蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

里見弴 「若き日の旅」

文学に興味のない人でも「白樺派」という言葉はご存知かと思います。個人の自由や理想、人としてのあり方などをテーマにした、人間賛歌的作品を多く世に出した一派で、1910年代に活躍しました。参加メンバーは、武者小路実篤と志賀直哉を中心に、有島三兄弟(有島武郎、有島生馬、里見弴)、木下利玄、柳宗悦、郡虎彦、長與善郎などで、作家以外にも画家の中川一政、梅原龍三郎、岸田劉生や、美術史家の児島喜久雄もいました。もともと学習院の仲間が集まって雑誌「白樺」を発行したことから始まりました。後に文学、芸術のみならず社会的にも多大の影響を残します。いわゆる日々の生活の心配などとは無縁の、ブルジョア層の若者が始めたことですから、苦労知らずのお坊っちゃんたちの非現実的活動との見方もあります。その白樺派のメンバーである、志賀直哉、木下利玄、里見の3人は明治41年の春に関西方面へ2週間の旅に出ます。この作品はその旅行記です。まだ日本は貧困と戦う時代であるにも関らず、3人は結構暢気に旅をしています。このへんがさすがにブルジョア層のなせるわざかなと思います。3人ともいづれは有名になっていくわけですが、この頃はみんなまだ若く、里見弴にいたってはまだ19歳でした。夢を抱いた若々しさが文章の中から感じられます。3人の愉快なやりとりが非常にユーモラスで、全体的に”青春”を感じる爽やかさがあり、本当に楽しそうな3人が目に浮かんできます。後の世の大物3人も若い頃はこんなにお茶目だったのかと思うと妙に親しみが湧いてきます。読み進んでいくうちに旅愁に誘われますよ。大物作家たちの若き日を垣間見るには絶好の資料です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

島崎藤村 「夜明け前」

「木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」この有名な文章を見たことありませんか?これは島崎藤村の晩年の大作「夜明け前」の書き出しです。芸術的でありながら簡潔。読み手の頭に情景を浮かばせる適確な描写は実に見事です。そんなふうに始まるこの名作は一体どんな話なのでしょうか?簡単に言うと島崎藤村が自分の父親をモデルにして描いた明治維新前後の歴史小説的文学小説です。文字通り日本の”夜明け前”を描いています。幕末から明治を舞台にした歴史小説は山ほどありますが、それらの作品というのはほとんどが歴史上偉大な足跡を残した有名な人が多いですよね。そういった作品を読む時にいつも思うのは、「その頃の庶民の人たちはどういうふうに感じ、行動したのだろう?」ということです。そういった点に着目した作品は意外に少ないですが、この名作はそこをうまくついています。島崎藤村は自分の身近な環境を背景にして、明治を迎える劇的な日本の時代の流れを一般庶民の視線から描こうとしたのではないかと思います。島崎藤村はその溢れんばかりの才能を様々な作品で世に送り出すとともに、様々な苦悩も経験しています。作家として、人として、多くのキャリアを積んだ後に、その集大成であるかのようにこの「夜明け前」に取り組んでいますので、作品の質においては計り知れない水準にあります。まさに日本文学の金字塔的傑作です。正直言ってこれほどの作品が今後の日本の文学界において出てくるとはとても思えません。日本文学への興味の有無関係なしに、日本に生まれたからには是非読んで頂きたい作品です。

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三島由紀夫 「宴のあと」

今の時代、プライバシーの保護が非常に重要視されるようになりました。人間にとって今や命の次に守るべきものと言ってもいいほどの扱いです。個人情報保護法が施行されてからはそれが更に顕著になってきました。ところで皆さん、この「プライバシー」という言葉がいつ頃から世間一般に使われるようになったかご存知でしょうか?実はそのきっかけを作ったのがこの「宴のあと」なのです。この三島の傑作は元外務大臣の有田八郎をモデルとして書かれたもので、政治の世界の熾烈で陰険なライバル争いを描いています。有田八郎はこれに対し、個人のプライバシーの侵害であるということで三島由紀夫と新潮社を訴えます。”プライバシーの保護”と”表現の自由”は真っ向から対立し、結果は有田八郎に軍配が上がります。これが日本で最初のプライバシーの侵害に関する裁判です。この裁判の後から「プライバシー」という言葉は一般に使われるようになります。そういったいきさつがあってこの作品は余計に注目されることになり、三島の作品の中でも特異な位置を占めることになるわけですが、純粋に作品だけを見ても非常にドラマ性が高く、物語の組立も完璧で展開にリズムもあり、読み手を退屈させない面白さを持っています。政治の世界の話ですからライバルを出し抜くためにあの手この手の攻防戦があり、それをかなりリアルに描いてます。現実の政治の裏側を覗くような感じがします。ちょっと松本清張的な雰囲気もあります。裁判のほうは後に和解していますし、今となっては訴えた方も訴えられた方もともに没して、この作品に関する逸話抜きで楽しめるわけですが、過去にそういうことがあったと知った上で読むのもまた一興というものでしょう。

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横光利一 「蝿」

よくいろんな人に「一番好きな作家は誰ですか?」と訊かれますが、これが一番答えにくい質問です。えしぇ蔵は明治初期の坪内逍遥から昭和中期くらいまでの作家ならそれこそ山のように尊敬する作家が存在しますし、一方で古典も好きですし、中国や欧米の海外文学における好きな作家も枚挙に暇がありません。それでも誰か一人と言われていつも答えるのは横光利一です。そしてその時には必ずこの「蝿」に強烈なショックを受けたことを話します。えしぇ蔵にとってはこの作品との出会いは自分の目指す文学の方向性を決める際に大いに参考にしました。この作品が初めて読んだ横光利一の作品であるにも関らず、既に底知れぬ敬意を抱いていました。「こういう作品を書きたい!」という強い欲望は今でも保持し続けています。もしかすると人生を変えた作品となるかもしれません。ストーリーは一匹の蝿の目から見た人間たちのごく平凡な日常を描いています。一体この作品は何を言いたいのだろうと思いながら読み進んでいくと、あっと驚く結末が待っています。そして全部読み終わって後に、この作品の言わんとするところが強烈に脳みそにつきささってくる感じがします。インターネット上でこの作品に関するいろんな感想の中に面白い表現がありました。”この作品は最初は蝿が死、人間が生を象徴しているが、最後にそれが逆転し、蝿が生、人間が死になる。”えしぇ蔵も全く同感です。生と死の表現、そこにこの作品の真髄があるのではないかと思います。非の打ち所のない構成、美しくリズムのある文章、ありありとその情景がうかぶ巧みな描写など、作品としてもまさに完璧と言っていいのではないかと思います。当時の文壇を驚かせたというのもうなづけます。皆さんにはどれくらいショックを与えるでしょうか?是非、お試しを。

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