蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

石坂洋次郎 「りんごの花咲くころ」

石坂洋次郎とくればどんなイメージがあるでしょう?おそらく多くの人が、純粋、青春、若さ、健全、正直・・・そんなキーワードを思い浮かべることでしょう。まさにそういう作家です。「青い山脈」は映画化されて大ヒットとなったので知らない人は少ないでしょう。あのイメージを思い浮かべてもらえればいいと思います。作品を読む場合にえしぇ蔵がいつも感じるのは「安心感」です。変な気持ちにさせられないし、残酷なシーンも後味の悪い結末もなし。人間として守るべき常識というものが作品の中心にビシッとありまして、それに基づいていろんな物語が展開されていくので、まるで故郷の親のそばで暮らすような安心感を感じることができます。それこそが彼の最大の魅力と言っていいのではないかと思います。第14回菊池寛賞を受賞した時の理由が、「健全な常識に立ち明快な作品を書きつづけた功績」ということですからこれだけでも彼の作品の方向性というのがわかるかと思います。ところが意外なことに彼が最初に弟子入りしようとしたのは葛西善蔵でした。堕落しきった生活の中から作品を生み出す破滅型の作家である葛西善蔵を師匠としたのは同郷の先輩だったからですが、案の定同じ方向性を歩むことはできず、全く逆方向の健全な作風に進んでいきました。師匠への反発からでしょうが、一方で師匠への敬意は終生持ち続けたことは彼の人柄をよくあらわしていると思います。この作品は戦後に生き残った人間のたくましく生きる姿、新たな希望を探す姿を描いています。戦争に行った旦那が帰らず、生きるために必死で働く女性のもとに一人の若い男性が現れます。彼は部下として戦場で旦那の最後を看取った人でした。彼は恩ある人の奥さんの苦境を救ってあげることが自分の義務だと思い、懸命に支え続けます。彼女もひたむきな彼の奉仕に感謝します。そしていつしか二人の間には暖かい愛情が交わされるようになっていきます。なんとも心温まる作品で、石坂洋次郎ワールドそのものがあります。こういった作品を読んでたまには心の洗濯をしてみるのもいいと思いますよ。

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永井荷風 「ふらんす物語」

読み終わった後もいつも手元に置いて、気が向いたらぱらぱらとめくってみたい作品というのがいくつかあります。この「ふらんす物語」もその中の一冊です。面白いし、短編の連作形式で読みやすいし、それに文章が美しいのは言うに及ばず、そしてどこか親しみが持てる名作だからです。フランスが舞台なわけですからフランスに行ったのかと思いますよね?確かに行ってます。彼はアメリカとフランスに行ってます。明治時代にですよ?その時代にどうしてそんなすごいことが?そう。おぼっちゃまなのです。父親は高級官僚です。遊学のために行かせてくれたわけです。行った先で正金銀行に勤めたりしていますので、言ってみれば海外駐在員みたいな生活をしていたわけです。要するにエリートなのです。父親としてはいろいろ勉強して修行を積んで、帰ってきたら立派な実業家になってくれるものと思っていたわけですが、逆に海外で受けた刺激から新たな文学の形を追い求め、日本に戻ってからはせっせと文学活動することになるわけで、父親としては期待が外れてがっかりしたでしょうが、これだけ日本文学史に燦然と輝く超大物作家となって、後世の作家に多大の影響を与えたわけですから、洋行は大当たりだったと言っていいのではないでしょうか?どういう経験で生きる道を見つけるかって予測できないものですからね。ところで不思議なことにこの名作は当時発禁になっています。その理由は当時のおかみが明らかにするわけがないので今となっては神のみぞ知ることですが、様々な説があります。あまりに日本の外交官をだらしなく描いているから、現地の晩餐会での日本人の様子をリアルに描きすぎているから、外国の女性との色っぽいシーンが描かれているから・・・などなど。どの説も発禁にするほどかなという程度のものですが、当局が外国との関係でピリピリしていた時代ですからちょっと厳しくしたのかもしれません。ただそういうすったもんだがあったせいで今ではその幻の発禁版が超がつくお宝となっています。埼玉県の「さいたま文学館」で本物を見ることができるそうです。

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芹沢光治良 「ブルジョア」

芹沢光治良は東京帝国大学経済学部を卒業後、農商務省勤務を経てフランスに渡ります。そこで結核を患い、スイスの療養所で治療を受けます。この時の体験を生かして帰国後に書かれたのがこの「ブルジョア」です。ブルジョアとはどういう意味でしょうか?簡単に言えばお金持ちです。でも貴族のように何もしないでも左団扇というのではなく、自分の会社を経営したり、何かに投資して利益を得たり、エリート路線から官僚になったりして大金を手にした人たち、あるいはそういう人からの恩恵を受ける家族親戚のことです。彼の経歴を見れば誰しも思うことでしょうけど、彼自身ブルジョアです。だから彼の作品というのは明治・大正・昭和初期の貧乏作家たちの、いわば生活に追われる苦しみの中から出て来た作品とはかなり違います。出てくる人物も舞台もハイソサエティで品のある雰囲気があります。女性の読者を虜にするような独特の空気がどの作品にもあるように思います。彼はこの作品を「改造」という雑誌の懸賞に応募し、一等をとったことで華々しく文壇にデビューします。あとは国内においても海外においても名声をきわめ、ノーベル文学賞候補にもなり、川端康成のあとを受けてペンクラブの会長にまで登りつめて、日本文学界の中に大きな足跡を残しますが、そのスタートとなったのがこの作品ということを知った上で読むと感動もまたひとしおです。デビュー作とは思えないハイレベルな完成度にまず驚くと思います。登場人物それぞれが主人公のようにドラマを持っていて、それらがうまく絡みあい、欲望や情熱をいかに人間はさばいていくのかという底辺にあるテーマを写し出して見事な作品に仕上がっています。彼は人間というものを見つめる作品を次々に発表します。後にテーマは神にまで及びますが、とにかく壮大なテーマに取り組んでいます。そういう作品を多く残してくれたことは、後世に生きるものにとっては非常に大きな遺産だと思います。

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