蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

有島武郎 「カインの末裔」

この作品の解説の前に、まずは旧約聖書の「創世記」第4章にあるカインとアベルの物語について簡単に。カインとアベルは最初の人間であるアダムとイブの子どもです。つまり最初の兄弟です。カインは農耕をして、アベルは羊の放牧をしていました。2人は神様にそれぞれの収穫を捧げます。カインは穀物を、アベルは子羊を供えますが、神様はアベルの供え物しか喜びませんでした。嫉妬にかられたカインは野原で弟アベルを殺します。最初の殺人です。神様がアベルの所在を訊くと、カインは「知らない」と嘘をつきます。神様は怒ってカインをエデンの東へと追放します。(ジェームス・ディーンの「エデンの東」はここからきています。)ここで言わんとしているのは人間には生まれながらにその内部に嫉妬や憎悪を秘めているということです。今生きている人間は全てこのカインを先祖としていますから、要するに人間はみんな罪深い生きものなんだということを意味しています。”カインの末裔”という表現は、人間全体を指しています。人は誰でも罪から逃れられないのだから信仰を持ちなさいということですね。以上のことを前提としてこの作品を読むとクリスチャンである有島武郎のメッセージがよくわかると思います。この作品の主人公は夢を抱いた北海道の開拓農民なんですが、傲岸不遜で乱暴極まりなく、まわりの人に迷惑をかけてばかりでついには村を出て行く羽目になります。誰憚ることなく己が欲するままにやりたいことをやって、それが全てはね返ってきてどんどん追い込まれていくというその姿は、主人公だけの特異な人間性ではなくて、誰でも必ず心理的に持っている醜い部分を象徴しています。完璧にいい人間など存在しない。だからこそ神に祈るべきであるという強烈なキリスト教のメッセージを読み取ることができると思います。短いですがとても深い作品です。

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国木田独歩 「酒中日記」

読み手を笑わせる意図を持って書かれるユーモア小説においては、文章自体も軽妙洒脱にしたほうがより楽しくなっていいかもしれませんが、悲しい物語を書く場合にはシリアスで重い文章にするよりも、逆に冗舌的に書いたほうがその内容がより心の奥のほうに響いてくるような気がします。この作品の出だしを読めば、タイトルも「酒中日記」とあるわけですからきっと酔っ払いの失敗でも面白おかしく書いた日記体の小説なんだろうと思うでしょう。ところがこれが全くシリアスな内容なんです。主人公は日記の中で自分のつらい過去を振り返っていきます。本人は悪人ではないのに周囲に悪人やだらしない人がいたことでその巻き添えを食って、意図しない辛い人生を歩んでしまうというパターンは現実によくある話ですが、この主人公の回想はまさにその典型的な例です。何も悪いことをしたわけではないのにまるで追われる悪人のような心境に陥り、ついには大事な人まで失って、生きていく辛さを身にしみて味わったことを少しずつ思い出しながら書いています。では今はどうなんでしょう?そうやって回想しているからには苦境から抜け出して全く新たな環境で新しい人たちに囲まれて平和な人生を歩んでいるわけなんですが、それでも主人公の中には悲しい別れをしたかつての大事な人の面影が生きており、重荷はまだ肩に残っています。それがわかるのが最後のシーンです。主人公が死の間際につぶやく言葉こそ、彼の持ち続けた懊悩を表現しています。この物語の悲しみは心の奥底にまで達してずっと消えることはありません。これこそ傑作の効果だなと思います。

