蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

大岡昇平 「俘虜記」

大岡昇平の実体験を書き綴った戦争記録文学です。そう言ってしまうとただの戦記ものかと思われるかもしれませんが、偉大なる大岡昇平ですからもちろんそのへんは一味も二味も違います。彼は昭和19年の3月に召集されます。当時既に30代でした。30代で兵隊というのはいわゆる補充兵です。要するに人間足らなくなったから駆り出されたわけですね。そしてフィリピンのマニラに派遣され、そこからさらにミンドロ島というところに移されてそこの守備を命じられます。既に敗色濃厚な頃で部隊内にも厭戦気分があり、戦闘に参加することなく早く戦争が終わることを祈っていましたがそううまくはいきません。米軍が上陸してきて、形だけの抗戦をしたのみですぐに敗走が始まりますがその時にマラリヤにかかっていた彼は山中を逃げ惑ううちに捕虜になります。それから米軍の捕虜収容所での生活が始まります。圧巻なのは山中で米兵を見た時に自分がなぜ米兵を打たなかったかということを自分自身と問答するように葛藤しながら答えを探そうとする場面です。この部分には非常に高等な哲学があります。そして収容所内での捕虜たちの生態をリアルに、そしてユーモラスに描いている部分では人間のあらゆるタイプを見ることができますし、極限状態から救われて徐々に満たされていく過程において人間がどんなに浅ましくなっていくかも詳細に描かれています。哲学的なものを根底において成り立っている戦記ものですから、他のそれより断然奥の深いものがあります。作品は13の章に別れていますが、もともとは俘虜の記録として書かれていた一連のものが集まって全体を「俘虜記」という形にまとめてあります。つまり章一つが短編とみなせば共通のテーマで書かれた連作の短編集ともいえます。ですから途中の章だけ拾い読みすることもできます。各章が様々な雑誌で発表されていきましたが、最初の4章をまとめて「俘虜記」として発表した段階で、昭和24年に横光利一賞を受賞しています。大岡昇平ならではの一味違う戦記文学をどうぞお楽しみ下さい。

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井上靖 「天平の甍」

井上靖お得意の中国大陸を舞台にした歴史ものです。遣唐使の時代の話で、日本の四人の若い修行増がより深く仏の教えを極めるために遣唐使の一行に混じって海の向こうの唐へと向かいます。大志を抱いて上陸した彼らを待ち受けていたのは日本とは桁違いの自然や文化を持った国でした。そこで四人はそれぞれ異なる影響を受け、それぞれの信じる道を歩みます。そのうちの二人(栄叡、普照)は唐の国の優れた僧を伴って帰国することが日本の仏教の繁栄のためになると信じ、鑑真のもとに交渉に行きます。鑑真は自ら海を渡ることに決め、二人とともに準備し船で出発しますが、何度も何度も失敗します。ろくな船のない時代ですから海を渡るのは命がけです。成功率も高くありません。何度も失敗して挫折を経験する間に何年もの時間が経過しますが、最後はついに彼らは海を渡ることに成功し鑑真は日本に上陸します。そこまでの苦労がなんともドラマチックで、希望を捨てない主人公の姿に感動します。井上靖の中国大陸を舞台にした作品に共通する、あの広大な土地に砂埃が舞う風景描写の匠さは、古き異国の浪漫を与えてくれます。この物語は展開を面白くしようとして登場人物が何度も苦難にあうわけではありません。実際に鑑真は日本への渡航に5回も失敗しています。5回ですよ!それでも諦めないその強い意志こそ余人には不可能な大事を成す原動力なのでしょうね。学校の受験とか資格の試験などに何回まで失敗しても諦めないでいられますか?3回も駄目だったら結構落ち込みますよね。鑑真が6回目までモチベーションが下がらなかったということは、そこには大きな使命感があったからではないかと推測します。つまり日本の僧が戒律(僧が守るべき規律のようなもの)を日本に伝えて欲しいと懇願したその情熱に動かされ、自分が日本へ行くことは課された使命であると思ったことがモチベーションの維持につながったのではないでしょうか。鑑真が日本に来て以来、それまで不完全であった日本の仏教はしっかりとした形を持つに至りますので、その強い意志は大きな結果を生んだことになります。途方もなく人物が大きいと言いますか、全くすごい人もいたもんです。鑑真という人を知るにもこの物語は大いに参考になります。

