蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

水上勉 「飢餓海峡」

年に2回、芥川賞と直木賞の発表があるのは皆さんご存知ですよね。芥川賞は純文学小説を対象に、直木賞は大衆小説を対象にしています。このように日本では古くから小説を純文学と大衆に大別する傾向があります。では世の中の小説は全てそのどちらかに属しているのでしょうか?書く側はどちらかに属するように書かないといけないのでしょうか?文学というものがそんな簡単に分類できるものではないことは周知の事実です。この堅苦しい垣根を取り払って、もっと自由に創作活動をしたい、どちらの要素も持ったものを書きたい、と果敢に挑戦し、見事にそれに成功した作家も多く出ました。横光利一や松本清張がその典型的な例です。あるいは山本周五郎みたいにそんな垣根の存在すら無視して書き続ける作家もいました。両方の要素を持ったものは数こそ少ないですが名作の確立は高いです。芸術的な表現をもって面白いものを書けば素晴しいものが生まれるのは当然ですね。前振りが長くなりましたが、つまり水上勉も両方の要素を持った作品を書ける人だと言いたいわけです。この人は純文学、推理、童話など様々なジャンルに作品を残していますのでその力量は言うに及ばずです。この作品は推理とサスペンスがからんだ壮大なドラマです。言うなれば松本清張的な作品です。物語の始まりは昭和29年に青函連絡船が台風で転覆した「洞爺丸事故」を題材にしています。その際に収容された遺体に身元不明のものがあることをきっかけに事件が展開していきます。犯人を追う刑事たちの執念や、逃げて逃げて過去を消し去ろうとする犯人の姿を描きつつ、一人の女性の一途な思いを軸にした人間ドラマもからめて、厚みのある長編に仕上がっています。舞台も北海道に始まって、日本中を移動します。たっぷりと楽しませてくれる作品です。純文学と大衆の垣根をまたぐ作家である水上勉の力量の一端が窺えるのではないでしょうか?

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

牧野信一 「ゼーロン」

才能というものは生まれ持ったものかもしれませんが、それを伸ばしたり開花させたりするのは環境と経験と努力ではないかと思います。牧野信一という作家の成功はそれを証明しているのではないかと思います。例えば渡米経験のある父親がたくさんの欧米文学を彼に与えています。文学以外の欧米文化に触れる機会もありました。そして自らも文学の道を志すと、更に欧米文学を探求していきました。彼の作品の要素に大きく影響を与えた「ギリシャ哲学」との出会いもありました。環境、経験、努力は彼の才能を「ギリシャ趣味の幻想的な小説」という独自の文学を生み出すという形で開花させました。皆さんも彼の作品を読むと、どこか不思議な感覚を覚える小説であることがおわかり頂けると思います。非常に優れた作家として文壇に位置し、先輩作家に可愛がられ、多くの後輩に慕われた人でしたが、惜しいことに神経衰弱で自殺します。39歳の若さでした。この「ゼーロン」という作品も彼のギリシャ趣味的幻想小説の作品群に含まれるものです。ユーモラスなシーンもあって楽しい感じを受けます。主人公はある村に行くのにゼーロンという馬を借ります。この馬は昔その村に住んでいた頃は彼がよく飼い慣らしていたわけですが、久しぶりに会ったら全然彼のことは忘れており、彼の思うままに従ってくれません。優しくしたりなぐったり、いろいろ試みますがうまくいきません。会いたくない人が多い村に近づいていき、一気に走り抜けたくてもゼーロンは全然走ってくれません・・・。ストーリーを説明しても「だから何?」と言われそうですが、読んでみるとそこに高い文学性を感じずにはいられません。何よりもその作品全体の雰囲気を味わって頂きたいと思います。彼が「ギリシャ牧野」と言われた理由がそこにあります。読み終わった時に「あぁいいものを読んだな」と感じることができます。他ではあまり味わえない独特な世界をどうぞお楽しみ下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

丸谷才一 「笹まくら」

えしぇ蔵の好みでそうなっているのかも知れませんが、どうしても優れた文学作品を紹介しようと思うと時代を遡ってしまいます。ですが明治から昭和中期までに優れた作家が集中しているのは誰も否めない事実だと思います。そういうわけで現在このブログで紹介している作家のほとんどは彼岸に旅立っているという悲しい現実があります。存命の作家が何人いるでしょうか?大江健三郎、阿川弘之、石原慎太郎、五木寛之、宮尾登美子など、本当にわずかになってしまいました(平成24年1月現在)。ここで紹介する「笹まくら」の作者、丸谷才一もその一人です。この人も今や貴重な存在なわけですが、その凄さを知るには経歴をちらっと覗くだけで十分です。その受賞暦の華々しさ!芥川賞に始まって、野間文芸賞、谷崎潤一郎賞、読売文学賞、川端康成賞、菊池寛賞、泉鏡花賞、大仏次郎賞・・・などなど。そしてついに2011年には文化勲章です。主な賞は総なめ状態です。そんなすごい人がその名を広く世間に知らしめた作品がこの「笹まくら」ですので、読んで唸らないわけがありません。本当に恐ろしいくらいの大傑作です。えしぇ蔵は個人的にはこの作品に出会えたことを幸せに思っています。あきらかにこれを読む前と後で自分の文学に対する考え方がかなり進歩したように思います。一般にもこの作品は非常に評価が高く、丸谷才一の最高傑作と言ってもいいのではないかと思います。物語は太平洋戦争の頃に徴兵忌避をした主人公が戦後もその過去に苦しめられ、自分の生きる道を必死に模索する姿を描いてます。物語の展開の仕方が非常にユニークで、現在と過去が何度も行ったり来たりします。それも継ぎ目が極めて自然にかつ美しく、いつのまにか場所や時代が変わっています。群を抜く技量を見せつけられる感じがします。ただしそれだけにうっかりすると訳がわからなくなるので気合を入れてしっかり読んで下さい。ここまでの傑作というのは少ないと思いますので是非是非ご一読を。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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