蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

島尾敏雄 「夢の中の日常」

島尾敏雄の作品といえば大よそ3つのパターンに分けられます。一つは実体験をもとにしたリアルな戦争体験記です。「出孤島記」「出発は遂に訪れず」「その夏の今は」の三部作などが有名です。二つ目は名作「死の棘」に代表されるような家庭内の悲劇を描いたものです(ちなみにこの「死の棘」は1990年に小栗康平監督によって映画化され、カンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞しています)。そして三つ目はここで紹介する作品のような、”超現実的”な世界を描いた作品です。どんな世界?と思われるでしょうが、要するに自分の見た夢を文章で再現したもの、あるいはそれを元にして広がっていった世界を描いたもの、という感じでしょうか。そのことを知っていて読むのと知らないで読むのとでは作品の受け止め方が変わってきますのでご注意下さい。知らないで読んでいると途中で何が何やらわからなくなって、あれ?この作品何が言いたいの?となってしまいます。あくまで夢の世界ですから何でもありなわけでして、その摩訶不思議な世界に入り込んで遊んでしまいましょうよというものですからそのへんご理解下さい。それにしても創作の部分が多少混じっているとは思うのですが、よくまぁここまでリアルに夢を覚えていられるもんだなと感心します。この作品を読んでからちょっと真似してみようかと自分の見た夢を翌朝思い出そうとしましたが、なかなかできるものじゃないです。夢を見ている時はいろんなことが展開していくのに、目が覚めるとどんどん忘れていきますよね。この作品の醸し出す、一見リアルに見えるのに幻想的で不思議な世界は結構はまる人も多いと思います。こういった幻想的な作品といえばダンテの「神曲」、カフカの「城」、埴谷雄高の「死霊」などが上げられますが、これらのものに共通することは、いろいろ難しく考えずに感性で読んでいけばより楽しめるということです。だからテーマは?ストーリーは?構成は?など余計なことは考えずに、柔らかい布団の寝心地を味わうように無心で楽しんでみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

志賀直哉 「清兵衛と瓢箪」

子どもがどういうことに才能を持っているのか、親の立場から見抜くことは非常に難しいことだと思います。子どもが親の希望でさせたことにあまり興味を持たず真剣に取り組まないので親は子どもを叱って無理矢理やらせようとすることはよくあることです。実際は子どもは全然別のことに秘めた才能を持っており、それが興味を抱くという形で表に出ていることに親は気付いてあげないといけません。そしてそれが親にとっては好ましくないと思えるものであっても応援してあげなければいけません。ところが現実にはそれができる親というのはなかなかいないようです。親がやらせたいことと子どもがやりたいことが一致した親子というのは本当に幸せなパターンではないでしょうか。実際に何かにおいて才能を開花させて成功した人というのは親が暖かく応援してあげたというケースが多いようです。この作品においては親の独断で子どもの才能を無駄にしてしまうケースが描かれています。小学生の清兵衛は瓢箪が大好きでした。しかし清兵衛がせっせと集めている瓢箪は父親から見れば値打ちのないものに見えました。そしてこういう瓢箪がいいのだと清兵衛に馬琴の瓢箪のことを教えますが清兵衛はそれに納得できませんでした。ある日清兵衛は買ってきた瓢箪を学校にまで持ち込んでせっせと磨いていました。それを先生に見つかって取り上げられ、説教されます。父親は激怒し、清兵衛の持っていた瓢箪をみんな割ってしまいます。この時先生に取り上げられた瓢箪は後で売られますが、実はその瓢箪は……というお話です。多分にメッセージ性もありますが、小説の神様と呼ばれる志賀直哉の作品ですから非情に面白く読めて、読後にもしっかり何かが残る感があります。こういう子どもの人並み優れた秘めた才能に周囲が気付かないというパターンのストーリーは他の作家も書いています。おそらくこの作品が一つの模範となっているのではないでしょうか。


テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

徳永直 「太陽のない街」

徳永直の人生は本当に涙ぐましい苦労の連続です。熊本の貧しい小作農の家に生まれてから作家としての地位が確立するまでの間に実に様々な仕事を経験しています。働きに働きまくったという印象を受けます。それは夢を叶えるためとか、お金をためるためとか、そういうプラス思考の動機によるものではありません。生きるためにそうせざるを得なかったからです。死に物狂いで働かないと食べていけない状況に置かれていたからです。そうやって苦しみながらなんとか生きているという自分をふと省みた時に、どうしてこうなんだろう?これが本当なんだろうか?何か間違ってないだろうか?と疑問を持つようになるのは当然だと思います。そして労働運動に参加して活発な活動を始めますが、ある大規模な印刷争議に参加した時に労働者側は敗北し、徳永直も1700人もの同僚と一緒に解雇されます。この時の苦い経験をもとに書かれて「戦旗」に小林多喜二の「蟹工船」と同時期に連載され、ともにプロレタリア文学の傑作として賞賛されたのがこの作品です。多くの労働者がそれぞれ信念を燃やして戦います。そこには暴動があり、罠があり、裏切りがあり、恋愛があり、悲しみがあります。実に壮大な労働者の記録です。印刷争議は敗北してもこの作品を世に残したことで後世の人間に影響を与えることに成功しました。文学作品の存在意義の一つの形を教えられた作品です。ところがそれほどの作品を残し、共産主義の旗のもとに労働者のために戦った徳永直も、当局の弾圧に耐えきれずに後に転向します。これは当時の社会情勢から見て無理もない話です。昭和の初期における治安維持法違反容疑での検挙者の数は7万人を下らないそうですが、そのほとんどは転向したそうです。劣悪な牢獄生活を経験させられたり、拷問されたりしていますから誰が彼らを責めることができましょう?転向しなかった人は本当にごくわずかだったそうです。ただ徳永直は転向したとはいえ、働く庶民の目線で書くという姿勢は持ち続けました。それで十分評価すべきだと思います。社会全体が狂っている中で正気を保つことの難しさをプロレタリア文学の作家たちの生き様は教えてくれます。

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田山花袋 「一兵卒の銃殺」

田山花袋は自然主義文学の元祖ということで日本文学史上欠かすことのできない重要な存在です。この人の文学を評価する場合、必ず賛否両論が起こるのはお約束です。というのは、自然主義文学の火付け役としては評価すべきことは間違いないのですが、それをヨーロッパにおける本来の形とは多少違う方向に持って行ってしまったという意味では批判もされるわけです。ですので文学史上においてなんとも微妙な存在とも言えます。ではその人がどんな作品を書いたのか?あげてみるならおそらく多くの人は、「蒲団」と「重右衛門の最後」と「田舎教師」ぐらいしか連想しないのではないでしょうか?これはある意味当然のことと言えます。それほど傑作を大量に残したわけではないですし、まして今どきの本屋さんに行っても前述の3作品以外を探すのは困難だからです。ですが古本屋にでも足を運んで是非読んで頂きたいのがこの作品です。これはある一兵卒が休日を終えて隊に戻る時間に遅れたことをきっかけに脱営をはかり犯罪を犯してしまうという話ですが、明治40年に仙台第四連隊第三中隊において実際に起こった事件をモデルとしているそうです。最初はただ門限に遅れただけだったのに、そこで怒られればすむ話だったのに、彼は隊に戻らずズルズルと時間は過ぎて結局脱営することになってしまい、煩悶のうちに逃走する間に罪を重ね、それが最後には大きな罪へとつながって大変な結末を迎えてしまいます。良心と欲望が戦いつつ事態が徐々に悪くなっていく過程が読む側の不安を増幅させます。このへんのテクニックがさすがだなと思います。人間として生まれながらの犯罪者というものは存在しません。環境や経験の影響で誰にもある心の奥底の欲望が表面に出てしまい、それを抑制できなかった場合に犯罪に走るのではないかと思います。この作品ではごく普通の人が犯罪を犯すに至るまでの心境の変化がよく描かれています。このへんのリアリティこそ彼の真骨頂です。彼の言わんとする文学はこのへんにあるのではないかと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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