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福岡ESEグルメのえしぇ蔵による、日本文学の書評ブログ・・・もどきの読書感想文ブログです。

伊藤左千夫 「隣の嫁」

意外性という言葉があります。この作家がこんな作品も書いていたのかと驚いたことがみなさんも何度かあるのではないでしょうか?例えば推理小説史上に名を残す傑作「赤い家の秘密」を書いたのは、あの「くまのぷーさん」を書いたA・A・ミルンです。同じく推理小説の傑作「黄色い部屋の謎」を書いたのは「オペラ座の怪人」を書いたガストン・ルルーです。「堕落論」で有名な坂口安吾は「不連続殺人事件」という推理小説を残していますし、山岳小説で有名な新田次郎は「武田信玄」や「新田義貞」などの歴史物を書いています。伊藤左千夫の「隣の嫁」もまた意外な作品の一つに入るのではないかと思います。一般的に伊藤左千夫と言えばどんな作品を連想しますか?そうです。あの涙、涙の青春純愛小説の「野菊の墓」ですね。素朴な田舎の生活の中で生まれる純粋なドラマを描かせると実に見事な腕前の伊藤左千夫です。まさに”青春”とか”純愛”という言葉が似合う作家ですが、この作品はちょっと違います。確かに”青春”ではあり、また考えようによっては”純愛”でもあるわけですが、状況から判断するなら”不倫”でもあります。読む側がちょっと戸惑うシチュエーションです。この作品は毎日の仕事に追われる農家の慌しい生活の中で自然発生的に生まれるドラマを描いています。主人公はまだ農作業に慣れない若者で、朝は身体じゅうが痛くて起きられないくらいにまだ未熟です。その主人公が、不本意ながらも隣の家に嫁にきた、美しくて賢くて働き者の同い年くらいの女性に密かに好かれてしまうわけです。女性のほうが結構大胆に主人公にモーションをかけてきますが、スキャンダルを嫌う田舎の社会でそんなことが許されるはずがありません。主人公は嬉しいと恐ろしいの狭間で悩みます。こんな展開を現代を舞台にして描くとどろどろの不倫劇になるのに、この時代の田舎が舞台だとそれでもどこかのどかで純粋なものがあって、ついつい二人に同情してしまいます。伊藤左千夫らしいのか、伊藤左千夫らしくないのか、なんとも微妙な作品ですが、皆さんはどう判断されるでしょうか?

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

伊藤左千夫 「野菊の墓」

おそらく多くの方が「野菊の墓」の作者としてご存知の伊藤左千夫ですが、この人は小説家というよりも歌人といったほうがいいほど、小説よりも短歌のほうで活躍した人です。正岡子規を師と仰ぎ、島木赤彦や斉藤茂吉らとともに短歌の一時代を築きました。そういうわけで小説として残した作品は実は少ないのです。その中で最初に書いたのがこの「野菊の墓」です。これは夏目漱石によって評価されたことからもその水準の高さがうかがえると思います。子規の提唱する”写生文”の影響を受けた文章は極めて美しく、描かれる物語もまた美しく、そして悲しいものであり、名作であることを否定する人はいないと思います。この作品は名場面のセリフが自然であり、かつ美しく情緒的で心に深く残ります。例えば15歳の主人公政夫が遠まわしに17歳の従姉の民子に愛を告白するシーン(「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」「それで政夫さんは野菊が好きだって……」「僕大好きさ」)などは実にほのぼのとしており、純粋な水のように透き通った愛にあふれて微笑ましいものがあります。ところがその淡く美しい初恋は周囲の大人たちによって引き裂かれます。最後のシーンはもう涙で字がにじんで読ないほどです。文章も物語も美しい、日本文学が誇る名作中の名作です。一度だけでなく何度も読み返してお楽しみ下さい。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

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