蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

岩野泡鳴 「耽溺」

ちょっと専門的な話になりますが、小説を書く場合には人称というものが重要になります。つまり誰の視点で作品の中の世界を見せるかということです。主人公の目線だけで書くことを「一元描写」と言います。作者は主人公の視界を前提にしています。自分の主張したいことも主人公のセリフという形で表現できます。今の小説はほとんどがこの方法で書かれていますので、皆さんも別に珍しいことには感じないだろうと思います。実はこの方法で書くべきだと最初に主張したのは今回紹介する岩野泡鳴なんです。当たり前のことになってしまってますが、何事も先人の努力があってこそ現代において当たり前なのです。一方、複数の登場人物の視点から書くことは「平面描写」と言います。Aさんの視点で書いてるかと思えば、次の章ではBさんの視点になってるような状態ですね。出来事を客観的に淡々と描く場合に使われます。これを主張したのは田山花袋です。「一元描写」は書きやすいし読みやすいですが、場面に必ず主人公がいないといけません。「平面描写」は書くのも難しいし読むほうも混乱する場合がありますが、あらゆる場面を自在に描けます。一長一短ですね。「一元描写」の何たるかを知るにはこの作品が最適です。そういう技術的な面に注意しながら読むとストーリーとは別の面白みがあります。ストーリーは、主人公の作家が作品を書こうとある家に間借りしたら隣に芸者のいる家があって、そこの芸者にいつのまにかずるずるとはまってしまっていく・・・というしょうもない男の話です。この芸者がまた曲者で男を三人、四人、翻弄させます。あっちでいい顔、こっちでいい顔、最後はそのツケがまわってきて・・・といういかにも自然主義文学的作品です。ごまかしが嫌いで我が強いけど、一面だらしないところもある岩野泡鳴の人柄が主人公の描写にあらわれています。ストーリー的に面白いとは言いがたいですが、「一元描写」を学ぶ上で欠かすことのできない重要な作品です。

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木下尚江 「火の柱」

この作品を読み終わった後に、あぁ自分は今とてつもない名作を読んだなぁという感激が襲ってきました。個性豊かな登場人物たち、劇的なストーリー展開、余韻を残す終わり方、そして全編を貫く木下尚江の強烈なるメッセージ、あの時期日本に必要だった、生まれるべくして生まれた名作です。木下尚江は作家であると紹介されるよりも、社会主義運動家と呼ばれるほうが多いかもしれません。新聞記者や弁護士の仕事を通して、日本の改革のために運動を展開します。廃娼運動や足尾鉱毒問題、普通選挙運動など、当時日本が抱えていた問題に正面から取り組み、ペンをもって戦います。それはすさまじい闘志です。逮捕されたこともありました。幸徳秋水らと社会党を結成したり、日露戦争の頃には国内が好戦的な状況の中、先頭にたって非戦論を唱えました。特にこの非戦論に関しては重きを置く必要があります。こういう言葉を残しています。「無抵抗主義とは無戦闘のことでは無い、『無抵抗』と云ふ大武器を揮つての大戦闘である、憎悪嫉妬嘲弄復讐の強敵に向て、愛の鋭刀を突きつけて更に劇しく奮戦することである」彼の主張するところはこの言葉に凝縮されています。暴力に対して愛で迎え撃つ。これはまさにキリスト教の真理そのものです。この考え方を日本が次々に戦争を体験したあの時期に声高らかに主張していたわけですからその闘志の凄まじさが察せられます。一人の作家として紹介するにはあまりにスケールの大きい人です。ペンで戦う彼にとって文学は一人でも多くの人に自分のメッセージを伝える手段でした。従ってそこから発せられるエネルギーは圧倒的です。でもメッセージだけにとらわれてはなく、表現も極めて美しく芸術的に仕上がっていますので余計に人の心を動かすのだろうと思います。きっとあなたの心にも何かを残しますよ。

(「木下尚江研究 Webページ」参照)

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丹羽文雄 「日々の背信」

えしぇ蔵がこの「蔵書」を続けている理由は、一人でも多くの人にかつての日本文学の素晴しさを知って頂いて、それらを評価しなおし、自分たちの時代でその存在をなくすことなく次の世代へと残すことができればと思ってのことです。従って自分なりに次世代の糧となるであろう作家を紹介してきました。実際、昭和中期くらいまでは日本文学の全体のレベルが高いので一度は名を馳せた作家のほとんどがその対象となります。ですからいろんなタイプの作家を読んで紹介してきました。文学として評価すべきなら、自分に合う合わないは考慮の外でした。ではこの「蔵書」の目的を除くとすればどうなるでしょう?そこにはやはり個人的な好みというものがあります。正直、本音をぶちまけるとすれば、丹羽文雄は横光利一と並んで個人的に大好きです。私小説的なものも風俗小説的なものもどこか読んでいてしっくりきます。明解な文章で読みやすいというのもあるかと思います。この作品もじっくり楽しみながら読みました。ドラマ性が豊かなのできっとテレビや映画になっているだろうと思って調べてみたらやはりそうでした。雰囲気的にちょっと松本清張の愛憎劇に似た感じがします。主人公は裕福な事業家の愛人です。いわゆる妾状態。肩身の狭い思いをしながら生きています。そこに素敵な紳士が登場しますが彼には病気で寝たきりの妻がいます。お互い好きなのに一緒になれない。もどかしい状況が続くうちに事業家にそのことがばれて、嫌がらせが始まって余計にことは複雑になっていきます。二人は結ばれるのでしょうか?それともそのままなのでしょうか?あるいは全く別の展開があるのでしょうか?この作品ほど最後の最後までヤキモキさせられたことはありません。さて最後に二人はどうなるのでしょうか?読みやすくて面白くて文学的。個人的にもお勧めです。

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樋口一葉 「たけくらべ」

樋口一葉の名前は文学の趣味のあるなしに関係なく、恐らくほとんどの日本人が知っている女流作家ではないでしょうか。なにしろお札にまでなっていますからその知名度は揺るぎないものだと言えます。ところがそんな彼女の人生を調べてみると驚くべき事実に直面します。彼女は明治5年生まれで、亡くなったのが明治29年です。なんと24歳6ヶ月という短い時間しかこの世に存在しませんでした。それなのにいくつもの傑作を世に残しています。まず20代前半でこの「たけくらべ」や「にごりえ」「十三夜」などの絶賛されるべき作品が書けたというその能力に驚嘆します。恐ろしいほどの才能を有していたことがわかります。それに加えてこれらの秀作は、ほんのわずかな期間に全て発表されていることにも驚きます。「大つごもり」が書かれたのが明治27年12月、「たけくらべ」が明治28年1月から連載、「ゆく雲」が明治28年5月、「うつせみ」が8月、「にごりえ」が9月、「十三夜」が12月、「裏紫」が明治29年2月に発表されています。この14ヶ月に渡る期間に彼女はその才能を思う存分に発揮します。圧倒的に素晴しい作品群が次々に生まれたこの期間は、「奇跡の14ヶ月」と呼ばれています。まさに彗星のごとく文壇を駆け抜けて行った感があります。そしてその後に続く多くの女流作家たちの尊崇の的となるわけです。この作品は遊女の姉を持つ少女と僧侶になる定めの青年との切ない恋物語ですが、完璧な文章によって少女の内面を見事に描写しています。読みながら頭の中には情景がありありと浮かび上がり、心の奥底にしみじみと残る感動はその時だけで消えるものではなく、おそらくその後の人生で何度も思い返すほどのものになるでしょう。日本の文学の素晴しさを凝縮したともいえる稀代の名作です。まだ読んでいない方は是非。

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