蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

井伏鱒二 「黒い雨」

ユーモラスな作品が多いのが井伏鱒二の特徴ですが、では代表作は?となると必ず名前があがるのがこの作品です。一転してシリアスです。テーマが戦争、それも原爆ですからね。ちょっと重いですけど非常に内容が濃くて、構成も文章も申し分なくまさに名作です。原爆に関する作品の中では最高の位置にあると評価する人もいます。ではなぜそこまで高い評価を得たのでしょうか?この作品は野間文芸賞を受賞していますが、選考委員の大岡昇平は、「・・・広島の原爆について、多くの小説やルポルタージュが書かれているが、被爆の惨状をこれほど如実に伝えたものはなかった。作家の眼のたしかさと技術的円熟が、この結果を生んだことは疑いない」と述べています。つまり、この作品の最大の特徴はリアリズムというわけです。被爆した人々の様子だけでなく、影響を受けた自然界の細かい現象に至るまで細かく描写してあります。よほど念入りに取材をしたというのは容易に察することができますが、実はこの作品の成立にはある書物が大きく関係していたのです。それは、重松静馬という人が書いた「重松日記」です。「黒い雨」の内容は6割くらいはこの「重松日記」からとっていると言われています。この日記の存在あってこそ、この名作が生まれたというわけです。「重松日記」自体も出版されていますので、あわせて読まれるとより興味深いものがあると思います。よりリアルに現実を伝えることによって後世の人の戦争に対する警戒心を促すという意味では大いに存在意義のある作品だと思います。作者自身も言っていますが、ルポルタージュ的作品として捉えてもいいかもしれません。国内外を問わず多くの人に伝えるべき名作です。

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川端康成 「雪国」

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」この名文は皆さんよくご存知かと思います。我国に初めてノーベル文学賞をもたらした文豪、川端康成の代表作「雪国」の冒頭部分ですね。名作というのはやはり冒頭の部分が秀逸ですね。川端康成は海外の人にとっては日本の文学、日本の作家を考える上で一番最初に頭に浮かぶ作家ではないでしょうか?ノーベル文学賞に名を残したことがその大きな理由だといえます。日本を代表する作家の代表作である「雪国」を通して、日本という国を連想する海外の人はかなり多いと予想できます。この作品では美しい日本の情景、細やかな心理描写が高く評価されていますが、海外の人に与える日本のイメージを美しいものにしていることは間違いないでしょう。そもそも川端康成は日本の美を追求し、それを多くの人に伝えることを己の使命と考えていた人ですので、狙い通りの効果は十分あげているのではないでしょうか?実に美しい文学作品というイメージが先行しているので忘れられがちですが、実はストーリーも結構面白いのです。主人公の島村は妻子ある男なのに旅先で出会った芸者の駒子といい関係にある。そこにまた葉子という女性が絡んでくる。主人公は一体どこに落ち着くのかと思わせてドラマは徐々に盛り上がり、最後のシーンでドラマティックな結末を迎えるという内容です。海外の人にも受け入れてもらうにはストーリーにも力を置いておかないといけないというのは否定できません。美しく、そして面白く。魅力が多面に渡るからこそ名作なんでしょうね。

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阿川弘之 「軍艦長門の生涯」

個人的に阿川弘之の太平洋戦争関連の作品は大好きです。あの有名な大日本帝国海軍提督三部作「山本五十六」「米内光政」「井上成美」はその人となりを見事に描ききっていますし、太平洋戦争の実態を後世の日本人に伝えるための絶好の資料にも成り得ます。是非読んで頂きたい三冊ですが、その前に読んで頂きたいのがこの「軍艦長門の生涯」です。この作品を出発点として、他の太平洋戦争関連の作品に進んで頂きたいと個人的には思います。この作品は大正から昭和初期にかけて、「大和」が登場するまで日本の連合艦隊の旗艦であった「長門」の物語です。大正の頃に設計が始まった段階から連合艦隊旗艦時代、そして他の戦艦が次々に最期を遂げる中で唯一終戦まで生き残り、戦後にビキニ環礁で原爆実験の標的にされて沈没するまでの長い長い生涯を描いています。その間に日本に起こる様々な事件や、それに伴う世相の変化なども同時進行で描いてあり、結局はその頃の日本の変遷自体を描いていると言ってもいいくらいです。出てくる登場人物も次から次に変わります。それぞれにドラマを残して去って行きます。あの頃の日本人はどういう考えで行動していたのか?これを読むとそれがリアルに伝わってきます。阿川弘之自身が海軍生活を経験しており終戦時には海軍大尉にまで昇進していましたが、彼の中には海軍への深い思い入れがあるようで、終戦時の見る影もない海軍のありさまや、実験艦として最期を迎える長門を描いている部分は寂寞を誘うものがあります。長門の勇姿、海軍の栄光を描きつつ最後に残るのは悲しみであること。そこに我々現代の日本人は何かを感じるべきですね。

