蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

武者小路実篤 「友情」

ある男性がある女性を好きになって、親友に仲をとりもってくれと頼んだらその女性は親友の方を好きになってしまって、それに気づいた親友がどうしようと迷うパターンは小説の筋書きとしてはこれまで数え切れないくらい使われたでしょうけど、この人が書くとまた一味違って、なんとも爽やかな雰囲気が心地良いのです。読んでて「あぁ文学だなぁ」としみじみ思える作品です。武者小路実篤の小説は、おそらくこの人の人柄のなせることだとは思いますが、非常に良心的であると言えます。登場人物は常識あるいい人ばかり。ストーリーもどろどろとしたもの、殺伐としたものはなく、しみじみと心に残る優しい作品ばかりです。見方を変えればこういう作品は退屈で、説教くさくて、ブルジョア的な一面があるかもしれません。それは読む人の感性によって見え隠れするものだと思います。確かにこの人の小説ばかり続けて読むとそう思うのも無理はないかもしれません。ですが今の時代において読むのなら、むしろ歓迎されるべき性質のものです。21世紀の現在、売れる作品と言えば過激なもの、奇異なもの、不快な方角から神経を刺激するものが多いわけで、こういう時代にこそシンプルで美しく、人間が本来誰しも持っているはずの心の美しさを再認識させるような作品が読まれるべきではないかと個人的には思います。かつての日本人はこういう奥ゆかしい恋愛を通じて人生を学んだということを現代を生きる我々は知るべきではないかと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

有島武郎 「小さき者へ」

「不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ」この名文を読んだだけでもなんとなく作品の尊さが伝わってきませんか?奥さんに死なれた有島武郎がまだ小さい子どものために残した作品です。涙なしには読めません。本当に読みながら涙ぼろぼろ出てきます。子どもは3人いましたが、3人ともまだ幼くて状況を把握できないので、ことの次第をいづれ成人した子どもたちが見る時のために書き残したものといった形式になっています。これを書いた時点で、自分が自殺することを前提としていたかどうかはもちろんわかりませんが(おそらくまだそれはなかったと推測しますが)、子どもたちが成人するまでに自分もこの世にはいないかもしれないということを考慮にいれて、こと細かに報告するように書いてあります。長男が生まれる時の顛末、母親の発病、療養、そして最後の別れ・・・そういったことが書き記されています。最後は子どもたちに病気がうつらないようにすることと、子どもの清い心に残酷な死の姿を見せたくないという理由で、母親が臨終の時も子どもには会わないと血の涙を流しつつこらえたというくだりは涙で文面がかすみます。そして母親の残した句「子を思う親の心は日の光世より世を照る大きさに似て」で悲しみはピークに達します。最後は子どもたちへ人生を歩んで行く上でのアドバイスを書いています。そこに最初に紹介した箇所があります。親子の絆が希薄になりつつある現代において、親の愛の深さ、大きさ、強さを教えてくれるこの名作は是非読まれるべきではないかと思います。

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太宰治 「駈込み訴え」

太宰治は坂口安吾、織田作之助、石川淳とともに「無頼派」、「新戯作派」と言われる作家で、退廃的な作品が多いことは皆さんご存知のことと思います。マイナス思考でなげやりな生き方を表現するような作品群を読むと誰しもそれに異存はないでしょうが、でも一つだけそこにそぐわない要素が彼の場合はあります。それはキリスト教です。太宰治がキリスト教にどういう関心を持っていたのか、どう捉えていたのか、今では推測するしかありませんが、もしかすると自らの内面の苦しさから逃れる一つの道としてキリスト教に近づいていたのではないかなと思われます。その一端がうかがえるのがこの「駆け込み訴え」です。この作品は聖書に出てくるユダの密告のシーンをユダの一人語りという形で描いています。ご存知のようにユダは主イエスを裏切って、銀貨30枚と引きかえにその身柄を売ります。ユダが自分の激しく混乱する内面を表現するかのように、すごい勢いで”あの人”、つまりイエス・キリストの罪を訴えます。それはまるで自分の罪の重さをごまかそうとするかのように激しいものですが、これは実は自らのイエス・キリストへの激しい愛の裏返しにすぎません。愛しているからこそ必要以上に激しく弾劾してしまいます。作品は訴えるシーンのみで終わりますが、この訴えが発端となりその後イエスがどうなったかは皆さんご存知の通りです。この作品の中でのユダはまさにキリスト教への思いに揺れる太宰治自身ではないでしょうか?個人的にはどうもそんな気がしてしょうがないわけです。太宰治はこの作品を奥さんに手伝わせて口述筆記で一気に仕上げたそうですが、天才の成せる技はやはり常人の理解をはるかに超えていますね。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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