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水上勉 「雁の寺」

水上勉は個人的にも大好きで、よく買って読みます。本屋で見つけるとほっておけない作家です。それだけ惹かれるのには理由があります。彼の作品は文章表現の見事さで楽しませてくれる上に、ストーリーも読み手を夢中にさせるほど面白いからです。純文学的な表現で、大衆文学的物語を読ませてくれます。そういった両方の魅力を兼ね備えた作家には他にも松本清張や横光利一などがいますが、やはりみんな個人的にお気に入りの作家です。結局えしぇ蔵の目標とする作品のスタイルもそのへんにあるのかなと思ったりしてます。この「雁の寺」は水上勉の魅力を堪能するには最もお勧めの作品です。修行中のある小僧が、お寺で起こった事件に巻き込まれる話ですが、後半の展開が非常に面白くて夢中で読みました。水上勉自身、お寺で修行したこともあり、その時の経験が作品の中に生かされています。しっとりした純文学かなと思わせておいて、最後はハラハラドキドキのサスペンスです。読後の満足感は申し分ありませんでした。全部読んだ直後にもう一度最初から読もうかなと思ったほどです。この作品は昭和36年に第45回直木賞を受賞しました。この作品の成功によって水上勉は大きく飛躍していきます。推理小説として読んでも十分に面白い作品ですが、後に彼は推理小説も残しており、「海の牙」という作品では日本探偵作家クラブ賞も受賞しています。総じて面白さを追求することもできる作家ですので、1冊読めばはまっていく人は多いと思います。ちなみにこの作品には続編がありまして、「雁の村」「雁の森」「雁の死」と続きます。「雁の寺」を読めばきっと全部読むことになるでしょう。

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江戸川乱歩 「D坂の殺人事件」

小学校の頃に明智小五郎と少年探偵団の冒険譚を夢中で読んだ記憶がありませんか?えしぇ蔵の小学生時代には子ども向けにアレンジされた江戸川乱歩の推理小説の全集がよく読まれていました。怪人二十面相などの悪役と知恵比べをする明智小五郎と少年探偵団の活躍に心躍らせたものでした。えしぇ蔵の場合、たまたま町の図書館で見つけて一冊読んだのがきっかけで、それから図書館にあった全集を一冊ずつ借りて読破しました。中学に入って以後は子ども向けではない本来の江戸川乱歩の作品を読んで、これまた興奮しながら読み漁りました。思えば江戸川乱歩の作品とは長いつきあいです。江戸川乱歩以前にも日本には推理小説(当時は探偵小説と呼ばれていました。推理小説と呼ばれるようになったのは松本清張以後です)はありましたが、世間一般にそのジャンルが認識され、今のように文学の大きな一部を占めるに至ったのは江戸川乱歩の功績と言っても過言ではありません。そんな推理小説界の大御所の最初の作品は「二銭銅貨」ですが、あの明智小五郎が初めて登場したのがこの「D坂の殺人事件」です。もっともこの段階ではまだ明智小五郎は探偵を本業とはしていません。素人探偵として事件を解決します。内容としては密室トリックの一種ですが、事件の一番のポイントとなるのは犯人と被害者の間の隠れた性癖です。いわゆる異常性愛が引き起こした事件ということになっています。江戸川乱歩の作品はこういう官能的な部分が多いのも特徴です。怪奇性、官能性などを推理小説に盛り込んで、その幅を広めたことは彼の功績の中でも特に評価すべき点です。この作品で彼の魅力を知って頂いて、是非その膨大な作品群に突入していって頂きたいと思います。

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宮沢賢治 「風の又三郎」

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

この有名な書き出しは皆さんもご存知でしょう。宮沢賢治の作品の中で「銀河鉄道の夜」と並んで最も評価されるのがこの「風の又三郎」です。えしぇ蔵は毎年9月1日になるとこの作品を必ず読みます。この作品のストーリーが9月1日に始まるからなんですが、自分なりにこの作品を読むことで夏が終わって秋が始まるけじめとしています。基本的に同じ作品を何度も繰り返し読むことはあまりしないのですが、この作品だけはもう何回読んだか覚えてないほど読みました。そして読むたびに子どもの頃、胸のうちにあった純粋さが戻ってくるような気がします。何度読んでも飽きない作品です。9月1日の風の強い日に転校してきた不思議な少年は、周りの少年たちに「風の又三郎ではないか?」という疑惑を抱かせたまま、不思議な魅力をもって少年たちを魅了します。そして楽しい思い出をいくつも作りますが、ある風の強い日に突如彼は友達に別れも告げずに去っていきます。その少年が持つなんともミステリアスな雰囲気が興味をそそります。大人も子どもも惹きつける夢のある作品です。この作品は宮沢賢治の死の翌年に発表されました。彼の童話は読み手の年齢を選びませんし、全てを明確にしない不可思議さをうまく現実と絡みあわせることによって、無限大に広がる”夢”を描かせてくれます。読み手の心を豊かにする、いわば心の財産となり得る作品ばかりです。大人も子どもも魅了する彼の童話はまさに日本人の宝です。

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