蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

正宗白鳥 「流浪の人」

正宗白鳥が文壇デビューしたのは1904年(明治37年)です。そして亡くなったのが1962年(昭和37年)です。ということはなんと58年間も文壇にその地位を維持していたことになります。半世紀以上、日本文学のトップの世界にいたわけです。実力があってかつ長生きするとそういうことになるわけです。そうなると当然、文壇に登場するいろんな作家たちについて情報通にならざるを得ません。彼は明治、大正、昭和を通じて日本の文学を支えたあらゆる作家たちを知っており、交友を持っています。有名な作家の友人は数多く持っていたにも関らず、彼が言うには本当にその人物を知っていたと言えるのは近松秋江だけだそうです。この二人のつながりは深いものがあったのですが仲がいいとは言い難く、好きにはなれないけど縁を切るわけにはいかない親戚のような絆を感じさせる関係でした。そういう間柄の友人、近松秋江という人物について批判の目と近親者のような情を含んだ文章で浮き彫りにしているのがこの作品です。面白いのはこの二人の関係を描く上で文壇のことに触れないわけにはいかないので行きがかり上、いろんな作家たちが登場することです。名前が出てくるだけでも、坪内逍遥、幸田露伴、尾崎紅葉、夏目漱石、森鴎外、島崎藤村、泉鏡花、国木田独歩、田山花袋、永井荷風、徳田秋声、樋口一葉、島村抱月、高山樗牛、巌谷小波、長谷川天渓、江見水蔭、与謝野鉄幹、滝田樗蔭、広津柳浪・・・などなど、ビッグネーム勢揃い。作家同士の人間関係など、いわばゴシップのようなことも書いてあります。正宗白鳥と近松秋江との交流の過程を知るだけでなく、当時の文壇の様子を伺い知ることができ、非常に興味深い作品です。文学史好きな人には興味深く読める作品だと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

正宗白鳥 「微光」

正宗白鳥をご存知でしたか?特に文学好きの人でなければおそらくあまりご存知ないでしょう。なぜなら新刊本を売っている本屋さんに行って、正宗白鳥の作品を見つけることは今やかなり難しいというのが現実ですから。古本屋で探してやっと見つかるという感じです。でもそれは極めて悲しいことなのです。なぜならこの人は日本の文学史を語る上で必ず名前が上がる人だからです。どのへんで上がるかというと、明治時代後半の自然主義全盛時代です。明治37年に「寂漠」で文壇デビューした正宗白鳥は「自然主義文学の新星」と言われました。早くから「自然主義文学」といえば正宗白鳥というイメージがあり、文壇の第一線で活躍していました。その地位を確かなものにしたのがこの「微光」です。つまりは日本の「自然主義文学」という看板を背負って、長いことその発展に寄与し、足跡を残しているわけです。そんなすごい人が現在あまり知られていないというのはえしぇ蔵から言わせると遺憾極まりないことであります。ここでもまた日本人は自らの誇るべき文化の一端を忘れてしまおうとしているわけです。この作品はまさに「自然主義文学」がどういうものであるかというお手本となる作品です。極めて高度に自然主義です。ではその「自然主義文学」とは一体なんでしょうか?簡単に言うとものごとを修飾なくありのままに描こうというものです。人間そのものも自然の一部とみなし、その実態を飾ることなく表現していこうとするわけですから、あまりに赤裸々な表現に当時は賛否両論で、その是非は大きなテーマでした。今では小説の書き方の一つとして特に騒がれるほどのものではありませんが、当時としてはセンセーショナルだったわけです。「自然主義文学」の正宗白鳥をこの作品を読んで是非知って頂きたいと思います。

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