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佐多稲子 「機械の中の青春」

この作品は典型的とも言うべきプロレタリア文学で、佐多稲子の本領発揮というところです。労働者の苦しみを描いた悲しく、勇ましい作品です。作品の中ではそれぞれに個性豊かな女工たちがたくさん登場し、それぞれの思惑で工場で必死に働いています。恋愛するものもいたり、優秀な女工としてのプライドに生きるものもいたり、労働者の待遇改善のために立ち上がるものもいたり、ただ皮肉を言うだけのものもいたり……。彼女らによっていろんなドラマが展開し、絡みあっていきます。作品全体の構成が複雑ながらもきちんとまとまっていて、高い水準の技術を見せ付けられるという感じがします。「キャラメル工場から」にはまだ若干の素人っぽさが感じられますが、この作品は完成度の高さからしても彼女の作品の中でもトップクラスだと思います。佐多稲子はこの作品を書くために実際に工場の女工たちと一緒に暮らしたそうです。どんな優れた作家であろうと、実体験のある人の心のうちを忠実に描くことはできません。技巧によってそれらしく見せることはできるでしょうが、所詮は表面だけのものになってしまいます。一方で実体験のある人がもれなく文学的才能があるわけではありません。ですから自分の体験を文学という形で残そうにもうまく表現できないという例は珍しくありません。すごい体験をした人の作品だからさぞかし、と思って読んでみて意外に感動が薄くてがっかりしたということはえしぇ蔵も何度かありました。つまり体験をした人と文学的才能がある人というのが一致することは稀なわけです。それを故意に可能にするには文学的才能がある人が自らの意思でその世界に飛び込み、実際に体験するしかありません。佐田稲子はそれを実践した人です。女工たちと一緒に働き、女工たちと一緒に寝起きし、笑い、苦しみ、汗を流したのです。そうして出来上がった作品ですから臨場感は極めて素晴らしく、また女工たちの心情も明確に伝わってきます。まさに”汗を流して書いた作品”といえます。これぞ本当のプロレタリア文学ですね。

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司馬遼太郎 「播磨灘物語」

黒田勘兵衛孝高。姫路生まれ。秀吉の片腕としてその天下取りを助けた名軍師です。この話はその黒田勘兵衛の生涯をドラマチックに描いています。この人物の人生を少し調べてみれば、なるほどこれはドラマになると誰しも納得します。まさに波乱万丈そのものです。勘兵衛は類稀にみる才を持っていました。秀吉に自分の後に天下をとるのは徳川家康でも前田利家でもなく黒田勘兵衛だと言わしめたほどですからその力量の程が推測されます。時勢が味方すれば天下を取るのも不可能ではなかった人です。もともと黒田家は姫路の小大名、小寺氏に仕えていました。そして祖父重隆の代に姫路城代になります。勘兵衛の頃は織田信長が破竹の勢いで近隣を斬り従えていた頃です。勘兵衛は信長を早くから評価していたので、その傘下に入るべく主君をはじめ近隣の勢力をも説得します。しかし別所長治が信長に反旗を翻したのをきっかけに、摂津の国を任されていた織田家の武将、荒木村重が謀反を起します。勘兵衛はその説得に向かいますがそこで捕縛されてしまい、長期間劣悪な環境に幽閉されます。後に救助された時には足の関節に障害が残っていました。その後は信長に重用され、秀吉の与力として才能を思う存分発揮していきます。苦難の後には栄光に満ちた秀吉の天下統一までの階段が待っていました。そして秀吉の死後は天下分け目の関ヶ原です。さぁここで勘兵衛はどういう行動に出るのでしょう・・・?司馬遼太郎お得意の痛快無比な戦国ものです。とにかく面白いの一言に尽きます。長いですけど一気に読めます。戦国時代には英雄豪傑天才軍師が数多く登場していますが、黒田勘兵衛孝高はその中でも特に異彩を放つ存在であることがわかると思います。勘兵衛の領地は九州征伐の功で秀吉に下賜された豊前の国の中津、今の大分県中津市でしたが、息子の長政は関ヶ原の功で家康に下賜された筑前の国、つまり福岡でした。だから九州の人には馴染みの深い両者ですが、福岡に住むえしぇ蔵にとっては黒田家は特に興味深い一族でもあります。天下人にも匹敵する才を持った武将が何を考え、どう生きたのか、司馬遼太郎の筆でお楽しみ下さい。

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