蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

幸田露伴 「五重塔」

幸田露伴は日本の近現代文学の黎明期においてその発展の礎を築き、尾崎紅葉と並び称されその活躍した時代は「紅露時代」とまで言われた明治の大御所です。この人なくして日本文学の歴史は語れません。物書きにとってはその作品を神棚に飾って拝むべき偉大なる存在です。この人のDNAにはよほど濃く文学に関する才能が記録されていたのか、娘の幸田文、孫の青木玉、曾孫の青木奈緒と文学の世界に子孫を送り続けています。この作品は大御所初期の傑作であり代表作です。文体が古いので若い人にはちょっと読みにくいものがあるかもしれませんが、ストーリーが非常に面白いので入りこめば読み進んでいけると思います。谷中感応寺に五重塔を作るという話が決まった時、腕は確かだが周りに「のっそり」と渾名されている十兵衛は今こそ自分の人生を賭ける時とばかりに寺の上人に自分に作らせてくれと懇願します。この仕事は親方筋にあたる源太が引き受けることになっていたので上人は迷います。己の力を信じる若い主人公十兵衛と、ベテランで実績もある源太の熱い戦いです。どっちが悪いでもない男の意地がぶつかりあうスポーツ的な戦いです。金では動かない一途で誠実な人間がまっすぐに何かに打ち込む姿は本当に清々しいものです。十兵衛の気魄に打たれた上人はこの大仕事を彼に任せますが、五重塔の建築中に大嵐がやってきて、塔は崩れんばかりに揺れます。十兵衛は塔の上に立って命をかけて自分の仕事の確かさを証明しようとします・・・。十兵衛と源太の人間像に反映されているのはまさに作者、幸田露伴の誠実さ、実直さ、真面目さ、ひたむきさだと思います。二人の生き様に注目して読んで頂くと、その向こうに幸田露伴本人の姿が垣間見えると思います。読後が非常に爽やかな逸品です。是非ご一読を。

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椎名麟三 「深夜の酒宴」

一般に椎名麟三といえばキリスト教作家と認識されていますが、それは彼の作家人生における後期の顔であって、初期の頃はそうではありません。彼は様々な職業を経験した上で共産党に入党しますが、昭和6年に逮捕・投獄されます。その時に獄中で読んだニーチェが彼の人生を大きく方向転換します。彼は転向し、釈放された後は文学への道をひた走ります。この頃書いていたのはいわゆる実存主義の観点から書かれた暗くて重い作品でした。「深夜の酒宴」は彼の名を一挙にひろめた出世作ですが、この作品がまさにそれにあたります。では実存主義とはなんでしょう?例えばこういう表現をよくしますね。「Aさんの人間性には問題がある」この言葉をそのまま受け取るなら、まず人間性というなんらかの基準があって、それに照らし合わせるとAさんはあまり評価できないということになります。実存主義というのはこれと全く反対の考え方です。まずはAさんという存在があり、その人の行ないがよくないという事実があります。それを後から人間性という言葉を持ち出してAさんを評価しているわけであり、初めから人間性というものが存在するわけではないというのが実存主義です。現実問題が先でしょ?というわけです。この考え方が戦後の荒廃しきった人々の心に共感を生んで彼は一目置かれる存在になります。この実存主義の考え方にも頷ける部分はありますが、そうなると希望も理想もない世の中になるわけで必然的に心の廃墟を生み出します。ここにおいて椎名麟三も深く苦しみます。そんな彼に救いの手を差し伸べたのがキリスト教です。ついに解決策を見出した彼はそこからまっしぐらにキリスト教作家としてひた走るわけです。いわばこの作品は彼の苦悩の出発点です。椎名麟三の世界に入るならどうぞこの作品から読んで頂きたいと思います。

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与謝野晶子 「みだれ髪」

与謝野晶子という人を語るのは簡単なことではありません。歌人としての彼女の卓越した才能は文学史において燦然と輝いていますが、それですら彼女の一部分でしかありません。世の風潮に左右されることなく日露戦争に出征した弟の身を案じる「君死にたもうなかれ」の詩のように、何憚ることなく己の主張を声を大にして言うその勇気たるや、特に賞賛されるべきことでしょう。そして「源氏物語」を翻訳し古典文学の道へ多くの人を導いたことも彼女の成し遂げた大業の一つです。当時女性が知識を豊富に持つことは不要なことだと思われていた中で、女性の教育の自由を主張したこと、また男女共学を最初に実現させた功績なども忘れるべきではありません。とにかく調べれば調べるだけ彼女の才能、情熱、度量を思い知らされます。彼女の全てについて語ることはとうてい覚束ないので、ここでは作品「みだれ髪」についてのみご紹介します。この歌集はいわば彼女の名を日本全国に知らしめた出世作です。有名な歌が多いので皆さんご存知の歌もあることと思います。
「やは肌の あつき血汐にふれも見で さびしからずや 道を説く君」
「髪五尺 ときなば水にやはらかき 少女(おとめ)ごころは 秘めて放たじ」
当時、この歌集は大変な物議を醸したのですが、その理由は女性の官能について率直に表現していたからです。女性は三歩下がってだの、台所を守ってだの、三つ指ついて、だのと言われていた時代にしてみれば大変な事件です。彼女の活躍はここから始まりました。思えば彼女は日本の女性を目覚めさせるために生まれてきたのかもしれません。エネルギーに満ち溢れたこの歌集がいかに後の世に影響を与えたか、是非読みながら感じてみて下さい。

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山本有三 「路傍の石」

小説には様々なタイプがありますが、皆さん”教養小説”というものをご存知でしょうか?これはドイツにおいて確立されたスタイルで、主人公が逆境をものともせず様々な経験をしながら成長し、自己形成していく様子を描いていくというものです。ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの徒弟時代」や、「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」がそのはしりと言われています。実在の人物をモデルにしたサクセス・ストーリーなどで今ではよく見かけるスタイルです。日本で言えばこの山本有三の「路傍の石」がその典型的な例です。山本有三は東大でドイツ文学を専攻しており、その影響を強く受けているようです。「路傍の石」はドイツで生まれたこの小説スタイルを参考にして書かれとみて間違いありません。山本有三の小説は、強く生きようとする人間への応援であり、挫折しそうな人への励ましです。人間を、人生を、命を肯定しよりよい人間形成を目的とした作品が多いので、このスタイルがまさにうまくはまっています。この作品の主人公、愛川吾一は没落士族の息子で貧乏な暮らしをしていますが成績優秀です。非常に将来を期待される身でありながら、貧乏は進学を阻み、奉公に出されます。こきつかわれて辛い思いをするばかりの毎日ですが、歯をくいしばり頑張り抜こうします。頑張っても頑張っても次々に襲ってくる試練。それでも頑張り続ける吾一。大正時代の作品ですから吾一と自分が重なるような生活をしている人も当時は多かったことでしょう。おそらく多くの若い人がこの作品に励まされたことだろうと思います。作品によって一人でも多くの人が励ましを得るというのは作家冥利につきるでしょうね。実に素晴らしい作品ですから是非どうぞ。

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