蔵書

福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

国木田独歩 「酒中日記」

読み手を笑わせる意図を持って書かれるユーモア小説においては、文章自体も軽妙洒脱にしたほうがより楽しくなっていいかもしれませんが、悲しい物語を書く場合にはシリアスで重い文章にするよりも、逆に冗舌的に書いたほうがその内容がより心の奥のほうに響いてくるような気がします。この作品の出だしを読めば、タイトルも「酒中日記」とあるわけですからきっと酔っ払いの失敗でも面白おかしく書いた日記体の小説なんだろうと思うでしょう。ところがこれが全くシリアスな内容なんです。主人公は日記の中で自分のつらい過去を振り返っていきます。本人は悪人ではないのに周囲に悪人やだらしない人がいたことでその巻き添えを食って、意図しない辛い人生を歩んでしまうというパターンは現実によくある話ですが、この主人公の回想はまさにその典型的な例です。何も悪いことをしたわけではないのにまるで追われる悪人のような心境に陥り、ついには大事な人まで失って、生きていく辛さを身にしみて味わったことを少しずつ思い出しながら書いています。では今はどうなんでしょう?そうやって回想しているからには苦境から抜け出して全く新たな環境で新しい人たちに囲まれて平和な人生を歩んでいるわけなんですが、それでも主人公の中には悲しい別れをしたかつての大事な人の面影が生きており、重荷はまだ肩に残っています。それがわかるのが最後のシーンです。主人公が死の間際につぶやく言葉こそ、彼の持ち続けた懊悩を表現しています。この物語の悲しみは心の奥底にまで達してずっと消えることはありません。これこそ傑作の効果だなと思います。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

国木田独歩 「忘れえぬ人々」

えしぇ蔵は大学生の頃とにかく時間を持て余していたので、その有効活用のために何かチャレンジしようと思いたち、有名な日本の文学作品を片っ端から読んでやろうと決めて本屋に通いつめていた時期がありました。その時に初めて国木田独歩の作品に出会いました。そして大学を卒業して就職試験の面接などで好きな作家を聞かれた時には国木田独歩と答えていました。その後、好きな作家は年齢とともに変遷を重ねていきますが、若い頃の自分にとって国木田独歩は衝撃的な存在でした。特に「武蔵野」、「酒中日記」、「忘れえぬ人々」によってそれは与えられました。皆さんにとって忘れえぬ人とはどういう人ですか?大好きだった人?お世話になった恩人?ずっと一緒にいた人?普通はそういう人を連想すると思います。でも実際はどうでしょう?本当に忘れられない人というのは、ほんのちょっとすれ違っただけとか、一度挨拶を交わしただけとか、意外とそういうほんのわずかの瞬間だけ自分の人生をかすめていった人かもしれません。この作品はそういう人間の脳の隅にこびりついた不思議な印象をテーマにした作品です。この着眼点に人をうならせるものがあると思いませんか?そして作品全体に漂う雰囲気が、読後の印象をまた不思議なものにします。人間の心理の巧みな隙をついてくるせいか、読み終わって数日たってもまだ作品世界が心の中に残ったままでなかなか消えません。若かかりし頃のえしぇ蔵には大きな衝撃であり、いい小説、いい短編の一つの形を提示してくれた作品です。さて、皆さんにはどんな影響を残すでしょうか?

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

国木田独歩 「武蔵野」

自然を描写するというのはいわば作家の力量を試すところではないでしょうか?その表現の仕方で読む人の頭の中に深呼吸したくなるような高原や荒々しい乾いた砂漠を創り出すことができるわけですからね。この「武蔵野」を読めばあなたの頭の中には見たことないはずの遠い昔の武蔵野の大自然が、今では幻となった武蔵野の美しさが再現されることでしょう。彼の美しい文章はそれを容易にさせます。いつのまにかあなたは武蔵野の自然の中を歩いています。草木を踏む音も川のせせらぎも鳥の声も聞こえてくるはずです。降り注ぐ日差しも心地よい木陰も感じることでしょう。美しい花や木々の梢を目にすることでしょう。いわば文章で自然鑑賞をするような感覚です。国木田独歩の底力を思い知らされるという感じです。読み進んでいくと何か似た作品があったなと気付きました。二葉亭四迷が訳した「あいびき」です。自然の描写がよく似ているので調べてみたら、案の定この作品に影響を受けていました。文学史において彼の代表作として必ず名前が上がる作品ですが、発表当時はあまり評価されませんでした。芸術作品というのは受け入れる世間のバイオリズムとタイミングが合わないと、どんなに優れていても見過ごされますが、本物ならば必ずいつかは評価される時代がくるものです。この作品にはこれといってストーリー展開はありません。その辺は予め知っておいたほうがよろしいかなと。いくら待っても何も事件は起こりませんから。ただ美しい文章に触れて美しい自然を思い描く。そんな本の楽しみ方もあっていいと思いますよ。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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