蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

志賀直哉 「灰色の月」

この作品を紹介せずにどうしましょう。短編の名手、小説の神様、志賀直哉の本領発揮というところでしょうか。心にしみてくる名作です。戦後の荒廃した東京が舞台です。志賀直哉ならではの明快な文章で、情景がはっきりと頭に浮かんできます。えしぇ蔵の頭の中には東京なのに遠くまで見通せるほど空襲でほとんどの建物が焼け落ちた中を人々が着の身着のままただその日の糧を求めて放浪している状況が浮かんできました。そこに登場する主人公は電車に乗ります。これはつまり志賀直哉自身ですね。電車の中にも生きることに疲れきった人々が乗っているわけですが、その中にぼろぼろの服を着て明らかに餓死寸前の少年が乗っていました。ストーリーは車内でのその少年の様子をただ描いているだけで、あっという間に読み終わる短い作品なんですが、読み終わった時になんとも表現しようのない悲しみが心の底にずしりと残ります。主人公には、昨日死ななかったから今日生きているに過ぎない汚いぼろ雑巾のような少年を嫌悪する気持ちがありましたが、やがて少年の様子を観察していくうちに徐々に哀れみを覚えていく様子がうかがえます。自分のそんな心境変化を志賀直哉は正直に描いています。この作品の重み、存在意義、メッセージなどは少年が残す衝撃的なセリフである「どうでも、かまわねえや」の中に全て凝縮されています。戦後の荒廃の中で自暴自棄になりがちな絶望の中にいる日本人全体の心を象徴しています。家族も死んだ、家も焼けた、仕事もない、考えることは今の空腹をどうするかということ、この国はかつてそんな状況にまで落ちていたということをこのセリフは教えてくれます。そして作品は余韻を残して終わります。この少年はこの後どうなったんだろうか?強く生き抜くことはできたろうか?読後に思い返すとまた涙を誘われます。こんな短い作品でここまで人の心を動かせるのかとあらためて志賀直哉の偉大さを思い知らされた作品です。

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壇一雄 「火宅の人」

最後の無頼派、壇一雄。その才能は太宰治と並び賞され、同時代の両鬼才と言われました。その実力のほどはこの作品を読むだけでも十分に感じることができます。とにかく圧倒的な文章力です。他の追随を許さない、次元の違うすごさがあります。だがしかし!この作品の内容に関しては賛否両論というところでしょう。主人公は壇一雄本人なんですがとにかくひどいというものではありません。まさに放蕩無頼の限りを尽くします。家には奥さんと、障害を持った寝たきりの子どもを含めて何人も子どもがいるというのに愛人を作って家族を捨てます。気が向いた時、あるいは用事がある時だけ家に帰ります。奥さんは泣かせる、子どもは悲しませる、周囲の人には迷惑をかける、あげくは愛人に暴力をふるって傷つける、旅に出れば行く先々で女を作る、酒は毎日浴びるように飲む、あっちにもこっちにも家を持ってさて今日はどこへ帰るか?どの女を抱くか?そんなだらしない日々を送っています。目の前にいたら一発殴りたくなるようないい加減な男なわけです。見事なまでの自我の開放と賞賛する人もいますが、そこはどうなんでしょうか?確かに芸術は安穏平和な状態からは傑作が生まれにくいと言います。だから敢えて地獄に踏み込んでいく作家もいます。どん底にいることで見えてくる何かを探すというのは芸術家の一つの姿勢として認めるべきものだとは思います。ですがこれほど周囲の人を傷つけるというのはなんとも釈然としないものがあります。己の人間性の評価よりも作品の昇華を求めた結果ということなのでしょう。考えてみれば優れた芸術家が同時に優れた夫であり父親であったという例はあまり多くないようです。所詮は矛盾することなのかもしれませんね。

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鈴木三重吉 「桑の実」

海外に移住した友人から、日本の文学小説がなかなか手に入りにくいので何かいいもの送ってくれないか?と頼まれたことがありました。本好きな友人なので有名で手に入りやすい作品は既に読んでいると予測して、考えに考えた末に送ったのが、横光利一の短編集「春は馬車に乗って」と、この「桑の実」でした。友人は大変喜んでくれました。海外の文学作品はとにかくストーリー重視、テーマ重視のものが多いので、表現にも重きを置いてしかも名作として評価が高く、かつそれほど現代人に知れ渡っているわけではないものを選んでみたわけですが、思えばそういったストーリーやテーマ以外に重きを置く作品というのは日本文学が誇る一つの形なのかもしれません。この作品はその典型のような気がします。童話作家として有名な鈴木三重吉ですが、初期の頃は普通の小説も書いていまして、その中でもこの作品は最高傑作と言われています。ではどんなストーリーなのでしょうか?これが面白いことにこれといって説明するほどのストーリーはありません。奥さんと離婚した青木という男と、その家にお手伝いさんとして入ったおくみさんという女性との間の、ほんのささやかな心の交わりを描いてあるだけです。大きな事件もドラマティックな展開も何もなし。それなのにこれは群を抜いた名作なのです。日常の何気ない生活の中で静かに静かに時間が流れていく様子を、極めて美しい文章をもって表現しています。そこにある純粋な人の心の交わりを感じて感動しない人は少ないと思います。ストーリーに頼らずに人をひきつけるという作品を書けるというのはよほどの実力がないと無理でしょう。読み終わって「あぁ面白かった」で本棚に置きに行くような作品ではありません。そのまま手元において、ひまひまに取り上げてぱらっとめくったところを読むだけでも心が洗われるような気がする、そういう作品です。是非読んで身近に置いておくことをおすすめします。

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芥川龍之介 「羅生門」

日本で最も優れた短編小説の書き手は誰か?ということを考えるとすれば、絶対に最終選考まで残るのが”小説の神様”志賀直哉と、”知性の鎧を着た”芥川龍之介ですね。他にも優れた短編小説作家は数多くいますが、この二人はちょっと別格の感があります。ただ、どちらも優れているとはいえ、全くタイプが違います。志賀直哉の場合は普段の生活の中において自然体で書かれたという感じがして、読む時にもリラックスして読めますが、芥川龍之介の場合は強く訴えるものがあったり、感性を激しく揺さぶろうとするものがあったりして、読み手をぐっと引きつけはしますが読後はちょっと疲労を感じます。例えばこの「羅生門」を読めばそれが実感できると思います。一般に芥川龍之介の代表作とくればこの作品が最初に思い浮かぶ人も多いでしょう。これは彼が得意とした、歴史から題材をとった「王朝もの」といわれる作品群の一つです。戦乱が続き、飢饉や疫病の蔓延などで荒廃した昔の京都が舞台です。京都のような都には大きな門があちこちにあるのが常ですが、羅生門もその一つとして登場します。実際に京都で大きなお寺の山門などを見ればこの作品の情景がすぐに浮かぶと思います。ここで言う門とは、小さな屋敷の門ではなくそれだけで一軒の大きな家ぐらいの規模のある大きな門です。その二階においてドラマは進行します。人間が追い詰められて限界にきた時、生きるためにやむを得ず行う悪事は果たして許されるのか?そういったかなり重いテーマを扱っています。こういう極限状態における倫理観というのは実際にその状況を経験したことがない者にはとても裁くことができない問題なのかもしれません。そんな深い問題を短いストーリーに凝縮して読み手にどかんとぶつけてくるところがまさに芥川龍之介的なところです。おもしろいけどどっしりと重い名作をお楽しみ下さい。

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