蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

野上弥生子 「大石良雄」

大石良雄って誰のことかわかりますか?大石内蔵助のことです。つまりこの作品は忠臣蔵ものなんですが、事件そのものの経過をたどる普通のそれとは違って、討ち入りを決断するまでの大石内蔵助の心の葛藤を描いた短編です。だから松の廊下や吉良邸討ち入りのドタバタはありません。ただ静かに時間が経過していきます。次々に人が訪れて来て、討ち入りを決行せよとか、思い止まれとか、いろんなことを言います。そういう意見に追い回され、決断を迫られる大石内蔵助は悩み苦しみます。ここで描かれているのは気が弱くて優柔不断な大石内蔵助なんです。普通なら毅然とした男らしいリーダーとして描かれることが多い人をこういう視点で描くというのは非常に斬新なことです。英雄ではなく一人の人間の心の逡巡を見事に描いてあります。その人の残した結果、つまり外側から人間性を推測して描くことは誰でもすることですが、この作品のように実は外面と裏腹の内部の葛藤からその人物を描こうという試みは女流作家ならではの発想かもしれません。男は結果を求め、女は過程を重視する傾向があるようですが、この作品の発想もそういう点から生まれてきたのかもしれません。思えば歴史上の偉大な人物の人間性というのはその功績の大きさがゆえに過大に評価されているのかもしれません。謹厳実直であるとか、勇猛果敢であるとか、後世の人間が評価しているのは実はその人の一面でしかなく、一般庶民と同じように弱さも持っていたのではないでしょうか?この作品においては大石内蔵助の弱さを実に巧みに描いてあると思います。実は大石内蔵助も討ち入り決断までにはかなり悩んでいたという記録があったらしく、それを参考に書かれたそうです。英雄も人間です。やはり弱気な面もあったはず。この作品は英雄に逆方向から光をあてるとこうなるという一つのいい例といえるかもしれません。

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佐多稲子 「キャラメル工場から」

もしかすると人はそれぞれ生きている間になすべきこと、つくべき職業というものが用意されているのかもしれないと思うことが時々あります。たとえそのことに気付かずに別の道を歩んでいても、ふとしたきっかけで本来歩むべき道を知り、その方向へ進んでいくと泉のように才能が湧き出てたくさんの素晴しい結果を残すということはよくあるようです。一方で早くから一つの道を決めて長年努力してもなかなか開花しない人がいることも確かです。そうなるとやはり神様が見えないレールを用意している気がしないでもないですね。佐多稲子は東京のカフェーで働く、ごくありふれた貧しい女性でした。ところがそのカフェーを同人雑誌「驢馬」のメンバーである中野重治や堀辰雄らがよく利用したことから運命が一転します。彼らと知り合ったことで文学の世界への扉は開かれます。そして自分がかつてキャラメル工場につとめていた頃のことを題材にこの作品を書き、プロレタリア文学の作家として認められます。こういうふうに書くとこの作品が勇ましく労働者のために戦う作品のように思われるかもしれませんが、そうではなく貧しい女工が経営者に酷使される世界を悲しく描いています。体験をもとにしていますから情景が非常にリアルに浮かびます。作品から伝わる悲しさが一つの訴えとなっているので、そういう意味でいうとまさにプロレタリア文学です。激しい憤りを底に秘めつつ、静かに戦い静かに訴えているという印象を受けます。佐多稲子は早くから文学を生きる道として勉強してきたわけではないのに非常に素晴らしい文章を書く人です。これこそまさに彼女が書くために生まれてきたのではないかと思われる一つの理由です。労働者のために書いて戦えと神様が彼女に才能を授けたのではないでしょうか?その使命を彼女は見事に果たし、文学史にしっかりと名を残して逝きました。つらいことも多かったでしょうが、才能を無駄にしなかった人生を過せて彼女は幸せだったと言えるのではないでしょうか。

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芝木好子 「青磁砧」

女流作家の中で芝木好子は個人的にかなりお気に入りです。美しく優しい文章の中に、非常に強い情熱が隠されている印象を受けます。ストーリー的にも主人公がただ男を頼ってふらふらというのではなく、しっかり自分を持っていて、男以外に打ち込める何か(仕事とか趣味など)があるというパターンが多いです。この作品の主人公は”青磁”に魅せられます。陶芸作品に執着するコレクターの主人公と、陶芸家の男性との間の感情のやりとりがあるわけですが、女性はこういう自分の魅せられた物に詳しい男性、その道を究めた男性に魅力を感じるみたいですね。(イングリッド・バーグマンは「無防備都市」を見て監督のロベルト・ロッセリーニが好きになってイタリアに行っちゃいましたからね。)実際に男性が何かの先生で、女性がその生徒であるという恋愛パターンはよくあります。またそういうパターンで結びついた男女というのは、共通の趣味と価値観があるわけですから非常にうまくいくようです。異性といい関係を保つには同じものをいいと思える共通の価値観は必須だと思います。閑話休題。この作品の中では主人公の父親も有名な収集家であり、主人公は父親への愛情とともにライバル意識も感じており、それがこの作品の奥行きをうまく演出しています。陶芸家の窯が青磁を焼いている大事な時に突風に襲われ、主人公と二人で風を防ぐために必死で薪を積んだり畳をたてかけたりするシーンはこの作品の中での一つの見せ場です。第47回女流文学賞を受賞しましたが、それも当然としか感じないほどの非常に優れた作品です。ストーリーもさることながら、情緒ある文章も是非楽しんで頂きたいです。こういう細やかな優しい文章は女流作家でも本当に実力派でないと書けないと思います。何度でも読み返して楽しんで下さい。できれば読む前に青磁を少し見ておくとイメージがわきやすいと思います。この作品をきっかけにあなたも陶芸が好きになるかもしれませんよ?

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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