蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

里見弴 「極楽とんぼ」

里見弴は有島家の四男です。長兄は「在る女」「小さき者へ」などの名作を残し、軽井沢の別荘で人妻である波多野秋子と心中するという悲しい最期をとげた有島武郎。次兄は「二科会」の創設メンバーでもある画家の有島生馬です。つまりは才能あふれる芸術家兄弟のうちの一人ということです。この作品ではその有島家をモデルに虚実とりまぜて物語が構成されています。主人公は三男で、これがどうしようもないわがままな問題児でして、真面目に生きる人間が馬鹿馬鹿しく見えるくらいにやりたい放題、まわりに迷惑をかけてばかりなんですが、それでもどこか無邪気な部分があって憎めないというまさに極楽とんぼそのままの男です。楽しく生きよう、楽に生きようと悪知恵を働かせ、器用にたちまわるようで結局は失敗し、それでもなんとか世の中を泳いでいる姿が実にユーモラスで痛快。たまに悲劇が襲い、落ち込むこともありますがそれも長続きせず、すぐにまたあっちでやらかし、こっちでやらかし、家族をはじめまわりの人は怒ったりあきれたり、振り回されっぱなしです。実際に自分の近くにこんな人間がいたらとんでもない話だとは思いますが、こうして作品の中で暴れている分には読む側としては実に楽しませてもらえます。真面目に一生懸命な人生もあれば、こんなお気楽人生もある。どちらも同じ人間が作ったものです。そう思うと主人公の人生を通して何かが見えてくるような気がする人も多いのではないかと思います。また違った人生の捉え方を知ることで、少し視野が広がるような気がします。ただユーモラスなだけの作品ではないことはすぐにわかると思います。老年に達した里見弴が人生というものを振り返って描いたらこうなったという感じでしょうか?とても深いものが含まれている傑作です。有島武郎の作品は人生を深刻に考える真剣さが伝わってきますが、これはおそらくその真面目な人間性の現れなのだと思います。一方でこの作品の空気というのは前述のとおりユーモアを含んだ気楽なもの。兄の作品とは正反対の印象を受けます。同じ兄弟でこうも人生を見る目が違うというのは実に興味深いところです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

森鴎外 「心中」

怪談というのは書く側にしては結構難しいものだと思います。読み手の頭の中に的確なイメージを浮かび上がらせ、それが恐怖を誘うものでなければなりません。うまく表現できないと恐怖感が薄れ、作品全体が白けてしまいます。そうなるとさぞかし怖いだろうと思って読んでいた人を落胆させます。どうしても怪談となると誰しも自分を怖がらせて欲しいという期待感を持って読みますので落胆させては元も子もありません。だから怪談をもとにした優れた小説というのは意外に少ないのです。そこでこの作品の登場です。なんと大御所森鴎外の作品ですので意外に思われる人もいるかもしれません。さすがに大御所が書くと違います。読んだ後も恐怖感がずっと残ります。いわば怪談のお手本とすべきものかもしれません。怪談と言い切るとどこかおどろおどろしいものかと思われがちですがそうではなく、お金という女中が話すある事件の顛末なんですが、最後の結末がなんともぞっとするものなのでそういう意味で怪談の範疇に入るものだと思います。それにしてもこの話は怖いです。本当にぞっとしました。「ひゅうひゅう」という音がキーワードですから覚えておいて下さい。ストーリーはお金の口から客に対して語られます。川枡という料理屋での話です。事件があった頃は十四五人の女中が働いており、その中にお蝶という大変働き者の子がいました。その子は親が決めた結婚が嫌で家を飛び出し、川枡に転がり込んで住み込みで働き始めたということでした。彼女が東京に出て来たもう一つの理由は好きな人が東京にいたからで、その男性とは時々会っているようでした。そしてある晩、お松とお花という二人の女中が夜中にトイレに行きますが、どこからともなく「ひゅうひゅう」という音が聞こえてきます。どうもそれは四畳半の部屋から聞こえてくるようなので、お松は思い切ってその部屋の障子を開けますがそこにはなんと!……あぁ今またぞっとしました。この結末を言ってしまっては台無しです。気になるなら早速読んで下さい。(この作品は青空文庫でも読むことができます。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

阿川弘之 「雲の墓標」

戦争というものを作品において批判するにはその書き方で2つの方法があると思います。ストーリーの中で戦争反対の立場にある人がメインになって活躍し、直接的に訴えるという方法と、表面的には体制に順応している人々をリアルに描くことによって間接的に反戦を訴えるという方法です。この作品は後者です。主人公は応召で海軍に入り、初めてのことばかりでいろいろと戸惑いながら徐々に海軍の空気に慣れていき、最後は特攻隊の一人として選ばれるまでを日記という形で表現しています。おそらく本当の日記を参考にしたと思われるリアルさがあって、名も無い一兵士が戦争に借り出されて、国のためとはいえその命を軽くあしらわれる様子が詳細に描かれています。最初の頃は不安が前面に出ており、それがやがて慣れていくにつれて自分は国のために頑張って戦わないといけないと思うようになります。海軍のやり方に疑問を持ち、勝つ見込みのない戦争をすることに納得できないながらも、もはや自分には国のために死ぬしかないと思うまでにいたる一連の心の葛藤が実に巧みに表現されていて、そのリアリティさゆえに読む側に強い反戦意識を起こさせます。ここに阿川弘之のすごさを感じます。戦争反対だから戦争ものは読まないというのではなく、戦争反対だからこそこういう作品に触れて欲しいです。あの戦争で貴重な命を散らせた人々の死に至るまでの心の葛藤を少しでも知ることは戦争に反対する上では必要なことだと思います。昨今のアニメや映画においては戦闘のかっこよさを売りにしているものが多く見受けられます。その背後に戦争というものに対する意見を見出すことができないのです。そういう作品が大勢を占めるとそれを受ける側、ことに過去の戦争などひいじいちゃんが経験した大昔のことにしかすぎない若い世代にとっては戦争本来が持つ罪を知ることができません。そういう意味でも阿川弘之をはじめとした優れた戦争文学の書き手の作品は未来永劫読まれ続けなければいけないと強く思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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