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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

葛西善蔵 「湖畔手記 」

若い頃は私生活がだらしなかった作家の私小説的作品を読むと、主人公に対して憤りを覚えたものでした。私小説なのでストーリーはほぼそのまま作家の人生だったりするわけですが、この作家が自分の友人だったら絶対に許さないなんて思いながら読んだものでした。今思えば若かったんでしょうね。人間すべてまっすぐに生きるべき、そうでない人間とは距離を置くべき、みたいな信念をまだ持っていたんでしょうね。歳を重ねると人生というものは様々な要因の複合体であり、他人の人生や生き方を批判するなどは自己中心的価値観の押しつけにすぎないということに気付きました。まして作家の人生とその作品を一つにして評価するべきではなく、芸術とは須く作品そのものを独立したものとして評価すべきということも学びました。荒んだ生活の中で書かれたものには傑作が多いというのは文学の世界ではよくある話です。また作品のために敢えてその境地に自分を置くという作家も少なくありません。ですから文学作品と向かい合う際には一種の作法のようなものがあるのかなと思っています。今ではこの作品も主人公に憤ることなく、芸術として楽しむことができるようになりました。主人公は故郷に妻と子がいながら東京にも愛人がいます。やがてその愛人にも子どもができます。そういう状態でいながらどちらも心底愛してるわけではありません。そんな自分勝手な人間の自分勝手な生活を描いた作品です。葛西善蔵がこういう作品を敢えて書いた心境などを考えながら読んで頂ければと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

葛西善蔵 「子をつれて」

古今東西、極めて優れた作家というのは必ず不幸を背負っていました。裕福な家庭に生まれ何不自由なく成長し、順調に優れた作品を発表して多くの人に惜しまれながら幸福な生涯を閉じたという作家で文学史に名を残した人がいればどうぞ教えて下さい、と言いたいくらいそういう人はまずいません。これはなぜでしょうか?同じことが画家や音楽家でも言えます。人間の脳は懊悩することによって思わぬ創造力を発揮するようなしくみになっているのでしょうか?よく精神を病んだ人と天才とは紙一重だと言いますが、あながち誤りではないのかもしれません。苦しみぬいて精神に異常をきたした時に名作を生んだという人は珍しくありませんからね。葛西善蔵はどん底の生活の中で苦しみぬいて、それをそのまま小説として残すことによってしっかりと文学史に名を残しました。しかもこの人の場合は自らそういう境地に堕ちていった面もあります。文学のために敢えてそういう道を選んだのかもしれません。この作品はそんな彼の堕落した生活から生まれた名作です。まさに葛西善蔵の独壇場とでも言うべき、頼りない男が右往左往しながらだらだらと生きていくパターンの作品で、読んでいてあまり気持ちのいいものではありません。でもこの世界は葛西善蔵が作り上げた「心境小説」ならではのもので、文学史においては非常に高く評価されています。大正の終わり頃から昭和の初めくらいまでは特に賞賛されていたようで、「純文学の象徴」とまで言われていたそうです。葛西善蔵が死んだ時は、「日本の純文学が滅んだ」と言われたということですからよほど文壇にも影響を与えていたことでしょう。宇野浩二は「日本人の書いた、どんなすぐれた本格小説でも、葛西善蔵が心境小説で到達した位置まで行っているものは一つもない」と言っているほどですからいかに素晴らしいものであるかがわかります。彼がどん底で何を見たのか、どんな心境に達していたのか?是非この作品で確かめてみて下さい。

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葛西善蔵 「遊動円木」

葛西善蔵を語る場合にはまずその破滅的な生き方が注目されます。常に貧乏の極地にいて、家族や友人に迷惑かけまくりの生活の中で浴びるように酒を飲み、(その酒量のすごさは半端じゃありません!)酔っ払った状態で極めて優れた作品を生むわけですから、天才ってのは何を考えているかわからないものです。そういういわば”ろくでなし”状態を保つことと同時に、彼の特徴として言えるのは友人を作品のモデルにすることです。それも平気でボロクソに書いたりします。当然友人は怒りますよね。いわばだしに使うわけですから。そんなことを繰り返すうちに友人も離れていきます。この作品もそういういわくがついてるので、そのへんを知った上で読むとまた興味深いです。内容としては主人公が奈良にいる友人夫婦のもとに一週間ほど遊びに行って、ある夜に夫人が公園の遊動円木に上手に乗ってみせるというこれといった起伏のない話なんですが、その友人というのが広津和郎のことらしいのです。友人は作品の中でも自分を小説の中で悪く書いたと抗議するシーンがあり、主人公は弁明しています。つまりはこういう諍いを葛西善蔵と広津和郎は度々やってたようです。葛西善蔵の臨終の時にも広津和郎は枕元で難詰したということで、結局和解せずに終わったようです。小説のモデルにされて、悪く書かれた人は広津和郎だけではなく、友人間でもあまり好かれてなかったようです。天才にとっては生活も友情も作品の材料にすぎないということなんでしょうかね?

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