蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

寺田寅彦 「柿の種」

寺田寅彦は人間的に非常に面白い人です。本業は物理学者で、東京帝国大理科大学教授であり、様々な研究結果によって物理学史上に名を残し、その特異な研究は「寺田物理学」と呼ばれるまでになりました。研究の対象は地球物理学のようなスケールの大きなものから、身の周りのなにげない現象にまで多岐にわたっており、そういった面にも彼の人間性の一部を垣間見ることができます。そんな彼のバイタリティは物理学だけにはおさまらず、全く畑違いの文学にまでひろがっていきます。友人でもあり師匠でもある夏目漱石との出会いが彼の文学への目覚めのきっかけでした。そして随筆や俳句などにおいて優れた作品を残しました。随筆のネタの中には物理学のことも頻繁に登場し、文系と理系が仲良く同居した独特の作風は彼ならではのものであり、批評家の間ではその点が高く評価されているようです。この「柿の種」は、俳句雑誌「渋柿」に連載された短文を一冊にまとめたものです。どれもポイントだけにしぼった簡明でかつ内容の濃い短文で、読後に深い余韻を残すものばかりです。テーマにも文章にも心休まる優しさがあり、読者を憩わせてくれます。ちょっと一息つきたい時にぱらぱらっとめくって読むのに最適な作品です。そしてやはり文章の中に知性からくる品を感じます。聡明な印象を受けます。曖昧さがなくきちんとした構成はやはり一つの答えを導くために条件を揃えて証明していく理系的な発想からくるものなのでしょうか?どこか他の作家とは違う明確さのようなものがあります。物理学者の生み出した文学がどういうものか、是非皆さんにも味わって頂きたいです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

鶴田知也 「コシャマイン記」

アメリカ大陸においては先住民であるインディアンとヨーロッパからの開拓民との間での争いは西部劇などで描かれて誰しもご存知の通りですが、そういう争いが日本でもあったことは意外と知られていません。北海道のアイヌ民族がそうです。先住民であるアイヌ民族は和人に対して何度か武力蜂起しています。強力なリーダーの出現により、反乱が試みられたわけですが、コシャマインもそういったリーダーの一人です。こういうふうに書くと、ではこの作品は権力に対抗して戦う男の姿を描いた熱き物語かなと思われそうですが、実はちょっと違います。この物語のはじめではコシャマインはまだ赤ちゃんです。母親と側近によって守られながら、数々の難を逃れていくうちに成長していきます。やがて立派な男となりさぁこれからという状況になったところで、読み手としては和人への組織的な反乱を予想しますが、実際はちょっと違う展開になります。意外な感じで予想を裏切られるのが実に新鮮です。そういう点が他にはないオリジナリティなのかもしれません。この作品は第3回芥川賞を受賞していますが、なるほどそうあっておかしくない非凡な佳作です。作者の鶴田知也は福岡出身なので一見北海道とは縁遠いように思えますが、一時期北海道に渡って働いた時期があります。労働組合運動に参加したり、日本社会党に入党したり、日本農民文学会や社会主義文学クラブなどの発足に貢献したりと、プロレタリア作家的な一面がありますが、この作品における構図も実は資本家と労働者の戦いに置き替えれるのではないかと思います。単なるアイヌの英雄の物語ではなく、その裏にもっとたくさんのメッセージが含まれているように思える名作です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

北条民雄 「いのちの初夜」

北条民雄。絶対にこの人は紹介すべき人です。文学史においてはほんの一瞬キラッと光っただけの、流れ星のような存在でしたが、その悲しい人生を反映した作品は珠玉の名作です。彼は大正3年に父親の勤務地だったソウルに生まれます。その後徳島で育ちますが昭和8年、結婚した翌年にハンセン病を発病してしまいます。離婚し家族とも離れて昭和9年に全生病院というハンセン病患者用の病院に入院します。なぜか彼にはこういう悲しい運命が用意されていました。ハンセン病患者の多くがそうであるように、彼も何度か自殺を試みています。そんな彼を支えた大きな力は文学でした。彼は全生病院に入ってから後、その体験をもとに作品を発表します。この「いのちの初夜」は、全生病院に入院した最初の日の出来事をもとに描かれています。いわゆる文学におけるリアリズムというものがこの作品ほど読む側に強く響くものは少ないのではないでしょうか?病院の入口で入るかどうか迷う場面から始まり、中の様子を見てすぐに自殺しようと外に出てしかし失敗する場面、同じハンセン病の仲間の状態・・・リアリズムによって細かく描写された悲しい情景は、非常に重いものを読み手に投げかけてきます。ただその状況を見ただけの者にはここまでは書けないと思います。そこに描かれた人々と同じ立場であり、同じ目線を持った彼だからこそ成し得たものではないかと思います。リアリズムの傑作を残した彼でしたが、昭和12年に結核で亡くなります。わずか23年の生涯です。短くともその人生を作品によって輝かせたことは間違いありません。

