蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

宮尾登美子 「天璋院篤姫」

実はこの作品は宮尾登美子初の歴史小説なんですが、とても初めてとは思えない完成度です。宮尾登美子の作品というのはこれに限らず実に仕事が完璧でそつがないというイメージがあります。事前の調査・取材が細かく深くなされていて、それをもとに明朗でテンポのよい文章で物事がきちっと表現されています。読む側にとっては非常に読みやすく、わかりやすく、好感をもって迎えられるわけです。おそらく人間的にもきちんとした方ではないかなと拝察します。そういう作家が歴史小説を書けば、こんなに素晴らしいものが出来上がるわけです。また、題材として取り上げた人物が天璋院篤姫というのも興味深いところです。天璋院篤姫は薩摩藩主島津斉彬の養女で、第13代将軍徳川家定の正室だった人です。初めは斉彬の謀略の道具として徳川家に送りこまれます。持ち前の判断力と度胸で様々な難局を乗り越えつつ徐々に周囲の尊敬を集めていきますが、やがては幕末の動乱に巻き込まれ徳川家の最期を看取るというつらい立場に至ります。波乱の生涯を強く生きた女性で、幕末の混乱期において重要な役割を果たしたにも関らず、歴史上の人物としてそれほど取り上げられないことにおそらく宮尾登美子自身、強く不満に思ったから筆をとったのではないかと思います。揺らぐことのない強い信念にそって行動する女性という意味で、宮尾登美子と天璋院篤姫の両者のイメージがえしぇ蔵の中では重なります。歴史を動かして来たのは男だけではない、その影には常に苦しみに耐える女の姿があったことを決して忘れないで欲しいと強く訴えられた一冊でした。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

火野葦平 「糞尿譚」

兵隊三部作でその名を文学史上に残す火野葦平なので戦争文学の作家というイメージが濃いですが、彼が文壇にデビューするきっかけになった作品はこの「糞尿譚」で、これは戦争文学ではありません。彼は昭和12年に日中戦争に応召しますが、この作品はその前に書かれていました。それが第6回芥川賞を受賞したというのを戦地で知ります。戻ってきて受賞式というわけにもいかないので、小林秀雄がわざわざ現地まで行って授賞式を行ったそうです。この出来事は彼を一躍有名にし、陸軍においてもその文筆の腕を買われて報道部に転属になります。そこから軍部とのつながりが強くなり、戦後は戦犯作家というレッテルを貼られますがそれは避けられぬ状況からそうなったわけで、彼が個人的に好戦的であったとか軍に積極的に協力したというふうに簡単に判断するのは間違いだと思いますが、まぁそのへんの問題は今回はさておき、この「糞尿譚」では戦争は関係していません。トイレの汲み取りを商売とする主人公が、市の指定の業者として一生懸命に働いて、なんとか生活をよくしようと必死になる姿を描いています。ライバルの嫌がらせにあったりして、なかなかうまくいかないくやしさが伝わってきます。きっと独立して何かの商売をしたことがある人ならこの気持ちは本当によくわかると思います。夢を抱いて一生懸命走り回っても、次から次に問題が発生して足止めをくらい、なかなか夢への階段を登れない歯痒さ、苦しさ、辛さ、それらの積もり積もったものがついにラストシーンで爆発します。全体的にきちんとまとまって無駄のない優れた作品です。デビュー作からこれですからその非凡さを証明しています。

