蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

井上靖 「敦煌」

敦煌文書の一件をご存知の方なら、この敦煌という街の名前には大いに浪漫を感じるだろうと思います。中国の甘粛省の北西部にあるこの街は、古代からシルクロードの分岐点として栄えた街で、東西の文化が交差していました。仏教が盛んで、岩を彫って作る石窟寺がたくさんあることで有名です。西暦1036年に西夏という国がこの街を支配下におくために進出してきました。恐れる住民たちの間に西夏は仏教を弾圧するという噂が流れます。そうなると大事な経典などが焼かれてしまうにちがいない、それは大変だということで、大慌てで石窟寺の中にある耳房とよばれる場所に経典を入れ、上から泥と漆喰で塗りつぶして壁のようにして隠しました。ところが実際には西夏も仏教を重んじていたので弾圧などはなく、隠した経典もいつしか忘れられてしまいましたが、1900年にひょんなことからこれが発見され、大騒ぎになりました。中国には印刷技術が確立される前の文書はほとんど残っていなかったのに、敦煌から経典だけでなく様々な種類の当時の文書がどっさり出て来たわけですから、歴史の謎を解決するのにこれらが大いに役に立ったわけです。普段の生活の何気ない書き損じの文書や売買の契約書、教科書などもあって、当時の生活を知る大きな手がかりにもなったそうです。そんなセンセーショナルな事件を題材にして書かれたのがこの作品です。攻めてくる西夏から大事な経典を守ろうとする主人公たちの奮闘がドラマティックに描かれており、非常に興奮する作品です。実際の歴史が残してくれたロマンをうまく活用して、大いなるエンターテイメントとして昇華させた井上靖の手腕には脱帽するのみです。さすがの筆力を感じます。悠久の歴史を感じながら読んでみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

井上靖 「天平の甍」

井上靖お得意の中国大陸を舞台にした歴史ものです。遣唐使の時代の話で、日本の四人の若い修行増がより深く仏の教えを極めるために遣唐使の一行に混じって海の向こうの唐へと向かいます。大志を抱いて上陸した彼らを待ち受けていたのは日本とは桁違いの自然や文化を持った国でした。そこで四人はそれぞれ異なる影響を受け、それぞれの信じる道を歩みます。そのうちの二人(栄叡、普照)は唐の国の優れた僧を伴って帰国することが日本の仏教の繁栄のためになると信じ、鑑真のもとに交渉に行きます。鑑真は自ら海を渡ることに決め、二人とともに準備し船で出発しますが、何度も何度も失敗します。ろくな船のない時代ですから海を渡るのは命がけです。成功率も高くありません。何度も失敗して挫折を経験する間に何年もの時間が経過しますが、最後はついに彼らは海を渡ることに成功し鑑真は日本に上陸します。そこまでの苦労がなんともドラマチックで、希望を捨てない主人公の姿に感動します。井上靖の中国大陸を舞台にした作品に共通する、あの広大な土地に砂埃が舞う風景描写の匠さは、古き異国の浪漫を与えてくれます。この物語は展開を面白くしようとして登場人物が何度も苦難にあうわけではありません。実際に鑑真は日本への渡航に5回も失敗しています。5回ですよ!それでも諦めないその強い意志こそ余人には不可能な大事を成す原動力なのでしょうね。学校の受験とか資格の試験などに何回まで失敗しても諦めないでいられますか?3回も駄目だったら結構落ち込みますよね。鑑真が6回目までモチベーションが下がらなかったということは、そこには大きな使命感があったからではないかと推測します。つまり日本の僧が戒律(僧が守るべき規律のようなもの)を日本に伝えて欲しいと懇願したその情熱に動かされ、自分が日本へ行くことは課された使命であると思ったことがモチベーションの維持につながったのではないでしょうか。鑑真が日本に来て以来、それまで不完全であった日本の仏教はしっかりとした形を持つに至りますので、その強い意志は大きな結果を生んだことになります。途方もなく人物が大きいと言いますか、全くすごい人もいたもんです。鑑真という人を知るにもこの物語は大いに参考になります。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

井上靖 「氷壁」

1955年に前穂高岳東壁において登山者のナイロンザイルが切れて1名が墜死するという事件がありました。世に言う「ナイロンザイル事件」です。当時、社会的に大きな波紋を呼んだこの事件に井上靖は注目し、小説の題材として取組みました。実際の事件のほうでは後にナイロンザイルのメーカーの責任を明らかにすることに成功し、それ以後のザイルの切断による墜死をなくすきっかけとなりましたが、この作品の中ではザイルがなぜ切れたか?という点に焦点が置かれ、ドラマが展開していきます。題材こそ取り入れていますが、実際の事件とは内容は違いますのでご注意下さい。
この作品は掛け値なしにストーリーが面白くて一気に読んでしまうことができます。展開がドラマティックで読む側をぐっと引き込むこと、文章が詩情豊なことは井上靖の本領発揮というところでしょうか。”完璧に仕上がっている”という印象を受けます。主人公はある悩みを抱えた友人と奥穂高に登ることになりますが、もうちょっとで頂上というところでなぜかザイルが切れてしまい、友人は滑落死してしまいます。切れないはずのザイルがなぜ切れたのか?友人は自殺したのではないのか?主人公はいろんな憶測に悩みつつ、自分への嫌疑もあったので真相解明のために奔走しますが、答えを得ることはできませんでした。そしてついに最後の手段として一人で登ることを決意します。果たして主人公は真相解明に成功するのでしょうか?こうやって少し筋書きを紹介しただけでも読んでみたくなりませんでしたか?小説の面白さを追求するなら一押しの作品です。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

井上靖 「蒼き狼」

世界の歴史には地図を大きく塗り替える英雄(あるいは侵略者)が登場します。アレキサンダー大王しかり、ナポレオンしかり。その中で最も広い範囲を我が物としたのはチンギスカン(成吉思汗)です。彼が築いた帝国は子孫の代も膨張を続け、一時はヨーロッパの一部にまで到達します。まさにユーラシア大陸の大部分を占領した形になります。ここまでの偉業を成し遂げた要因はなんでしょう?騎馬民族なので馬の扱いに巧みであったこと、効率的な軍隊編成、独特の弓を使用していたことなどの戦術的なことや、占領した国の文化を尊重した政策などもあるでしょうが、一番の要因はやはりチンギスカン(成吉思汗)の人間そのものにあったのではないでしょうか?昔の話なのでその人間性を深く知ることは困難ですが、そこに井上靖はロマンを感じ、このスケールの大きな物語を書く意欲を持ったのではないでしょうか?大小の部族が互いに派を競っているだけだったモンゴルの民族を一つにまとめあげ、周辺の国を占領し、巨大な帝国を築き上げたのは一体どういう人なのか?誰しも思うところだと思います。作品は文章が独特な表現方法を使用しており、それが古の物語をうまく演出しています。ストーリーもテンポよく進行し読みやすいです。まさに頭の中で超大作の映画が上映されているような印象を受けます。いつしか自分も馬上の人となって、広大な大陸を風を受けながら駆け巡っているような気分になれます。井上靖ならではのスケールのでかい、そして構成の完璧な歴史小説です。たっぷりお楽しみ頂けると思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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