を知らしめるきっかけを作った大の恩人でもあります。また、織田作之助も恩師武田麟太郎を宇野浩二や川端康成の後に来る作家として高く評価し、敬愛していました。作家の究めようとする道はその作風によって様々な方角に分れますが、自分の行こうとする道と同じ道を行く先輩や後輩というのはやはり非常に親近感を覚えるもののようです。この作品と合わせて織田作之助の「夫婦善哉」も読んでみて下さい。二人の進んだ道がわかると思います。

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