蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

武田泰淳 「異形の者」

あるお寺に修行僧として入った主人公が、仏教の真理を究めようというのではなく、或る意味少し冷めた感覚で宗教のなかにあるものを探ろうとします。人々が信仰の対象としている「神」や「仏」を「気味のわるいその物」ととらえ、シニカルに解釈している主人公の姿は、読む側に大きな疑問を投げかけています。最後の場面で、主人公は仏像に向かってこんな言葉を投げかけます。「……俺もこうしてあなたの前に座っていると、馬鹿らしいとは考えても、何かしら本心を語りたくなるのだ。あなたは人間でもない。神でもない。気味のわるいその物なのだ。そしてその物であること、その物でありうる秘密を俺たちに語りはしないのだ。俺は自分が死ぬか、相手を殺すかするかもしれない。もう少したてば破戒僧になり、殺人者になるかもしれないのだ。それでもあなたは黙って見ているのだ。その物は昔からずっと、これから先も、そのようにして俺たち全部をみているのだ。仕方がない。その物よ、そうやっていよ……」この言葉の中にある「気味のわるいその物」に対する思いは、宗教において迷いを抱いたことがある人なら共感するものがあると思います。人には知ることができないその正体に対して抱く不思議な感覚が、うまく表現されているような気がします。いろんな意味で非常に深い作品です。武田泰淳自身もお寺に生まれ、そして修行の経験もあるので、ここまで絶妙な表現となったのではないかと思います。傑作の呼び声高いですが、さもありなんというところです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

武田泰淳 「ひかりごけ」

ちょっと重いテーマの小説です。う~ん、重いです。覚悟はいいでしょうか?この作品はですね、カニバリズムがテーマです。つまり「食人」ですね。飢餓の極限状態に置かれて、ついに許されざる一線を越え、人を食べてしまったといういきさつを描いた問題作です。1944年に北海道で実際に起こった事件をモチーフにしています。日本陸軍が徴用した船が知床岬で難破します。極寒でかつ食糧もない最悪の状態に置かれ船員は死んでいきますが、その死んだ船員の人肉を船長が食べたことが後で発覚し裁判になります。「食人」で人が裁かれるのは初めてで適用する法がないので、死体損壊ということで懲役1年の実刑となっています。武田泰淳がこの事件をモデルにしたので、事件の名前自体「ひかりごけ事件」と言われています。ここで注意して欲しいのは、この作品は実際にあった事件の記録ではなくあくまでそれをモチーフにした架空の話であるということです。内容をそのまま事実と認識しないようにくれぐれもご注意下さい。前半の部分がいかにも作者が現地で事件を調査したというドキュメンタリー風に描かれているので、非常に誤解されやすいですがあくまで創作ですので。作品の後半は2幕に別れた脚本になっています。1幕目は事件の現場です。船員たちと船長の会話がリアルで、極限状態の緊張感が伝わってきます。2幕目は船長が裁かれる法廷です。船長と検事の会話の中にこの作品の真のメッセージが込められています。人間が極限状態において犯したくない罪を犯してしまった時、一体誰がそれを裁きうるのか?少なくともその状態を知らない同じ人間にはその権利はないのかもしれません。重いですが是非読んで頂きたい問題作です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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