蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

梶井基次郎 「檸檬」

どの世界においても天才が短命というのはよくある話ですが、日本文学におぃてもその喩えとなる人は数多く存在します。その中の一人が梶井基次郎です。彼は高校時代からすでに肺結核を発病し、苦難の青春時代を過ごします。東京帝国大学文学部英文科に進学し、同人誌「青空」を創刊します。その誌上でこの「檸檬」を発表しました。その後友人である三好達治らの奔走によって刊行にこぎつけて、それを読んだ小林秀雄などに高く評価されて、文壇へと登場します。さぁこれから桧舞台に上がって大いに活躍しようかというところで、肺結核のために死亡します。まだ31歳の若さでした。「檸檬」を含む作品集が刊行されてわずか1年後のことです。だから彼が文壇においてその存在をアピールしたのはわずか1年ほどです。長い日本文学の歴史の中でほんの一瞬ですが強烈に輝いた星が彼です。でもその光は優れた作品によって今に至っても語りつがれています。この「檸檬」の評価は非常に高く、「日本文学史上の奇蹟」とまで賞賛されています。彼の命日を「檸檬忌」というのもこの作品からきています。彼の作風は尊敬していた作家が志賀直哉だけによく似た感じで、私小説のジャンルに入ると思います。ストーリーといっても何が起こるわけでもないんですが、病弱な主人公の心の内面にただよう不安を見事に表現しており、多くの文学作品に触れた人ほど読みながら「これはすごい・・・」と思うのは間違いありません。確かに「奇蹟」とまで賞賛されるに値する作品です。さぁあなたもこれを読んで丸善の本棚にレモンを置きに行きましょう。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

織田作之助 「夫婦善哉」

日本にとって太平洋戦争に負けたことは、日本人の価値観を大きく揺さぶった一大事でした。それまでの日本には独自の倫理観と受け継がれてきた伝統を後世に伝えようという必死な姿勢がありまして、なかなかに新しいものや考え方が受け入れられにくい土壌がありました。それが戦争に負けることによって既成のあらゆるものへの不信感が募り、日本人は方向性を見失います。いろんな分野において新しく導いてくれる存在を探していたのが戦後間もない頃の日本人でした。そんな時代に最も受け入れられた文学が、既成の考え方を打破した無頼派の人々の作品でした。その筆頭が太宰治、坂口安吾、そして織田作之助です。これらの人々の作品は個々に見ていくとほとんど共通性はないので、具体的に無頼派の作品はこんな感じとは説明できません。ただ、新しい文学を作ろうという姿勢や行動が似ているというにすぎません。織田作之助の作品は、大阪を背景に庶民の暮らしの中でのドラマを人情味を含みつつ表現しています。そこにあるリアリティは自然主義のそれではなく、虚構の上にあるリアリティであり、それはまさに彼の目指していた新しい文学の形ではないかと思います。この「夫婦善哉」は織田作之助の代表作です。甲斐性なしのだらしない旦那を、勝気な嫁が折檻しながらも支えてあげて、ゼロの状態から二人で力をあわせてなんとか生きていこうとする、なんとも汗くさいドラマです。苦労して働いてこのままいけばうまくいきそうなのに、ちょっとお金があまれば遊びに行く旦那には読みながらムカつきますけど、そんなところが非常に人間くさくていいんですよね。毎日のばたばたした生活をよくここまで臨場感いっぱいに表現できるなぁとつくづく感心します。そのへんのリアリティを味わいながら読むと、彼としても本望なのではないでしょうか?

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種田山頭火 「草木塔」

俳句はきまりごとが多く、いざ作るとなるとなかなか難しいものがあります。その窮屈さを若干取り除いて作りやすくしたのが川柳だとすれば、すべての枠を取り外して完全に自由な状態になったのが自由律俳句です。思ったように好きなように作っていいわけですからこれなら楽だと思われがちですが、いえいえ逆にそのほうが難しいものです。あらゆる枠を超えて作るからには中途半端なものでは全然ものにならないわけです。ですから自由律の俳人というのは創作能力がかなり優れている人でないと、その”自由さ”の良さを生かすことはできないのです。では誰がその筆頭かといいますと、尾崎方哉と種田山頭火です。どちらも荻原井泉水という俳人の弟子です。この二人の存在によって、自由律俳句はその存在をしっかりと日本文学の中において確立されます。ですから種田山頭火は俳句の世界における偉人なんですが、その生涯は非常に悲惨なものでした。まず子どもの頃にお母さんが自殺。山口の中学を出て誉れ高き早稲田大学文学部に入ったのに神経衰弱で中退。故郷に帰って家業の酒屋をついで家庭を設けてしばし幸せな時期がありますが、その後家業は破産、そして離婚、弟とお父さんは自殺。上京したら関東大震災。ついに自殺しようとして報恩禅寺の和尚さんに助けられて出家。そして死ぬまでの約15年間、放浪しながら俳句を作り続けます。こういう破滅的な人生を経験したことが彼の作品に大きく影響していることは間違いありません。自然でかつ心の奥底に残る俳句はまさに苦しみ続けた彼の魂の叫びだったのかもしれません。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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