蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

室生犀星 「杏っ子」

金沢が生んだ文豪、室生犀星を知らない人はいないでしょうが、その悲しい生い立ちをご存じでしょうか?聞くも涙、語るも涙のつらい幼少時代を過ごしています。室生犀星は加賀藩の足軽頭の家に私生児として生まれます。生まれてすぐに近くのお寺に引き取られ、そこで私生児として戸籍を得ます。そして実の両親の顔を全く知らないまま成長していきます。「妾の子」と馬鹿にされながらも強く生きていきます。このことは彼の作品だけでなく生き方そのものに大きく影響しています。彼は生涯生みの母親の姿を求め続け、その想いは作品の中でも表現されています。故郷金沢と顔を知らない両親への追慕が生涯に渡ってのテーマとなりました。悲しい境遇に育ったという人は昔は決して珍しくはありませんが、そういう人たちが決まって大人になってすることは何でしょう?それは、自分の子どもは愛情いっぱいの家庭で育て、必ず幸せにしようと努力することです。この作品はほとんど彼の自伝ですが、杏っ子のモデルは自分の娘です。彼が娘にそそぐ愛情の深さは、逆に彼のそれまでの不幸を反映しているかのようです。大事に大事に育てて、幸せな人生を送らせようとするわけですが、これがまた運命の皮肉で、結婚というものが彼女に不幸をもたらします。小さい頃は親の愛の傘の下で天真爛漫に生きていた杏っ子は、大人になってからは不幸と戦います。自分のように悲しい思いをさせたくないと思っていたのに、結局は娘もまた悲しみを味わうことになる、そういう人生の残酷さを描いていく彼の姿勢は、まるで自分の生涯の仕上げとして全ての情熱をつぎこんでいるかのように真剣です。そういう背景を持った作品ですが、物語として非常に面白く読めます。長いですが飽きさせません。室生犀星の生い立ちにおける悲しい軌跡を予め知った上でこの作品を読むとより感慨深いものがあります。家族の愛というものを考え直すきっかけになる作品だと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

河野多恵子 「背誓」

昔つきあってた男が犯罪を犯してしまい、主人公の女性はその証人として裁判所に出頭します。もう何年も前に別れた男のことなど思い出すことすらないのに今更いろいろ聞かれるのも・・・という心境で証言台に立つわけですが、その男との出会いから別れまで、検事に根堀葉堀聞かれていくうちにいつしか昔の自分に戻っていき最後は・・・みたいな、主人公の心理の変化を繊細に描いてある作品です。緊張感みなぎる法廷の様子が伝わってきて、自分も傍聴席で主人公の発言を聞いているような感じがします。証言台で主人公の女性の心理がどんどん過去に戻っていく描写は本当に息をのむようなスリルも手伝って非常に素晴らしいものでした。女性の心理をこれほど的確に細かく、そしてリアルに描けるところは河野多恵子の河野多恵子たるところではないでしょうか?是非読んで頂きたいわけですが、ただ一つ注意しないといけないことがあります。この作品がよかったからといって、他の作品をいろいろと読む場合には多かれ少なかれ、また良きにつけ悪しきにつけ、かなりのギャップを感じるということです。本来河野多恵子の作品の世界というのはかなりエロティックです。それもロマンティックとは言い難い、異常性愛がメインです。お子ちゃまにはお勧めできないようなけっこうどぎついものがあります。そんな快楽を追い求める世界もあるのかと驚くほどです。河野多恵子はとにかく谷崎潤一郎にあこがれてこの道に入り、「谷崎文学と肯定の欲望」「谷崎文学の愉しみ」などの作品も書いていますし、谷崎潤一郎賞選考委員もつとめていますし、その作風に大きく影響され引き継いでいる部分が多々ありますので、性愛に関して深く突き進んでいった結果のことだと思います。ですからこの作品などはむしろ「あれ?これも河野多恵子?」という感じですのでそこはくれぐれもご注意下さい。ただ、本来の河野多恵子ワールドもそれはそれではまってしまうとなかなか抜け出せないものがあります。ご興味があればそちらもどうぞ。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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