蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

小川国夫 「旅役者」

初めて小川国夫の作品を読んだ時は、えしぇ蔵はぼちぼち自分でも創作を始めている頃でした。そして思いました。「こういう作品を書きたい!」と。この人の文学からは本当に多くのものを学びました。情景描写は簡潔なのに美しく、しかも的確です。無駄を省いた会話はポイントだけをおさえつつもその背後に情感はたっぷりとたたえられて、しかも流れるように自然です。ただストーリーを追うだけなんてできません。あ、今の部分はすごい!と思って何度も読み返す箇所が一つの作品にいくつあるかわかりません。読み終えた後ですら、あの箇所をもう一度・・・と読み直してしまうほどです。それほどに文章の美しさ、完璧さに魅せられてしまいます。それに加えて物語も面白く、静かに展開する雰囲気の中で時折、あ!っと思わせる場面があったり、全体の構成も完璧で一切無駄やむらがありません。ここまで完成された人なら指導もできるのではないかと思ったら案の定、1990年から2005年まで大阪芸術大学文芸学科の教授を勤めており、学生に小説の書き方を教えていたそうです。後悔先に立たずですが、もっと早く気づいていれば絶対に講義を受けに行っていたと思います。あのそつのない創作技術を学んでみたかったです。(小川国夫は2008年4月に亡くなりました。)この旅役者という作品は、巡業中の娘歌舞伎の一座の花形女優に恋をした純粋で朴訥な男の話で、淡々と静かにストーリーは進んでいきますがその中で非常に奥の深いものを感じさせてくれます。なにかしみじみ文学だなぁと感じます。小川国夫を読むように勧めてくれた人も文学者でしたが、まさにこの人は文学者に好かれる文学者です。文学のなんたるかを探求してみたいという方は是非どうぞ。

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林芙美子 「放浪記」

「花のいのちは みじかくて 苦しきことのみ 多かりき」この名文をご存知ですか?昔の日本の女性の苦労を代弁したこの名文はあまりにも有名です。日本の女流作家の大御所とも言うべき林芙美子の代表作「放浪記」は日本文学史に燦然と輝いています。この”放浪”という言葉が林芙美子が作家として成功するまでの人生を象徴しています。自分の故郷がはっきりしないというほどに幼少期から転居を繰り返したりと、実際に”放浪”を体験していますし、何をやってもうまくいかず、貧困の辛さを味わい尽くし、いろんな男に捨てられ、苦労の連続であったその生活もまさに”放浪”でした。一見、救いようのないどん底の人生を、彼女は一歩下がって他人の視線のごとくシニカルに、しかし正面からまっすぐに見つめ、それを彼女特有の寂しさを伴うユーモアを交えて作品化しています。その文章は形式にこだわらない自由奔放なもので、誰がどう批評しようと関係ない、これが私の文学だと言わんばかりの強さが表れています。それはまさに彼女の強い生き様そのままです。自由奔放とはいえ、深く強固な文学的素養の上に築かれたものですからぐらつきのない名文であり、見事なまでの芸術として完成されています。随所に挿入されている魂がこめられた詩も実に見事です。この作品は特に女性に読んで頂きたいですね。この力強い生き方!苦しいことの連続を歯をくいしばって乗り越えていく主人公の姿に、かつての日本人の熱い魂をみることができます。人間どんな状況でもがんばれるんですよね。勇気を与えてくれる名作を見逃してはいけません。「放浪記」には「放浪記」、「続・放浪記」、「放浪記第三部」と三つありますが、これらが一つになった新潮社の「新版 放浪記」がお勧めです。

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壺井栄 「二十四の瞳」

壷井栄は1925年に壷井繁治と結婚します。そして二人の子どもを育てますが、二人とも血縁の兄弟の遺児であり、出産の経験はありません。体質的には子どもに恵まれませんでしたが、こうして遺児を引き取って立派に育てあげたことから推察しても、子どもという存在が好きであったことがうかがわれます。それはおそらく母親から受け継いだものかもしれません。(彼女の母親は11人もの子どもを産みますが、それでもまだ二人も他人の孤児を引き取って育てています。)母親という立場から子どもへと注ぎたい愛情が彼女の内側に満ち溢れていたのだろうと思います。その証拠に彼女の作品にしばしば見られるテーマは”母親の愛情”です。「母のない子と子のない母と 」はその顕著な例です。彼女の名前を不動のものにした大ヒット作のこの「二十四の瞳」もある意味母親の文学です。舞台は昭和初期の小豆島。小さな村の小さな小学校に赴任してきた大石先生と、12人の子どもたちとのふれあいを美しい小豆島の自然を背景に描いています。先生と生徒という関係ではありますが、視点としては子どもを見守る母親のものとなっています。優しく愛情いっぱいに育てた子どもたちが、戦争という悲劇によって運命を左右されていきます。それぞれの子どもたちの行く末を案じる大石先生の視線は完全に母親のものとなっています。つまりはここで表現されているのは子どもに対する大いなる母親の愛情であって、そしてそれを阻もうとする戦争に対する静かなる反抗なのです。暖かい愛情を持った優しい母親、そして子どもを守ろうとする強い母親が見事に描かれています。壷井栄の世界はまさに愛です。「二十四の瞳」は本当に人の心を優しく包み込んでくれる傑作です。

