蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

田山花袋 「一兵卒の銃殺」

田山花袋は自然主義文学の元祖ということで日本文学史上欠かすことのできない重要な存在です。この人の文学を評価する場合、必ず賛否両論が起こるのはお約束です。というのは、自然主義文学の火付け役としては評価すべきことは間違いないのですが、それをヨーロッパにおける本来の形とは多少違う方向に持って行ってしまったという意味では批判もされるわけです。ですので文学史上においてなんとも微妙な存在とも言えます。ではその人がどんな作品を書いたのか?あげてみるならおそらく多くの人は、「蒲団」と「重右衛門の最後」と「田舎教師」ぐらいしか連想しないのではないでしょうか?これはある意味当然のことと言えます。それほど傑作を大量に残したわけではないですし、まして今どきの本屋さんに行っても前述の3作品以外を探すのは困難だからです。ですが古本屋にでも足を運んで是非読んで頂きたいのがこの作品です。これはある一兵卒が休日を終えて隊に戻る時間に遅れたことをきっかけに脱営をはかり犯罪を犯してしまうという話ですが、明治40年に仙台第四連隊第三中隊において実際に起こった事件をモデルとしているそうです。最初はただ門限に遅れただけだったのに、そこで怒られればすむ話だったのに、彼は隊に戻らずズルズルと時間は過ぎて結局脱営することになってしまい、煩悶のうちに逃走する間に罪を重ね、それが最後には大きな罪へとつながって大変な結末を迎えてしまいます。良心と欲望が戦いつつ事態が徐々に悪くなっていく過程が読む側の不安を増幅させます。このへんのテクニックがさすがだなと思います。人間として生まれながらの犯罪者というものは存在しません。環境や経験の影響で誰にもある心の奥底の欲望が表面に出てしまい、それを抑制できなかった場合に犯罪に走るのではないかと思います。この作品ではごく普通の人が犯罪を犯すに至るまでの心境の変化がよく描かれています。このへんのリアリティこそ彼の真骨頂です。彼の言わんとする文学はこのへんにあるのではないかと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

田山花袋 「田舎教師」

人は誰しも若い頃には夢を抱きます。男性なら特にそれが強いでしょう。いつか大きな夢をかなえて一旗上げてやると志す人がかつての日本にはどこにでも見受けられました。家族のため、国のためという思いを胸に真摯に生きたことでしょう。ところが天運というものはそんな人たち全てが夢をかなえることを許してはくれません。多くの人が志半ばにしてあきらめざるを得ないのが現実でした。夢を阻む要因は、明治から昭和初期という頃だと病気や出征が大半です。夢に向って走ろうにも社会の情勢や健康状態が許してくれないのです。現代のように熱意と努力次第でどんな夢にでもチャレンジできる環境ではなかったのです。この小説は夢をあきらめざるを得なかった一人の男性の悲しい物語です。冒頭では希望に燃え喜びの中に生きていますが、様々な挫折を経験していき、どの夢もなかなか実現化することができず、最後には病魔に襲われます。夢どころか生きる時間さえ奪われて若くして死んでゆく姿は、きっとかつての日本ではたくさん見られたことだろうと思います。この作品を読んで痛感するのは、現代に生きる我々は夢が叶わないことを悲しむのではなく、夢を叶えるために努力することができるということに感謝すべきだということです。このことを是非現代の若者に、時間と可能性を無限に秘めた人たちにわかって頂きたいのです。読み飛ばすのではなくゆっくり読んで、今の自分に与えられている恵みを実感して頂ければ、この作品を紹介した甲斐があるというものです。それに加えて極めて美しく無駄のない文章の素晴らしさも是非味わって頂きたいところです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

田山花袋 「蒲団」

日本の文学史を紐解くと、「自然主義文学」という大きな流れがかなり幅をきかせていることに気付くと思います。そもそもこの「自然主義文学」とはなんでしょうか?これが登場するまでの文学というのは事実を題材にすることはあっても基本的には空想の産物で、そうなるとおもしろくするために大なり小なりあらゆるものを美化あるいは誇張して表現してありました。それに対してこのフランス生まれの「自然主義文学」とは、美化せずにありのままを書こうという考え方のもとに生み出されたものです。そしてそれは「私小説」という形で作品化されていきました。その「自然主義文学」のいわば出発点として位置づけられているのがこの田山花袋の「蒲団」です。この作品は田山花袋が実際に弟子の岡田美知代とのいきさつを小説化したもので、まさにあけっぴろげに自分の恥をさらしてありのままを書いています。その時代には前代未聞の試みで、文壇やジャーナリズムは大騒ぎになりました。登場人物名こそ変えていますが、それぞれ誰をモデルにしているかはすぐにわかるわけで、関係者にも当然嫌な思いをさせたことでしょうし、家族や親戚にも迷惑をかけたことでしょう。多くの非難も受けたようですし、当時の一般の読者にはあまり受け入れられなかったようです。それが今では日本文学史の上では欠かすことのできない記念碑的作品として重要な位置を占めています。どんなことでも最初にトライするというのは勇気がいることで、そして評価されるまでは時間がかかるものです。何か新しいものというのは前途に横たわる障害の先にあるものなんですね。偉大なる挑戦の産物を是非読んでみて下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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