蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

中里恒子 「綾の鼓」

この作品はタイトルの「綾の鼓」の意味がわかれば作品の主旨がおおよそ把握できます。この「綾の鼓」というのは能の世界では有名な作品のタイトルなのです。ある身分の低い老人が、雲の上にいるような高貴な女性に恋をします。とうてい叶わぬ恋ですが、女性は庭の桂の木に鼓をかけて、それを鳴らすことができれば老人の望みを叶えてやると約束します。老人は鼓を鳴らそうとしますが鳴りません。なぜならそれは皮ではなく綾が張ってあったからです。老人は絶望して池に身を投げて自殺します。この老人はその後怨霊となって現れ、女性に鼓を鳴らせとせまります。老人の逆襲ですね。今度は女性のほうが鼓が鳴らずに苦しむという話です。作品の中でもこのエピソードは説明されていますが、予め理解した上で読み進むと作者が何を言わんとしているのかがよくわかります。この作品の場合は男が好きになった女性は人妻でした。二人は深く愛し合いますが、周囲の人間関係を尊重する上ではこれもまた、”いくら努力しても叶わぬ恋”というわけです。鼓は打っても打っても鳴りません。ところがこの二人、絶望することなく大胆な行動に出ます。綾の鼓が鳴らないのであれば皮に張り替えてしまえ、ということで全ての人間関係を捨てて二人でスペインに行ってしまいます。時代が戦争中ということも重なり、二人には様々な苦難が用意されていますが一つ一つ乗り越えて、ついに二人はその愛を貫き通します。鼓を張り替えるほどの強い愛もあるぞというわけですね。ただ、二人の幸せの過程には他の多くの人の不幸や迷惑が土台となっていますので、そのへんはどうなのかという疑問が残るのも確かです。恋愛に対する考え方において賛否両論に分かれる作品ではあります。さてあなたの意見はどちら?是非一読して考えてみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

三島由紀夫 「金閣寺」

「金閣寺」という呼び名は実は通称で、正式な寺の名前は「鹿苑寺」です。その中にあるあの金色の建物のことを「金閣」というので、いつしか「金閣寺」と呼ばれるようになりました。その「金閣」は国宝に指定されていましたが、昭和25年7月2日に、当時大谷大学の学生で鹿苑寺の見習い僧侶だった林承賢(当時21歳)の放火により焼失してしまいます。この作品はその事件をモチーフにしており、三島由紀夫の独自の解釈で犯行の動機を明らかにしています。この事件に関しては水上勉も「五番町夕霧楼」、「金閣炎上」において作品化していますが、犯行の動機においては三島由紀夫の解釈と異なりますので、読み比べてみるのも面白いと思います。主人公(作品の中では林養賢となっています)は病弱で、生まれながらに重度の吃音がありました。生い立ちに不幸を抱えていた彼にとって、美の象徴である「金閣」はその対極にあって憧れの対象でした。そこに己の美学の究極がありました。一方で自分の現実の世界においては、障害を持ちながらも逆にそれを悪用して強かに生きる友人や、愛欲に溺れる住職、彼に過度の期待を寄せる母親など、周囲の環境に救いを見出せず苦悩します。そして彼はついに究極の美を燃やすことによって、長い時を越えてきた儚い美を自らの手で終わらせることによって、それまで自分にとって憧れでしかなかった究極の美を自分だけのものにしようとします。この物語の舞台は戦後間もない頃の日本で、まだアメリカの占領下にあります。その時代背景と、主人公の年齢が性に対する興味も旺盛な青春時代であることがストーリーの奥行きを深めています。三島由紀夫ならではの極めて美しい文章で綴られており、時代を超えて評価され続けています。海外でもよく読まれており、日本人にとっては誇りといえる名作です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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