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正岡子規 「歌よみに与ふる書」

正岡子規が短歌や俳句の世界において偉大なる存在であることはどなたもご存知だと思います。ではどういった功績で彼は文学史に名を刻んだのでしょうか?極めて優れた短歌や俳句を残したからでしょうか?確かにそれもあります。「柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」「牡丹画いて 絵の具は皿に 残りけり」「をとゝひの へちまの水も 取らざりき」「くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇の芽の 針やはらかに 春雨のふる」などなど、代表作だけを見てもその非凡さは計り知れません。ですが彼の偉大さはそれだけではありません。彼は短歌や俳句に取り組む人たちのために、一つの方向性を示しました。江戸時代までの、形式や言葉遊びに捕らわれすぎたものではなく、感じたことをそのままに、見たものをそのままに、素直に表現したものを良しとしたわけです。それを具体的に書き記したのがこの「歌よみに与ふる書」です。いわば一つの指南書みたいなものです。その内容は非常に過激で、古今和歌集を徹底して批判し、万葉集の心を高く評価しています。具体的に人の作品を取り上げて、ここの表現がだめ、こういうふうに作るべき、と分析批評しています。展開される理論があまりに極端で過激なので賛否両論に別れますが、短歌・俳句を作る人にとって大きな参考になることは間違いありません。つまり彼の本当の偉大さは、自分が優れた作品を残すことよりも、短歌・俳句を志す後世の人々のために明確な道標を残すことを己に課したことにあるのです。そういう意味ではこの作品は、今後無限に続く弟子のための遺言と言ってもいいかもしれません。短歌・俳句が好きな人は絶対に読んでおくべき一冊だと思います。

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国木田独歩 「忘れえぬ人々」

えしぇ蔵は大学生の頃とにかく時間を持て余していたので、その有効活用のために何かチャレンジしようと思いたち、有名な日本の文学作品を片っ端から読んでやろうと決めて本屋に通いつめていた時期がありました。その時に初めて国木田独歩の作品に出会いました。そして大学を卒業して就職試験の面接などで好きな作家を聞かれた時には国木田独歩と答えていました。その後、好きな作家は年齢とともに変遷を重ねていきますが、若い頃の自分にとって国木田独歩は衝撃的な存在でした。特に「武蔵野」、「酒中日記」、「忘れえぬ人々」によってそれは与えられました。皆さんにとって忘れえぬ人とはどういう人ですか?大好きだった人?お世話になった恩人?ずっと一緒にいた人?普通はそういう人を連想すると思います。でも実際はどうでしょう?本当に忘れられない人というのは、ほんのちょっとすれ違っただけとか、一度挨拶を交わしただけとか、意外とそういうほんのわずかの瞬間だけ自分の人生をかすめていった人かもしれません。この作品はそういう人間の脳の隅にこびりついた不思議な印象をテーマにした作品です。この着眼点に人をうならせるものがあると思いませんか?そして作品全体に漂う雰囲気が、読後の印象をまた不思議なものにします。人間の心理の巧みな隙をついてくるせいか、読み終わって数日たってもまだ作品世界が心の中に残ったままでなかなか消えません。若かかりし頃のえしぇ蔵には大きな衝撃であり、いい小説、いい短編の一つの形を提示してくれた作品です。さて、皆さんにはどんな影響を残すでしょうか?

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