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倉田百三 「出家とその弟子」

倉田百三は自らも宗教生活をしており、宗教文学とは分かち難い縁があります。中でもこの「出家とその弟子」は代表作です。大正5年に犬養健らとともに発行していた同人誌「生命の川」でこの作品を発表しますが、当時の若者に絶大な支持を受けました。その勢いは国内に止まらず、海外へも広がり世界各国で翻訳されました。この作品は親鸞とその直弟子の一人である唯円をモデルにしています。一般に宗教文学のジャンルに分類されがちですが、そう聞くとちょっとひいてしまう人も多いと思います。お決まりの小難しい宗教論があぁでもないこうでもないと展開されて、最後にこれが答えなんだよ、わかった?と言われてもまるで狐につままれたおもいで取り残されるというパターンが多いのが宗教文学ですが、この作品はそれらとは全く一線を画していますからご安心を。宗教文学よりも青春文学に分類するほうが自然なくらい、若者の真っ直ぐな想い、真っ直ぐな行動が清々しく描かれている、正真正銘のラブストーリーです。仏の道を選んだ唯円が好きになってはいけない人(かえで)を好きになってしまいその葛藤に苦しみますが、最後には一つの解決策が与えられ・・・みたいな感じで物語は展開し、面白さはテレビのドラマそっちのけです。それに戯曲形式になっていますので、ストーリー重視で読みやすいです。そうは言っても人間の奥底にあるものを描こうとしていますので非常に深いものがあります。冒頭の「人間」と「顔を蔽いせる者」の会話がそれを象徴しています。ただ面白いだけでは世界中に読まれるわけがありません。やはりその辺に国を問わず共鳴させるメッセージが含まれているのでしょうね。

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大岡昇平 「武蔵野夫人」

大岡昇平は自らの南方における戦争体験をもとにした「捉まるまで」(後に連作形式で書き継がれて「俘虜記」として完成)を皮切りに、次々と名作を世に出します。戦後には同じように自分の戦争体験から発想を得たタイプの作品を書いて文壇に登場する作家が多かったわけですが、だいたいにおいて体験に頼る作家というのはいつかネタがつきて徐々に作品は精彩を欠いていくのが相場です。全くの創作で書いてみると別人のように意外とつまらないものが出来たりするものです。作家の力量というのはやはり全く何もない状態からいかに物語を創造できるか、芸術を生み出せるかで計るものだと思います。大岡昇平の場合はこの「武蔵野夫人」を世に出したことで真の実力を披露し、誰しもが文壇に大岡昇平ありと認めることになります。作品の質としてはなかなかよく出来ているというレベルではありません。それまで日本文学を支えてきた多くの先輩作家たちがこぞって絶賛したほどの名作で、文学史にもしっかり名を残していますし、小説の書き方を学ぶ際にそのお手本として度々取り上げられるほどです。武蔵野の美しい自然の描写が何度も繰り返して読んでしまうほどに素晴らしく、そこで繰り広げられるドラマにおける登場人物たちの心理描写は、ちょっと小説でも書いてみようかと思う人間を叩きのめすほどのクオリティがあります。ストーリーはといえば、まるでお昼にやっている奥様向けメロドラマのような展開を見せますが、この人の崇高な文章表現にかかると低俗にならないから不思議です。やはり名作はそのへんが違います。大岡昇平の名を不動にした名作を是非どうぞ。

