蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

水上勉 「金閣炎上」

1950年7月2日の未明、金閣寺は放火によって焼失します。これは当時の世間を騒がせた大事件でした。人命の被害はありませんでしたが、室町時代に建てられた国宝の舎利殿(金閣のこと)が、中にあった足利義満の像や観音菩薩像などとともに灰になってしまったわけですから国家的な大損失であったわけです。犯人は鹿苑寺(金閣寺)の師弟、林承賢(当時21歳)。当然ながらこの犯人に対して世間は猛烈な非難を浴びせるわけで、おそらくこの事実を知った後世の人も同じ憤りを覚えたことでしょう。ところが水上勉はそうではありませんでした。彼は非常に詳細にこの事件について調査し、林承賢(小説の中では林養賢)がどうしてこの犯罪にまで到ったのかを彼なりに結論を出しています。これを読むと誰でも犯人に対して抱いたものが徐々に変わっていくのを感じることができると思います。本来、修行の場であるはずの寺が観光の目玉として利用され、拝金主義の空気が寺の中を支配していく、そんな現実を前にして実直な主人公の堪忍袋の緒は切れてしまう……という説でストーリーは進んでいきます。現実に主人公の動機に関しては諸説ありましたが、この事件を題材にした作家はそれぞれに持論を展開しています。有名なのは皆さんもご存知の三島由紀夫の「金閣寺」です。三島由紀夫は犯行の動機を「美への憧れ」が屈折した結果ということにしています。いづれにしろ犯人は服役中に結核で死亡していますので真相は謎のままです。統合失調症を事件当時から発症していたということなのでそれが大きく影響していたのは間違いないと思います。この作品は一応小説ということにはなっていますが、極めて優れたドキュメンタリーでもあります。もしこの事件に関して調べたいという人にとってはまず最初に読むべき資料と言えると思います。それほど詳細に取材がなされており、資料的に非常に貴重なものです。どんな事件でも報道で得ることができる情報はほんの一部です。詳細に調べれば調べるほど複雑な事情が判明します。犯罪事件を決して一面だけで判断すべきではないという教訓を得ることができるという意味でも評価できる作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

伊藤左千夫 「隣の嫁」

意外性という言葉があります。この作家がこんな作品も書いていたのかと驚いたことがみなさんも何度かあるのではないでしょうか?例えば推理小説史上に名を残す傑作「赤い家の秘密」を書いたのは、あの「くまのぷーさん」を書いたA・A・ミルンです。同じく推理小説の傑作「黄色い部屋の謎」を書いたのは「オペラ座の怪人」を書いたガストン・ルルーです。「堕落論」で有名な坂口安吾は「不連続殺人事件」という推理小説を残していますし、山岳小説で有名な新田次郎は「武田信玄」や「新田義貞」などの歴史物を書いています。伊藤左千夫の「隣の嫁」もまた意外な作品の一つに入るのではないかと思います。一般的に伊藤左千夫と言えばどんな作品を連想しますか?そうです。あの涙、涙の青春純愛小説の「野菊の墓」ですね。素朴な田舎の生活の中で生まれる純粋なドラマを描かせると実に見事な腕前の伊藤左千夫です。まさに”青春”とか”純愛”という言葉が似合う作家ですが、この作品はちょっと違います。確かに”青春”ではあり、また考えようによっては”純愛”でもあるわけですが、状況から判断するなら”不倫”でもあります。読む側がちょっと戸惑うシチュエーションです。この作品は毎日の仕事に追われる農家の慌しい生活の中で自然発生的に生まれるドラマを描いています。主人公はまだ農作業に慣れない若者で、朝は身体じゅうが痛くて起きられないくらいにまだ未熟です。その主人公が、不本意ながらも隣の家に嫁にきた、美しくて賢くて働き者の同い年くらいの女性に密かに好かれてしまうわけです。女性のほうが結構大胆に主人公にモーションをかけてきますが、スキャンダルを嫌う田舎の社会でそんなことが許されるはずがありません。主人公は嬉しいと恐ろしいの狭間で悩みます。こんな展開を現代を舞台にして描くとどろどろの不倫劇になるのに、この時代の田舎が舞台だとそれでもどこかのどかで純粋なものがあって、ついつい二人に同情してしまいます。伊藤左千夫らしいのか、伊藤左千夫らしくないのか、なんとも微妙な作品ですが、皆さんはどう判断されるでしょうか?

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