蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

佐藤春夫 「西班牙犬の家」

佐藤春夫はその存在の大きさから文学史における巨人のようなイメージを受けますが、この作品はそんなすごい人の実質的な処女作です。この作品をもって文壇に登場し、彼の作家生活が始まります。25歳の頃のことです。佐藤春夫といえばその人望の厚さで知られています。俗に”門弟3000人”と言われるほど、多くの作家たちが彼を師と仰ぎました。普通、師弟関係というのは文学においてお互いに似たような視点を持っているとか、共感するものがあるとか、作風が似ているとか、なにかそういうきっかけがあって師となり弟子となるものですが、彼の弟子になった人たちを見ると実に様々なタイプに分かれます。有名どころを挙げても、太宰治、壇一雄、遠藤周作、柴田錬三郎、中村真一郎、吉行淳之介、安岡章太郎……などなど、ざっと見ても同じタイプの作家とはとても言えないですよね?つまりは佐藤春夫という作家には、そしてその作品には、実にいろいろな面があって、非常に間口の広い人だったといえます。彼の作品を見ると純文学はもちろん、歴史ものもあれば、当時では珍しいSFのようなものまであります。その才能の幅の広さ、奥の深さは他の作家の及ぶところではなく、それだけに多くの人が師と仰いだのだろうと思います。この作品も一つの枠にはめられないような独特の内容です。主人公が犬の散歩をしつつ森の中に入って行くとある洋館を発見します。その中には大きな西班牙犬がいるだけで誰もおらず、主人公はそのまま引き上げるわけですが実はその西班牙犬は……みたいな内容で、純文学かと思いきや、え?みたいな展開が待っていまして、叙情的だなぁと思いつつ読んでいくと最後に面白い!と思わせるエンターテイメント性も持った作品です。確かにこれを処女作と認識して読めば、その後に幅広いジャンルで才能を発揮し、様々なタイプの作品を生み出していったというのも頷けます。それだけ多角的に魅力を放っている作品です。後に多くの作家を魅了していく人の処女作ですからこれは読んでおくべき傑作だと思います。是非この作品をきっかけに、佐藤春夫の多才に触れてみて下さい。同じ時代に生きていればえしぇ蔵も弟子入りしたかったです……。

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坂口安吾 「狂人遺書」

全く独自の世界を築きあげ、天才と言われる作家の中でも一際異彩を放つ坂口安吾は国内外を問わず多くのファンを持っています。その理由としては作風や思想がまず上げられるでしょうが、作品のジャンルが多岐に渡ることもその一つだと思います。「堕落論」などの論文、「白痴」などの文学小説、「風と光と二十の私と」などの自伝小説、「不連続殺人事件」などの推理小説、「黒田如水」などの歴史小説……などなど、どの方角にその才能をふるっても見事に結実しています。これだけ幅が広ければいろんな角度からファンがつくのは当然と言えば当然ですね。ここで紹介する「狂人遺書」は豊臣秀吉を扱った歴史ものです。これが実に面白いです。坂口安吾の歴史ものというのは単に史実に沿ってそこに多少肉付けしてドラマ仕立てにしていくというものではなく、大胆に自分の説を盛り込んだ斬新な物語になっています。どの歴史小説家の作品とも違う、坂口安吾にしか書けない歴史小説になっています。こういった大胆な考察に基づいた歴史小説の書き方というのは後世の歴史小説の大家たちにも大いに影響を与えています。ストーリーは豊臣秀吉の遺書という形式をとっています。采配をふるい、表舞台で自らを演じている秀吉は、心の中では多くの葛藤と戦い、悩んだり悲しんだりしています。例えば悪評高い”朝鮮出兵”の時もどうして決行することになったかといういきさつの場面では、本当は是が非でも朝鮮へ渡ろうと思っていたわけではないのに時勢の中でうまく舵がとれず、ずるずるとことが運ばれていく……というふうに、史実の裏で秀吉がどういうふうに考えていたかが描かれています。本当の自分を理解してくれている人はいないという孤独感がよく描かれています。歴史ものも坂口安吾の手になるとそのジャンルにおさまりきれない幅を持ったものになるからやっぱりこの人はすごいなと思います。歴史ものは他にも「二流の人」「信長」「道鏡」「家康」「紫大納言」などたくさんあります。時代も奈良時代から平安時代、戦国時代、幕末など多岐に渡っています。坂口安吾の歴史小説だけを集中して読んでみるというのも、その才能を楽しむには面白い試みだと思います。

