蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

大岡昇平 「野火」

大岡昇平。ここにまた日本文学界が誇る天才がいます。この人の才能は非常に多岐に渡って証明されています。翻訳、戦記もの、推理もの、恋愛もの・・・いろんな形でその才能は発揮されています。戦争中は出征して、フィリピンで捕虜になりますが、その時の体験をもとにいくつか作品を書いています。その一つがこの「野火」です。この作品は昭和23年に「文体」において連載が始まりましたが廃刊になり一時中断、その後昭和26年に「展望」において連載再開し完結に至っています。読売文学賞を受賞し、翻訳されて海外でも広く読まれて高い評価を受けています。大岡昇平自身の体験をもとに書かれたと言っても、「俘虜記」と違って創作部分がほとんどです。しかしやはり体験者ならではのリアリティが十分にあります。主人公は戦線で結核になり、隊から追い出されます。ただでさえ戦況悪化で食糧も不足しているというのに役に立たない病気持ちまで面倒みきれないというわけです。それで野戦病院に行くわけですがそこでも受け入れてくれません。どこにも行く場所がなくなり、どうしようもない状況から放浪が始まるわけですが、襲ってくる疲労と飢えと敵襲の恐怖でだんだん体力的、精神的に追い詰められていきます。そして飢えをしのぐために人肉を食うかどうかの瀬戸際まで追い込まれますがその時彼は・・・さてどうするのでしょう?続きは作品でどうぞ。丸谷才一が「文章読本」でこの作品の中の表現を優れた文章の一例としてとりあげていることからもわかるように、非常に高度な文学的手法を駆使して書いてありますので、そういう意味でも優れた作品です。大岡昇平はこの作品のみならず、「俘虜記」、「武蔵野夫人」、「花影」などにおいてもその文章の素晴らしさが常に話題になります。「武蔵野夫人」や「花影」などのロマンスにおいては言うに及ばず、この「野火」や「俘虜記」のような戦争をテーマにした凄惨な物語においてもそれを感じさせるということからその優れた力量がわかるかと思います。是非その点にも注意して読まれることをお勧めします。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

江戸川乱歩 「二銭銅貨」

推理小説が好きな人なら敬意を抱かずにはいられないのが江戸川乱歩です。日本の推理小説の黎明期を支えた人です。本格もの、通俗もの、どちらも多くの傑作を残しています。海外の名作推理小説も多く日本に紹介していますし、推理小説に関する評論も数多く残しています。ただ推理小説を書きたくて書いたというだけの人ではなく、日本に推理小説を根付かせるためにその生涯を捧げたと言ってもいいほどの熱心な活動をした人です。そのおかげで今や日本において推理小説という分野は文学において欠かせない一ジャンルとなりました。彼の影響を受けて多くの推理小説作家も登場しました。まさにその貢献度は計り知れません。そういった背景を理解した上でこの作品を読んで頂けると非常に興味深いものがあると思います。なぜならこの作品は彼のデビュー作だからです。江戸川乱歩は大正12年に「新青年」にこの作品を発表してデビューします。読んで頂ければわかりますが、駆け出しの頃にすでにこのクオリティですから驚きます。まだ日本では推理小説草創期に登場したこの傑作は、暗号解読をテーマにしています。これが実に面白いです。ある会社から大金が盗まれて、犯人は逮捕されますが肝心のお金の行方がわからない。犯人も白状しないし、どこを探しても見つからない。このことを新聞で読んだ青年二人がなんとかその在り処を探ろうと知恵を絞ります。そこで問題になるのが「南無阿弥・・・」とへんてこりんな呪文みたいなものが書かれた紙片です。これは暗号化された通信文ではないかということで解読を試みるわけです。これがなかなかに手が込んだからくりで、読み手を夢中にします。基本的にはシャーロック・ホームズが登場するコナン・ドイルの「踊る人形」やエドガー・アラン・ポーの「黄金虫」と似たタイプの暗号です。果たして彼らは解読できるのか?最後にはどんでん返しも待っています。本当に楽しませてくれる作品です。偉大なる大御所のデビュー作を是非ご堪能下さい。

