蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

新田次郎 「槍ヶ岳開山」

登山というのは誰でもすぐに始められる身近なスポーツであり、レジャーですね。近くの里山にピクニック気分で登るもよし、日本アルプスのような高峰に挑むもよし、日の出を見るために富士山に登るもよし、フル装備で雪山に挑むもよし、自分の体力と相談していくらでも楽しむ範囲を広げることができます。日本では主な山は全て登頂されており、登山者が多い山は登山道も整備され、よほど無謀な挑戦をしない限りは安全に登頂できます。そうやって現代の私たちが登山を楽しめるのは、誰も登ったことのない山に誰かが最初に挑戦し、その経験を生かして後に続く人が出て、そのノウハウによって徐々にルートが確立され、そして多くの人によって次世代のための登山道が作られていったからです。だから感謝するために辿っていくとすれば、やはり初登頂した人に行きつくことになります。北アルプスにある槍ヶ岳の場合は、幡隆という僧侶が中田又重郎とともにそれを成し遂げました。この物語はその快挙を描いています。もちろん小説ですのでよりドラマティックにするために創作部分がかなり盛り込まれてはいますが、幡隆上人による開山というのは事実で本人が書いた記録も残っています(もし幡隆上人の真の姿に触れたいという方は穂苅三寿雄(ほかり みすお)の研究本を読まれるといいと思います)。前人未到の槍ヶ岳に挑む幡隆の胸の内には、過去にあやまって殺害してしまった妻に対する贖罪の思いがありました。そして苦心の末槍ヶ岳の頂上に立った時、霧の中に浮かぶ妻の姿を見ます……。過酷な環境で幻想的な世界が広がるシーンは感動的です。新田次郎お得意の山岳小説ですから臨場感は抜群で、一緒に登っている気分を味わえます。これを読めば皆さんもきっとどこかの山に登りたくなるのではないでしょうか。その時には是非、その山を開山した人への感謝の思いを抱いて、一歩一歩登って行かれるといいのではないでしょうか?

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

新田次郎 「八甲田山死の彷徨」

明治35年(1902)に八甲田山を舞台に悲しい事件がありました。日露戦争目前の状態で軍は雪中行軍のデータを取るために八甲田山で訓練を行います。そして日本陸軍第8師団青森歩兵第5連隊の210名のうち、なんと199名が帰らぬ人となりました。冬山の恐ろしさを知らしめた有名な悲劇です。この事件をテーマに山岳小説の第一人者の新田次郎が書いた傑作がこの作品です。吹雪の中の山の様子などは山岳経験豊富な新田次郎ならではの表現で実にリアルに描かれています。彼のおかげでこの悲劇が忘れられることなく語り継がれることになったのではないかと思います。読み進んでいくと、非情な冬山の姿が思いあがった人間を懲らしめているような、そんな感じを受けます。えしぇ蔵はこの作品を1977年に公開された映画「八甲田山」で最初に知りました。小学校の頃、テレビ放映された際に見た時はそのあまりに残酷な光景がショックで、数週間ぐらい引き摺っていたことを覚えています。高倉健、北大路欣也、三國連太郎、緒方拳、加山裕三などの錚々たるスターが、白一色の世界の中で過酷な自然と必死に戦う姿には大変な感動を覚えました。そして一人、また一人と死んでいく兵士の姿に涙せずにはいられませんでした。その後、高校に入ってから映画の原作が新田次郎によって書かれたことを知り、むさぼるように読んで感動を新たにしました。だから個人的にも非常に印象に残っている作品です。この作品がきっかけとなって、新田次郎の山岳小説の世界にはまっていき、これまでかなりの数の作品を読みました。そしてそれに触発されて、トレッキング程度ではありますが自分も山に登るのが好きになり、山の素晴しさを知ることができました。だからこの作品には恩があります。その恩返しの意味も含めて、ここで紹介することでより多くの人に読んでもらえれば嬉しいです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