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松本清張 「わるいやつら」

松本清張という作家の特徴の一つはその守備範囲の広さです。文学、推理・サスペンス、歴史・・・複数のジャンルにおいて傑作を残しています。その中でも作品の量において群を抜いているのは推理・サスペンスものです。「推理小説」という言葉は松本清張の作品から初めて使われるようになったということをご存知でしょうか?ちなみにそれ以前は「探偵小説」と表現していました。彼の推理小説の特徴は、犯人やそのトリックを暴くことのみに力点が置かれている通常の推理小説とは違い、犯人がその犯行に至った動機にもより筆を費やしていることです。警察・探偵=善、犯人=悪 という明確な線引きは行わず、犯人も好きでそういうことをしたのではない、そうなるに至ったやむを得ない事情があったんだという視点で描いています。本当に悪いのはそういう状況に追い込んだ社会環境ではないのか?という基本理念が底にあります。そういったことから「社会派推理小説」とも呼ばれます。彼の推理小説における大作はそういう体質ものが多いです。ではここで紹介する「わるいやつら」はどうなのか?この作品では一転して、一片の同情も必要ないほどに犯人が悪に徹しています。タイトルの「わるいやつら」というのが内容を実に的確に表しています。ある病院の院長が主人公なんですが、この男には良心のかけらもなく、やりたい放題に生きてついには犯罪を犯します。彼に苦しめられた人々の怒りは爆発し、彼への復讐が始まります・・・結構長い作品なんですがそれにも関らず構成が完璧ですしハラハラさせるストーリー展開なので長さを感じさせません。とにかく面白いの一言につきます。夢中になること請け合いですからお時間ある時に一気にどうぞ。

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谷崎潤一郎 「細雪」

偉大なる作家の偉大なる作品です。もしも外国人に、日本という国を象徴するような日本文学の代表的傑作を教えてくれと言われるなら、まず最初に「細雪」と答えるのは間違いありません。この作品の中には日本の生活があり、日本の自然があり、日本人がいます。美しい文章でつづられたそれらのものは、日本というものを知りたい人にとっては一つのガイドにもなり得るかもしれません。この作品は第2次世界大戦中に中央公論において連載が始まりますが、軍部から「戦時にそぐわない」という理由で掲載を止められます。別にきわどい表現などはないのですが、登場人物たちの住む世界が上流階級で、生活があまりに優雅だったからでしょう。谷崎潤一郎はそれでも秘かに書き続けて、戦後の昭和23年に完成させます。舞台は大阪の船場。財産家の家に生まれた、性格の異なる四姉妹のそれぞれの人生を、移り変わる季節とともに描いています。大阪ですので会話は全て関西弁なんですが、今でこそ全編方言の会話になっているというのは珍しくないですが、当時はこれも話題になったようです。ちなみに谷崎潤一郎は後に関西に移住しますが、もとは東京出身ですから関西弁は苦手なはずです。それでも全く違和感はないのでさすがですね。物語の筋としては、三女の雪子の見合い話を中心として様々な出来事が絡み合い、絢爛豪華な上流社会の姉妹がそれぞれに別の運命をたどっていくというものです。時代の変化とともに優雅な世界が徐々に崩れていく現実を底辺に置いてあり、どこかに悲しみを含んでいるような雰囲気がなんともたまらない芸術性を感じさせます。日本文学史を飾る名作です。これを読まずに文学は語れません。

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泉鏡花 「高野聖」

えしぇ蔵の個人的見解としては、泉鏡花という人の存在があったからこそ日本の文学の可能性がそれ以前よりも広くなったのではないかと思います。この人の作品の特徴はなんといっても怪奇趣味ですね。それと独特の雰囲気を伴ったロマンチシズムです。独特の雰囲気というのは端的に言うと幻想的な世界とでも表現すべきでしょうか。なんともうまく言い表せない摩訶不思議な世界が展開されています。そういった作品全体の雰囲気にしろ、読み手を退屈させない意外な展開を見せるストーリーにしろ、実にオリジナリティにあふれており、それまでの日本の文学を大きく揺さぶったことは事実だと思います。そして後世の作家たちに新しい文学の可能性を示して、日本文学の発展に大きく寄与したと言ってもいいと思います。実際に彼を師と仰いだ人達の中には後の大物が目白押しです。その辺の経緯を知った上でこの人の作品を読むと、偉大なる人物の仕事に触れているという実感がわいてまた感激するものがあります。この「高野聖」は彼を人気作家にし、文壇における地位を確実なものとした作品です。そしていわゆる幻想的怪奇趣味的ロマンチシズムを持った泉鏡花ワールドを象徴するものです。峠をゆく旅の僧侶が、山中に見つけた一軒家に一夜の宿を乞います。そこには妖艶で美しい女性がいました。その女性実は下心ある男性を畜生に変えてしまうという恐ろしい妖怪で、それまでに何人もの男が餌食になっていました。果たして旅の僧侶は無事に朝を迎えることができるのでしょうか・・・?雰囲気とストーリーは読者を強烈に惹きつけます。あなたも泉鏡花ワールドに是非浸ってみて下さい。

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