蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

高見順 「今ひとたびの」

高見順の作品を読んだことがある人がもしこれを読むとちょっと意外に思うかもしれません。なにしろ韓国ドラマやトレンディドラマも顔負けのメロメロの恋愛小説です。本当にドラマの脚本にぴったり!と思うはずです。主人公は一目惚れした女性に意中を伝えることもできぬまま、その女性は結婚してしまいます。それでも主人公は彼女への想いを残していましたが、それを断ち切るために彼女から遠く離れていきます。ところがそんな彼のもとへ彼女から手紙がきます。その文面からするとどうも幸せな結婚生活ではないようなので、主人公の内面は大いに揺れます。お互いに好意を持っていることを薄々と感じながら、いろんな障害が二人の接近を阻みます。最後に来た最も大きなそれは戦争でした。死地を彷徨い、戦後なんとか無事に帰国した主人公は、再び彼女との再会を夢見ます。そしてそれがついに実現するという時に……最後のシーンはこれまたドラマティックです。とにかくかなりメロメロです。やはり何度も映画化はされています。映画のほうではラストシーンが違うものもあるようです。高見順にしては大衆小説的な内容ですが、これはこれで大いに結構ではないかと思います。女性の方には特にうけるかもしれません。そもそも大衆小説と言われるエンターテイメント性の高い作品と、文学小説と言われる芸術性の高い作品との線引きというのは非常に難しいものがあり、読む側の感じ方によって変わってくる場合は大いにあります。松本清張が「或る『小倉日記』伝」において当初は直木賞候補だったのに、結果的には芥川賞を受賞したことがいい例です。つまりどちらの要素も持つ作品は意外に多いのです。この作品も内容からすれば簡単にエンターテイメント系に分類されそうですが、実際に読まれるとわかりますがどうもそう簡単に片づけたくないものがあります。芸術性の高い作品も多く生み出している人が、そこに投入する技量をエンターテイメント系では全く封印するなんていうことは逆に難しいでしょうからね。そういう意味ではこの作品は、”二度おいしい”ということが言えるかもしれません。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

野上弥生子 「花」

野上弥生子の随筆集です。題材は多岐に渡っており、それぞれが書かれた時期も様々です。この人は非常に長生きで、なんと99年という長い時を生き抜かれました。この随筆集には若い頃のものもあり、最晩年の頃のものもあります。驚くのはその筆致に衰えはもちろん、スタイルの変化がないこと。これには実に尊敬の念を抱かずにはいられません。これは要するに若い頃から既にいろんな面で完成されていた作家だったということでしょうね。どの作品の文章も深みがあって、表現や言葉に重みがあって、ところどころに巧みなテクニックを感じます。それでいて流れるように淀みのない文章は気持ちよく読むことができます。実に高い水準にある人です。いくつもの小品がある中で、「夏目漱石」というのが特に興味深く読めました。野上弥生子は夏目漱石の弟子です。先に弟子になっていた、後に能楽やイギリス文学の研究で名を上げる野上豊一郎と結婚したことにより、夏目漱石とのつながりができました。「縁」という作品を夏目漱石の紹介で「ホトトギス」に掲載して以来、作家としての道を歩み始めます。作品を夏目漱石に褒められることが最高の名誉だと感じていたようです。(最初に書いた「明暗」という作品の批評は落第点を貰ったそうですが、その批評が書かれた手紙の長さは1メートル半もあったそうです。)非常に親しく接していたようで、この「夏目漱石」という作品では普段の夏目漱石の様子が実にリアルに描写してあり、あの偉大なる文豪の素顔を垣間見ることができるという意味でも非常に興味深い作品です。「夏目先生は、要するに非常に庶民的な方で、江戸っ子の気っ風を、英国紳士としての教養や思想の中にちゃんと持っていらっしゃる方。」という箇所がありますが、この文章だけでも夏目漱石の人物像が浮かんでくるような気がします。他にも優れた小品を集めてあります。お休みの日の午後なんかにお茶でもしながら読むなんていうのが似合う作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

鈴木三重吉 「千鳥」

えしぇ蔵は鈴木三重吉の文章が大好きで、気に入った箇所は何度も開いて読み返したりします。なにげないことを細かく、そして極めて美しく表現することにかけては本当に素晴らしい才能を持っていた作家じゃないかと思います。一般には文章は美しいけど内容がないとか、薄っぺらだとか、訴えるものがないとか、そういう評価も聞きますが、えしぇ蔵個人としてはこの文章の美しさだけでも出会えてよかった作家だと思います。ただ作品数が少ないです。この人の人生の後半は児童文学に捧げられ、普通の小説は書きませんでした。なんでも小説の面での自分の才能の行き詰まりを感じたそうですが、なんとも惜しい限りです。この作品は彼の記念すべきデビュー作です。彼は夏目漱石に心酔してその門下に入ります。きっかけは夏目漱石に送ったファンレターでした。そこから文通が始まり、そしてこの作品を夏目漱石に送って激賞されたことがきっかけとなり、弟子入りして作家としての道を歩み始めます。当時は大変高い評価を受けたようです。病気療養のために訪れた能美島をモデルにしているそうですが、自然の美しさと細かい人間の動作の表現には本当にほれぼれするものがあります。ストーリーはこれといって特筆することもないような淡い純愛物語です。それも淡いという表現では物足らないほど、その前の段階にすら達していないような状態の話です。主人公がある島に休養に来た時に、一人の少女と出会います。主人公は恋心を抱きますが、彼女はすぐにいなくなります。想いを伝える言葉のひとつもかければよかったと後悔しますが、いつのまにか自分の机の中に彼女の着物の片袖が入っていることに気づきます。その後一切二人の間に展開はなし。わずか二日間の出来事です。淡すぎるでしょ?でもそれだけに濃い恋愛よりも果てしなく想像が広がります。たくさん想像させてそれぞれの読者の頭の中で作品が完成するというのはまさに小説の醍醐味のような気がします。是非読んでみて自分なりの作品に仕上げてみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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