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久米正雄 「父の死」

久米正雄は早くから才能を開花させた天才型の作家です。東京帝国大学文学部で学ぶという大物作家のお決まりのコースを経て、夏目漱石に弟子入りします。その頃に芥川龍之介や菊池寛と知り合ったことが、彼の才能とともに文壇の重鎮となっていく上で大きく働いたことは確かだと思います。師匠の夏目漱石が亡くなった後、その娘筆子に熱烈なる恋をして結婚を申し込みますが、筆子は松岡譲が好きで、ここに出来上がった三角関係は文壇史の上に一つのスキャンダルを残します。このへんの経緯は書き出すときりがないですし、久米正雄自身「破船」という作品に書き残していますのでそちらを読まれることをお勧めします。結論だけ言うと、すったもんだの挙句松岡譲に負けるわけで、彼の青春時代のドラマは全く小説顔負けといったところです。この作品は彼がまだ学生の頃に第四次「新思潮」の創刊号に掲載された作品です。彼が実際に7歳の時に経験した実話を元に書かれています。主人公の父親は小学校(女子部)の校長先生でした。非常に厳格で、職務に忠実な真面目な人でした。ある日の夜中に小使いの不注意から学校が火事になります。火勢が強く消し止めることができません。父親は御真影を燃やすわけにはいかないと火の中に飛び込もうとしますが、まわりに止められます。そして翌朝には全てが灰になっていました。当時、御真影(天皇の写真)というものは何よりも尊いものとされていましたので、父親の心痛は計り知れないものでした。責任を感じた彼はなんと割腹自殺をします。駆けつけた友人であり元藩士の老人が父親の左腹部の傷を見て、「さすがは武士の出だ。ちゃんと作法を心得ている!」と褒め称えます。壮絶な最後をとげた父親ですがこの一部始終を久米正雄は7歳の時に目の当たりにし幼心に深く刻まれ、後にこうして作品となったというわけです。まだ武士道が残る明治の日本を垣間見ることができる作品です。

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荒畑寒村 「艦底」

社会主義文学、労働者文学を語る上で絶対に欠かすことのできない偉大なる存在である荒畑寒村にとっては、小説家という一面はその広大な活動範囲の一部にしか過ぎません。小説家としてよりも社会主義者、労働運動家としての彼を知る人のほうが多いかもしれません。その生涯はまさに社会への献身に貫かれています。若い頃に横須賀の海軍工廠で働いていましたが、その時に初めて労働運動に参加し、その道への第一歩を記します。この時はまだ10代です。それから幸徳秋水などによって発行されていた「平民新聞」に参加します。1908年の赤旗事件ではご他聞に漏れず牢獄生活も経験しています。その後は大杉栄と「近代新聞」を創刊したり、日本社会主義同盟や日本共産党の創立に参加したり、「労農」を創刊したりと、まさに日本の社会主義運動の歴史そのままの人生を辿ります。戦い抜いた生涯です。非常に凄まじい生き様を見せてくれました。この作品は彼が社会主義運動に目覚めた横須賀の海軍工廠時代の経験をもとに書かれた非常に短い小品です。主人公は巡洋艦の艦底で棚の鉄板を取り付ける穴を開ける作業に従事しています。窓もなく空気のよどんだ”穴蔵”の中で栄養失調によって脚気になった足をひきずりながら働いています。主人公は健康診断において、脚気であることと心臓が弱っていることがわかりますが、軍医長によって肺でないなら大丈夫とあっさりと片付けられてしまいます。友人に到ってはさらにひどい状態で、「こんな体をしてよく生きているナ」とまで言われます。そういう状態にまで追い詰められた人々の労働によって巡洋艦は作られ、戦争が行われるわけです。この作品は単なる労働者の悲劇だけでなく、その捧げられた労働の結果が戦争に使われるという虚しさをも訴えています。短いですが実に訴えるものが多い名作です。

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