蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

上林暁 「薔薇盗人」

まず名前の読み方ですが、「かんばやしあかつき」と読みます。上林暁は高知県の出身ですが、熊本の高校に進み、熊本市上林町(現:熊本市中央区上林町)に下宿していました。名前はそれに由来しています。上林暁は私小説、いわゆる心境小説で文壇における位置をしめた作家です。つまり自分のまわりのことを題材にすることが多く、精神病になった奥さんの看護の苦労を描いた一連の”病妻もの”と言われる作品群が有名です。でも今回ご紹介するこの作品は私小説ではありません。彼が30歳の頃に「新潮」に掲載されたもので、これによって一躍注目を浴びます。ブレイクのきっかけになった作品です。後年の”病妻もの”とは同じ作家かと思われるくらい作風が違うので注意して下さい。ある小学校の門のきわに一輪だけ薔薇が咲いていました。たった一輪というのが可憐でどこか儚い美しさを生徒たちに感じさせたのか、みんなでそれを大事にしているわけです。ところがある日、その薔薇は折られて盗まれていました。学校では大騒ぎです。校長先生は全校生徒の前で盗った人は担当の先生まで申し出なさいと言いますが誰も出てきませんでした。この作品の主人公の少年は父親がなまけものでひどい貧乏をしていました。そして妹は病気で寝込んでおり、少年は妹を喜ばせるために薔薇を折って帰り、妹にあげました。つまり彼が犯人だったわけです。この作品は短いですが非常に深い意味を持っています。可愛そうな妹を慰めるためにしたことなら、みんなが大事にしているものを奪ってもいいのか?きれいな薔薇によって人は癒されるがいづれは枯れてしなびてしまい、ひとときの喜びにしかならない……など、探せばいろいろとテーマが隠されています。非常に考えさせられる作品です。結局盗んだことがばれて父親に出て行けと言われ、とぼとぼと家を出ますがそこからの描写も心に残るものがあります。上林暁の私小説以外での傑作です。この作品は初期のものですので、自分の文壇での活躍をある程度確信した、前向きな精神状態の頃に書かれていますので、その後の精神的苦悩の時代に生まれた私小説の作品群と読み比べると非常に興味深いものがあると思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

菊池寛 「無名作家の日記」

いつの日か自分の作品が多くの人に読まれ、作家として世間に認められ、文学史に名前を残す……文学の道に踏み込んだ者が一度は夢見ることです。かくいうえしぇ蔵もその夢を見ているうちの一人です。でも世の中そんなに甘くありません。一人の成功の影にはその何百倍もの脱落者がいます。もがいてももがいても上に登れない人間の悲哀は今まで多くの文学青年が経験してきたことでしょう。この作品の主人公もそういう夢破れし若者の一人です。学生時代は同じ文学仲間と夢を語り合いますが、彼は他の仲間にどこか見下されているようなところがありました。その圧迫に耐え切れず、別の学校に移ります。そこで心機一転、夢の実現のために行動を起こしますがどうもうまくいきません。その間にかつての仲間たちは同人雑誌を発行します。そしてその中に掲載されている作品は世間の注目を浴びます。彼もそれらの作品が優れていることを認めざるを得ませんでした。そこから徐々に仲間たちは文壇へと近づいて行きます。一方で彼には何一つ将来への踏み台となるものが見えてきません。そんな中、仲間たちから作品を送って来いとの救いの手がのべられます。恥を忍んでそれにすがる彼ですが、送った作品は仲間たちによって酷評されます。苦しみもがいても希望の光は差してきません。果たして彼は夢を実現することができるのでしょうか?この作品のようなドラマは明治から現代に至るまで日本中で演じられたことでしょう。当時はこうして同人雑誌によって己の力を世に問うというのが文学を志す人が夢を叶えるための常套手段でした。昭和中期ぐらいまでに文壇に名を残した人たちのほとんどが同じ道をたどったのではないかと思います。現代ではこれが様々な文学賞への応募ということになるのでしょう。つまり現代では文学賞に応募しても応募しても選ばれることなく、同じような境遇を味わっている人が大勢いるということです。えしぇ蔵もいくつの文学賞で門前払いをくらったことか。そして選ばれる人が羨ましかったことか。主人公の気持ちがよくわかります。文学を志すものとしてはなんとも身につまされる作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

外村繁 「鵜の物語」

外村繁は近江の富裕な木綿問屋に生まれます。いわゆる”近江商人”の家ですね。「買い手良し、世間良し、売り手良し」の近江商人気質の中で育ちます。実際に彼も家を継ぐべく商人の道に入った時期があります。それらの経験を生かして書かれたのがこの作品です。31歳の時に発表され、これによって文壇に認められます。内容はある近江商人の呉服問屋のセールスマンが、地方への行商の経験を積んで徐々に一人前になっていく話です。時代は大正で、最初は大変な景気で国中が賑わってますので商いも盛んですが、やがて世界恐慌を迎えます。景気は悪くなる一方でよそのお店がどんどん潰れていきます。主人公は自分が行商にまわるあるお店の娘さんが好きになり、そこの店主とも親しくしていたのでなんとかそのお店の閉店を防ぐために東奔西走しますが……あとは読んで下さい。やはり自分の経験を生かして書かれていますので極めてリアルで、商売の仕方や当時の時代背景が的確に把握できるのはもちろんのこと、商人たちとお店とのかけあいに見える、いわゆる”近江商人気質”というものがよく伝わってきます。店を守って次代へつなぐことに関して、一族郎党全てが命をかけていたということがよくわかります。一個人の損得、栄華、出世ではなく、店の繁栄が全てという厳しい世界です。昔の戦国時代の武将が自分の命よりも国の存続を重視したことと似通ったものがあると思います。外村繁はこういった近江商人をとりあげた”商店もの”と呼ばれる作品をいくつか残しており、その中で近江商人の良いも悪いも浮き彫りにしています。文学小説でありながら社会問題をテーマに取り込む姿勢は当時は珍しく、新しい形の小説ということで注目されました。文学史においてしっかりと存在感を放つ人ですから是非読んでみて下さい。なお、滋賀県東近江市には外村繁の生家が「五個荘近江商人屋敷 外村繁邸」として残っており、見学できるとのこと。近江商人の屋敷の雰囲気を残しており、当時を偲ぶことができるとは嬉しいですね。蔵は外村繁文学館になっており、様々な資料が展示されているそうです。作品を読んだ後に訪れてみるのもいいかもしれません。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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