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松本清張 「日本の黒い霧」

松本清張のどういう点がすごいかというと、文章力や創造力もさることながら、やはり取材力ではないかと個人的には思います。北九州市小倉にある松本清張記念館の「書庫」には彼が調べ物のために集めた本がありますが、その数はなんと3万冊です。それだけでちょっとした図書館という感じです。自分の足で各地を歩きまわり、たくさんの人にあって話を聞き、いろんな本を参考にして調べに調べあげた上、最後に自分の意見を加味して書くというのが彼のスタイルなので、非常に作品に説得力があります。絶対の自信が感じられるのです。きちんとした取材をしているからこそ、作品に奥行が生まれるのです。例えば同じ社会派の推理物の中でも面白さのみを追求して作品自体は軽いイメージを抱かせるものが多々ありますが、彼の作品にはずっしりとした重みと深い奥行があるのは彼の作品を読んだことある人なら誰しも感じたことだろうと思います。これは他を圧倒する取材力の賜物だと思います。その取材力のすごさを特に強く感じるのがこの作品です。日本にかつて起こった難事件を自分なりに調査しなおして、自分なりの推理を組み立て、結論を出しています。本当に細かく調べてありますから非常に説得力があります。「下山事件」「造船疑獄」「帝銀事件」「松川事件」などに正面から取り組んでいます。しかしここで扱っている事件というのは”難事件”というよりも、”解決してはいけない事件”というほうがふさわしいかと思います。つまり解決されると困るという人たちがたくさんいるのではないかと思ってしまう事件ばかりなのです。だからこの作品を発表することはある意味命がけと言っても過言ではないのです。おそらく実際に圧力がかかったのではないかと推測します。それでも屈することなく様々な問題を世に問う姿勢には完全に脱帽です。日々世に起こる事件の中には関係する個人や団体を守るために、故意に真実が明かされないまま過去に葬り去られるものが少なくないということをこの作品から学びました。

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川端康成 「伊豆の踊り子」

日本人なら知らぬ人はいない日本文学史上燦然と輝く名作中の名作です。描かれている日本の風景の美しいこと!ここにまさに川端康成が後に自分の使命とした「日本の美を伝える」意気込みが感じられます。この作品は川端康成の実体験がもとになっています。彼は大正7年に下田に旅行します。その前年に旧制第一高等学校に入学していますから、若く多感な頃です。その時の体験を大正11年に「湯ヶ島での思い出」という作品にしています。さらにそれをもとにして大正15年にこの名作を書いています。本人にとっては若い頃の作品ということで納得のいかない部分が多いようですが、逆に若さがこの作品の誕生には必要だったのではないかと思います。こんな清廉で率直で美しい文章は逆に老練のベテランになってからは書けなかったのはないでしょうか?作品としてはとてもシンプルな内容です。主人公が伊豆へ旅して出会った踊り子の旅芸人たちとの心のふれあいが、静かに流れる時間の中で極めて美しく描かれています。まるで清流のせせらぎを聞くような心持にさせてくれる作品です。発表されて以来、現在に至るまで日本を代表する名作文学の位置を譲ることはありませんでした。よほど日本人の心に響くものがあるのでしょう。いつの時代でもその評価が下がることはありませんでした。おそらくこれからもそうでしょう。映画化された回数も多く、なんと6回です。しかも毎回その時代のトップスターがヒロインを演じました。第1回では田中絹代、以下順をおっていくと、美空ひばり、鰐淵晴子、吉永小百合、内藤洋子、山口百恵です。錚々たる面々です。これからも繰り返し映像化されるでしょうが、えしぇ蔵としては映像としてその作品世界を経験する前に、川端康成の文章で先にじっくり味わって頂きたいと思います。それにしても川端康成という人はこんな純粋な作品を書くわりには豪快な人だったようで、湯ヶ島の滞在ではほとんど宿賃を払っていないそうです。まぁでもこの作品が世界的に有名になって湯ヶ島も有名になったから宿賃分は帳消しというところでしょうか?

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