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安部公房 「無関係な死」

想像してみて下さい。もしあなたが一人暮らしをしてるとして、仕事から帰って来たら部屋に死体があったなんて。しかも全くの見知らぬ他人の死体がですよ。どうしていいか混乱しますよね?もちろん警察に電話するでしょうけど、当然その死体との関係とか訊かれるでしょうし、帰って来たら死体があったなんて変てこな話を信じてもらえるかどうか不安ですよね?この作品はまさにそういう立場になった主人公が、さぁどうしよう、どうしよう、とあたふたしている間に時間が経過し、どんどんまずいことになっていくという話です。安部公房の作品でいつも思うことですが、本当にこの人ほど発想のユニークな作家はいませんね。摩訶不思議な世界を、有り得ないシチュエーションを、奇妙奇天烈なストーリーを考え出す才能はまさに天が授けたギフトでしょう。そして彼の作品によく見られるのは、現在のシチュエーションのみに焦点が絞られており、どうしてそうなったのかという過去の経過は全く無視されているということ。この作品でもそれは言えます。どうしてそういうシチュエーションになったかは全く究明されません。なぜそこに死体があるのか、誰が置いたのか?自殺なのか他殺なのか自然死なのか?この死体は誰なのか?死体と主人公の関係は何なのか?それらのことには一切触れることなく、ただ現在のシチュエーションのみ時間の経過とともに描かれていきます。原因よりも現象そのものに焦点を置く方法は読み手にとってはインパクトもあり、またわかりやすいです。そういう点も外国でうける理由の一つかもしれません。さぁ主人公はこの死体を一体どう処理するのでしょうか?

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谷崎潤一郎 「蓼喰う虫」

さぁ、大御所の妖しい世界へご招待。谷崎潤一郎の作品の中には耽美的、官能的なものが多いのは周知のとおりですが、彼の場合それが人間の深層心理に絡んでいるので単なるエロ小説のそれとは一線を画しています。そしてそこに彼お得意の美意識が盛り込まれて、芸術となっているわけです。谷崎潤一郎ファンがその作品に魅了される理由の一つとして、彼の描く官能の世界が多面的で深いということがあげられるのではないかと思います。この作品のストーリーは、ある夫婦が性的な不調和からお互い了解のもとに浮気をするというもので、そこには憎しみがあるわけではなく、うまくいかないお互いへの諦めがあります。そして労わりあう情があります。世間体もあるし、親戚一同への言い訳の面倒さもあるしで、二人は表面的には夫婦であることを続けますが、実際はそれぞれ好きなように行動し、いづれ来る別れの時を待ちます。いわゆる仮面の夫婦ですね。今では実際にそういう夫婦も多いので、小説のネタとして珍しくもなんともないし、また現代でこのネタで書いても実にありふれたエロ小説に落ちる危険性もあるので評価される作品に仕上げるのは難しいでしょうけど、彼の場合は発表された時代的にも衝撃的な内容ではあるし、そこに描かれる情景の美しさや会話の見事さに大御所ならではの力量が発揮されているので文学史上に名を残す名作となったのではないかと思います。妖しくも芸術的な谷崎ワールドを体感するには持ってこいの1冊です。同系列の「卍」や「痴人の愛」などもあわせて読むことをオススメします。

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小川未明 「赤いろうそくと人魚」

小川未明とくれば童話ですね。非常に多くの童話を残しています。まさに日本児童文学の父であり、日本のアンデルセンと呼ばれるにふさわしい人です。師匠は坪内逍遥なんですが、彼が大正15年に今後は童話しか書かないと宣言した理由は師匠に小説家としての才能の限界を指摘されたからという説があります。本人聞いた時はがっくりしたことでしょうが、彼が児童文学で大きな足跡を残したことを思えば師匠の指摘はいい結果を生んだというべきでしょうね。彼はまさにその生涯を童話に捧げます。ただ、その作品の特徴としては多くの子どもに読んでもらうために書いたにしてはちょっとシュールな部分もあり、幻想的な部分もあり、ストーリーよりも芸術性を追っている部分もあり、全体的に大人が読んだほうが楽しめるのではないだろうか?という印象を受けます。実際、えしぇ蔵が読んだ時には、童話というより文章の芸術だなと思いました。一般的な童話というのは子どもに夢を与えると同時に、どこか教訓めいたものが含まれており、子どもの教育に役立たせるための要素があるものですが、小川未明の童話は皮肉な結果に終わったり、ものごとをシュールにとらえる面があったりして、おそらく子どもには訳が分からないのではないかと思える作品もあります。そういう意味で是非大人の人に読んで欲しいと個人的には思います。この作品は人魚が人間の暮らしにあこがれて、あるろうそく売りの老夫婦のもとで暮らす話ですが、この老夫婦は金に目がくらんで、かわいがっていた人魚を売るんですよ。ね?シュールでしょ?さぁ売られた人魚はどうなるのでしょう?芸術的でおもしろい童話を是非お楽しみ下さい。

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