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北原白秋 「思ひ出」

福岡県柳川市の誇りとする詩人北原白秋の詩の素晴らしさはどういう言葉をもって解説したところで表現しきれないと思いますのでまずは一部をご紹介。
「思ひ出は首すぢの赤い螢の
 午後(ひるすぎ)のおぼつかない触覚(てざわり)のやうに、
 ふうわりと青みを帯びた
 光とも見えぬ光?」
これは序詞のはじめの部分です。えしぇ蔵がどうこう説明するよりこの一部分を読むだけでも何かとても心にしみるものを感じませんか?この詩集を一度読んだだけでも感動は計り知れないですが、まだその奥になにか込められた思いがありそうな気がして繰り返し読みたくなります。読めば読むほど奥に入っていけるような気がします。そして気付いた時にはすっかり北原白秋ワールドにはまっていて、あぁなるほどだから彼は偉大なる詩人と言われるのかと実感するのだろうと思います。詩を作りたいという人にはなおさら多くのものが感じられることでしょう。詩とはこういうことか、こういう表現方法もあるのかと学ぶべき部分は多いはずです。この詩集には自分が育った柳川での思い出を彼の感性でもって自由に表現したものが集められています。思い出が感性によって芸術となっていると表現したほうがいいかもしれません。もし自分にも優れた感性があれば、過去の記憶を芸術にできるのにと羨ましく思います。この世に星の数ほどもある詩集の中でも、えしぇ蔵にとって常に手元に置いておきたい詩集は、室生犀星、宮沢賢治、北原白秋ですが、誰しもそういう詩集が一つはあるのではないかと思います。もしまだそれを見つけていないのであれば、是非この「思ひ出」も候補の一つに入れて下さい。作者の感性と読者の感性のマッチングによって詩の好き嫌いは大きく分かれるものだと思いますが、この詩集に抵抗を覚える人は少ないのではないかと思います。

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今東光 「お吟さま」

この人は人生そのものが小説みたいな人です。この世に生を受けて思い切り走りまわり、いろんな経験を経て僧になり人生の何たるかを悟るというわけですから誰かの作品の筋書きになりそうでしょ?若い頃は問題児で学校を追い出されています。問題児と言っても今では誰も問題にしないような単なる恋愛で放校されてしまうわけですが、当時にしては刺激が強すぎたのでしょうね。最初は画家を目指しますが、谷崎潤一郎の秘書をしたり、川端康成と知り合ったりしたことがきっかけで文学の方に進み、同人にも参加して活動してたわけですが、ある時「文芸春秋」に載った記事に憤慨して抗議をしたことから徐々に文壇から疎外され、ついには離れていきます。そしてなんと出家です。比叡山延暦寺での修行を経て、大阪の天台院の住持となり、最終的には大僧正にまでなります。天台院にいる頃にまた小説を書くようになります。そしてこの「お吟さま」がなんといきなり直木賞を受賞したことから見事文壇に返り咲きです。受賞した時の言葉は有名です。「直木には金を貸してたんだがこれでチャラだな」。かっこいいでしょ?その後は名作をどんどん世に送り出します。ところがそれでもまだ終わらない型破り人生は、参議院に自民党から立候補して当選するという展開を見せます。なんだか凡人とは違うスケールを持った人でして、調べれば調べるほどその大きさが伝わってきます。「週間プレイボーイ」で連載された「極道辻説法」ではあらゆる読者の質問に歯に衣着せずズバズバと答えて人気を博しました。直木賞を受賞したこの作品は、千利休の養女お吟の悲しい運命を描いています。お吟は密かに高山右近に想いを寄せていましたが、好きでもない男のもとへ嫁がされます。それでも募る想いは抑え難く、密かに逢瀬を重ねますが、秀吉によるキリシタン弾圧のために高山右近も悲劇の波にさらわれ、ついにお吟は最期の決断をせまられます……。悲しい物語ですが時代考証がしっかりしており、内容の濃い無駄のない構成で一気に読ませてくれます。作者は豪快ですが、作品は実に繊細です。その生き様からはちょっと想像できないかもしれません。そういうところにもこの人の人間性の奥深さを感じるように思います。

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