新田次郎 「孤高の人」

大正から昭和初期に活躍した日本の山岳史に名を残す偉大なる登山家「加藤文太郎」をモデルにした山岳小説です。新田次郎の得意とする山岳小説の中でも出色の出来です。山岳小説の雄としてはこの人を主人公にした小説を書かないわけにはいかなかったと思います。加藤文太郎はそれほど偉大な足跡を残した人でした。この当時は今のように誰でも気軽に登山を楽しむという時代ではありませんでした。ヨーロッパですらまだブルジョア階級の優雅なレジャーでしたから日本では尚更です。なにしろまだ登山技術が発達していませんので装備にお金がかかりますし、ガイドを雇う必要もありました。一般人には縁のないスポーツでした。そんな時代に加藤文太郎は身のまわりの物を利用した装備でガイドを雇わずグループにも入らず単独で山に挑みました。彼は何度も山に挑みながら経験を積み、そのたびに得たノウハウで装備や食糧などに様々な工夫を施していきます。そして数々の記録を樹立し、「単独行の加藤」、「不死身の加藤」として日本の山岳史に名を残します。彼が偉大なる登山家となった理由は山への果てしない情熱、類稀な体力、創意工夫する知恵、妥協を知らない不屈の精神などがあげられると思います。真面目で誠実でひたむきな人間性を持つ人がそれだけの能力を有していたとなれば、なるほどあの偉業も彼ならばと納得できると思います。新田次郎はそんな加藤文太郎という人を実に適確にとらえて描いています。彼は山だけでなく仕事においても同じ真剣さで取組みしっかりと実績を残していますので、つまりは生きることに対して常に真剣勝負だったということが言えると思います。黙して挑み結果を残すというのはまさに日本の男として最も模範とすべき姿勢ではないでしょうか。登山が趣味でない人も是非読んで頂いて、彼の生き方から何かを学んで頂きたいと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

新田次郎 「アラスカ物語」

山岳小説が得意な新田次郎ですが、この作品は同じ自然でも極寒のアラスカが舞台です。そこで活躍したフランク安田という日本人の生涯を描いています。このフランク安田という人がとんでもなくすごい人なのです。日本においては歴史上の英雄としてはめったにとり上げられることはありませんが、この本を読めば彼こそ英雄だと、それも日本が世界に誇ることができる数少ない英雄の一人だということが分かります。ではどんなすごい人だったのでしょう?フランク安田は明治の頃に既に商船で働いており、太平洋を渡っていました。やがてカリフォルニアで沿岸警備船に乗るようになります。その船がある日アラスカで寒波のために動けなくなります。そこでフランク安田は救助を呼ぶために単身、イヌイットの村へと向いますが途中で遭難してしまいます。そこをイヌイットによって助けられ、彼は村に到着することができます。そこから彼とイヌイットの交流が始まります。結局彼はその村に定住することになり、徐々にイヌイットの一員となっていきます。やがては村のリーダー的存在にまでなり、疫病や飢餓から村を救うために奔走し、自らの生涯をイヌイットのために捧げます。彼の働きにより村は栄え、その貢献度は広く知れ渡ってイヌイットの間では伝説の人物となり、”アラスカのモーゼ”とまで呼ばれるようになります。彼は長命で、1958年に没した時はなんと90歳でした。ついに日本に帰ることはなかったそうです。一つの村、一つの民族を救うために己を犠牲にする生き様を、新田次郎がアラスカの過酷な自然に絡めて実に見事に描写しています。こんなにもスケールのでかい日本人が海外で活躍していた事実を我々日本人があまり知らないというのは情けない話です。これを読んで是非多くの人に知って欲しいと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

 | HOME | 

FC2Ad

カテゴリー

最近の記事

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

プロフィール

esezo

Author:esezo
FC2ブログへようこそ!

QRコード

QRコード

RSSフィード