蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

円地文子 「菊慈童」

円地文子は文化勲章も受賞した女流文学者の中の重鎮ですが、若い頃はその小説がなかなか評価されず苦労しています。世に出たのは劇作家としてであって、その時代が結構長く続きますが、人生も後半に入って華開きます。女流文学賞や野間文芸賞を受賞してからは怒涛の勢いという感じで傑作を次々に世に送り出しますが、惜しくも1986年に81歳で亡くなります。死の前日まで口述筆記で小説を書いていたそうです。その彼女の最後の完成された長編がこの作品です。いわば円地文子の文学人生集大成という感じです。人生と同じく作品も円熟しきっており、余裕すら感じられます。様々な日本の伝統・文化に造詣の深い彼女の知識がふんだんに盛り込まれているのも魅力です。テーマは「能」ですが、「日本画」も「石仏」もからんで、作品の幅を広げています。タイトルの「菊慈童」というのは能の演目の一つで、作品の中では八十歳を過ぎた能役者がこれを演じようとしています。その昔、周の穆王に愛された美少年がある過ちを犯して流罪になります。その流罪先で毎朝欠かさず法華経の中の二句の偈を唱えていました。そして偈を忘れてはいけないからと菊の葉に書きつけました。その菊の葉にたまった露が流れ落ちて川に入ったところ、川の水が天の甘露の霊薬になりました。少年が喉が渇いた時にその川の水を飲むと不老長寿を手に入れ、八百年以上も少年のままの姿を保ちました。少年は八百年後に魏の文帝にその偈を献上し不老長寿の水もすすめる、という話です。この話にはいくつかアレンジされたものがありますのでストーリーが若干違うものもあります。つまりこの「菊慈童」という演目を取り上げているところにこの作品のテーマがかぶっているというわけです。人生の終焉を迎えた人たちの最後の輝きを表現しようとしています。この作品は彼女にとっても最後の大舞台だったと思います。消える間際の灯火の見事な煌めきを見るような、そんな哀れと力強さを感じさせてくれます。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

円地文子 「女坂」

男は世の中のために何か大きなことを成し遂げて、それで財を築いて一家を成すべきだという風潮は日本の社会において昭和の前半ぐらいまでしっかりと残っていました。これは気概ある男を育てるという意味では非常にいいことだったのではないかと思いますが、それと同時に必要性を疑いたくなる風潮も伴っていました。それは成功した男は妾を持って当然というものです。妾を囲っていることは当時一つのステータスでした。立派な男としての証のようなものでした。えしぇ蔵の父方の祖父は、曽祖父が築いた財産を引き継いだおかげで町ではある程度のステータスを誇っており、ちゃっかり妾もいました。えしぇ蔵が子どもの頃、友達の家にはおばあちゃんが2人しかいないのに、どうしてうちには3人いるのだろう?と不思議に思った記憶があります。(ちなみに曽祖父の築いてくれたものは祖父の蕩尽により父にはほとんど伝わりませんでした。)男にしてみれば勝手し放題でいいでしょうが、周りの家族にはたっぷり不幸を味あわせることになります。特に正妻にとってはただ辛いだけの人生をひたすら耐えて生きていかなければならないという現実がありました。この作品はささやかな家庭の幸福というものを得ようとしても得られなかった一人の女性の生涯を悲しく描いています。主人公は夫の辛い仕打ちの繰り返しに憎しみを覚え、距離を置くようになります。そしてついに主人公には最後まで家庭的幸福は訪れませんでした。円地文子がその力量により、そんな苦しみに耐える女性の姿を見事に描いています。これほど細やかに女性の内面的葛藤を描ける人というのもそういないのではないでしょうか?文章がまた秀逸です。高度に芸術的な文章なのに読みやすい、まさに円地文子の本領発揮という感じです。この作品を通じて、当時の耐え忍ぶ女性の実態を知るというのも一つの学びになると思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

円地文子 「小町変相」

円地文子の文章は個人的に非常に惹かれるものがあります。美しくて品があり、わかりやすくてかつ知性が香っている、とでも表現しましょうか。単に美しいだけだと文章は平面的なものになります。正面から見ると魅了されるけど、ちょっと角度を変えてみると何も見えない、うわべだけの美しさになります。それをぐっと深いものにするのは知性と熱意です。この点においては円地文子はまさにお手本のような人です。とにかく作品で取り上げたテーマに関する徹底した調査、そこに築き上げられた磐石の知識、それがしっかりと根をはっているので、その枝に華麗に咲き誇る花を安心して楽しむことができます。しかもその美しさには知性はあっても難解さはありません。ここが見事なところです。知的な文章はどうしても難解さを伴ってしまうものですが、彼女の場合は読み手にあまり負担をかけません。その上で更に上品さを醸し出しているわけですから、多くの人が魅了されるのも不思議ではありません。”安定した実力”というものを感じさせる作家の中の一人です。この作品はある老齢の女優が小野小町を舞台で演じるまでのいきさつを描いたものです。老齢に到っても日本の美人の代名詞である小野小町を演じることができるか?女優としてのプライドを描く一面で、その脚本を書くことになる人物の、長年に渡るその女優に対する恋愛感情が作品にいかに花開くか、そういったドラマが展開されます。途中、小野小町に関する論文のような箇所があり、円地文子の歴史的、文学的知識の恐ろしいほどの深さをまざまざと見せつけられます。作品という形を装って自らの小野小町論を展開しているかのような印象を受けます。この辺が作品に深みを持たせている一つの要因だと思います。単なる人間ドラマに終わらない、広くて深い作品です。実に見事です。脱帽のほかありません。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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